旧型慰安用アンドロイド(中古品)、50万円(税込み)。 2

 アンドロイドの歴史は短い。そして、その中でも特に慰安用アンドロイドと限定してしまえば、せいぜいがここ10年程度のものだ。


 最初のアンドロイドの誕生からの簡単な流れとしてはフレーム問題の解消から始まり、それによって世界初の人工知能が誕生。それを拡張知能(AI)に組み込むことでAIの性能が格段に上昇し、労働力や軍事力としての大量生産が起きる。これによってコストダウンが可能になったことから少しずつ民間への放出が始まり、その一環としてそれぞれ機能制限によって一般家庭でも手の届く価格まで落とされた家事用アンドロイドや愛玩用アンドロイド、慰安用アンドロイドなどが販売、浸透する。


 では、慰安用アンドロイドとは結局何なのか。名前の通り、人を癒して心を休ませることを目的に設計されたアンドロイドだ。この場合、慰安婦的な意味を持つものは愛玩用アンドロイドの一種に含まれるため、慰安用アンドロイドの役目はほとんどはメンタルケアにあたる。

 例えば、会話。例えば、一緒にゲームをする。例えば、愚痴を聞いてくれる。機能の追加次第では、あまり専門的なことには向いていないが、介護の真似事も可能だ。メインのターゲット層は独身で一人暮らしの長くなった中高年、どちらかというと多少性欲が落ちている人々が無聊を慰めるために求めることが多い。


 アンドロイドのカテゴライズなどの問題で、性的な行為は一部の愛玩用アンドロイドにしか基本的には組み込まれていないため、あまりセクシー寄りな外見を有していないことも、慰安用の特徴としてはあげられるだろう。


 当然、あくまで一般的なものの話なので、そのあたりの区分がしっかり定められていなかった初期モデルや、若干グレーゾーンな改造を施したもの、オーダーメイド品まで範囲を広げてしまうと、むしろここに含まれないものの方が多くなる。



「で、ぴったり一週間経った途端にわざわざこんなところまできて、挨拶もそこそこにしっかり話し始めるってこったぁ、頭は冷えそうにないって事みたいだな」


 いきなり話し始めて止まらなくなった久遠の言葉を半分右から左に流しながら読書を続けていた老人は、久遠がそれなりにはまじめに調べてきたことを確認すると、めんどくさそうにしながらも話をする姿勢を見せる。


「そこまでちゃんと調べてきたならわかっているとは思うが、アンドロイドは基本的にメーカーから買うものだ。中古品なんてものはどこの誰がどんな使い方をしたかもわからないうえに、変に人工知能が学習をしているからどうしても馴染むまでに無駄な時間がかかる」


 知っていると、久遠は首肯する。


「それだけじゃねえ。ひどい場合だと中にウィルスを仕込まれていることもあるし、何なら機械的なものじゃなくて病原菌が残っている可能性だってある。わしみたいなリサイクル商がこんなことを言うのもなんだが、安くなっていること以外には何もいいことなんざない」


「それに、値段だけを気にするなら、こんな得体のしれない店じゃなくて正規メーカーの中古屋に行けば、多少型は落ちるがしっかり綺麗な状態になったものが、ものによるがうちの店と同じかもっと安い値段で手に入る。そっちの方もちゃんと確認してから、それでもなお、あれがいいって言ってんのかい?」


 欠片ほども商売する気がなさそうな老人が、売らないことが目的なのではないかと錯覚するほどのネガティブキャンペーンをする。普通ならここで怖じ気付くか、そうでなくとももう少し考えな押してからまた来ようとするものなのだが、


「かまいません。俺はあの子が欲しいんだ。どこのメーカーを探しても、どれだけ探しても同じものが見つけられないオーダーメイドの子だった以上、俺があの子を手に入れるにはここで買うしかない」


 久遠の覚悟は決まっていて、けして揺るがなかった。本心からの善意で止めている老人の気持ちを無碍にして、あとから発覚するかもしれない不都合をすべて飲み込むつもりで、久遠はカバンから帯封が付いたままの札束を出し、老人の座っている机の上に置く。


「ぴったり五十万だ。これで売ってくれ」


「……ガワだけなら、アンドロイドにしなければ半分で同じようなものが作れる。何なら、外見のデータを取らせてやってもいい。それでも、あれじゃなきゃダメなのか?」


 老人は目の前に置かれた札束から、久遠がこれ以上いくら言葉を重ねても止まらないことを察しながら、自身が決心をつける意図もあって、最後の問い掛けをする。


「頭ではそっちの方がいいってわかっている。ただ、俺の心はあの子じゃなきゃダメだっていうんだ。爺さん、頼むよ」


 老人と久遠は睨み合うかのように見つめあう。そのまま時間が経ち、先に音を上げたのは老人の方だった。


「……わしはこれ以上何もかかわらん。何か問題があったとしても文句は聞かないし、前の持ち主がどんな人間だったのかも、職務上話せん。どんな不具合が隠れていたとしても、それはその問題を見抜けなかった修理メーカーの問題で、これだけ止めても聞かなかったあんたの責任だ。その旨をしっかり書面で残しておけるなら、もう好きなようにすればいいさ」


 どうしても無理そうならその時は高い勉強代だったと思って諦めろ、と言いながら老人は素早くノートパソコンに何かを打ち込んで、後ろに置いてあったプリンターから印刷結果を取りだす。


「それでもいいならここにサインをしろ」


 渡された紙の内容は、老人が言っていたことを多少固い言い回しに直したもの。要は、何があってもここの店はあらゆる責任を負わないというものだ。久遠はその内容を流し読みすると無言でサインと印鑑を捺し、それを老人に返す。老人はそれをコピーして複製を返すと帯封をちぎって札を数える。


 少し時間が経って、念入りに確認を終わらせた老人は一つ息をつくとやれやれといった様子で椅子から立ち上がり、ジェスチャーでついて来いと示しながらアンドロイドの置いてある場所に向かう。


「これが本体で、充電用の椅子と持ち運び用の鞄はセットだ。服はもともとうちにあったものだが、サービスで付けといてやる」


 そう言って老人がジャンク品の山から引っ張り出してきたのは頑丈そうな木製の大きな鞄。人一人がそれなりに余裕をもっては入れそうなくらいには大きく、持ち運びのためなのか持ち手のほかに申し訳程度のベルトが二本付いている。充電用の椅子というのは、おそらくアンドロイドが座っているソファのことなのだろう。


「もうあんたのもんだ。必要以上にべたべた触られるのも嫌だろうし、ここからの梱包とかは自分でやってくれ。鞄自体は金具をいじればすぐ開くから、本体を中にしまって運んでやりな」


 老人に言われて、久遠はおっかなびっくりといった様子でアンドロイドに手を伸ばす。そして、壊れ物を扱うような優しく慎重な手つきで抱え上げ、見た目相応の軽さに驚きながら鞄の中に、膝を抱えさせるように横たわらせた。


 そして金具で固定されていることを確認してから立てて背負い、ついでにソファも抱えようとしたところで予想以上の重さを感じ、二回に分けて外に持ち出す。商品の山を崩されないか心配した老人に見守られながら、ソファを借りた軽トラの荷台に、カバンに入った本体を助手席に乗せると、老人からファイルに入れられた書類を受け取る。


「それの権利書と取扱説明書だ。詳しいことは全部そこに載ってるから、必ず読むようにしてくれ」


「ありがとう、爺さん。また何か機会があったら来させてもらうよ」


「ふんっ、あんたみたいな面倒な客はごめんだな」


 そう言って店の中に戻ってしまった老人を見送って、久遠は軽トラを動かし、自宅に戻った。

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