おかしくなったアンドロイドっ娘の中身をすげ変えようとしたら、消えたくないと泣き叫びながら必死で媚びてきた話

エテンジオール

一章 理想のお人形

旧型慰安用アンドロイド(中古品)、50万円(税込み)。 1

 何もかもが嫌になった時、もう全て投げ出してしまおうとした時、偶然それが日鞠ひまり久遠くおんの目に入った。


 いつも見ているはずだけど、いつも目を背けていたその広告。独身で恋人もいなくて、日々社会の歯車となるべく、上司の嫌味と嫌がらせに耐えている久遠のような人間のために作られたの広告は、そのターゲット層が好みそうな柔らかい笑顔を浮かべながら、散りばめらた星空の下に浮かぶ月のような輝きを見せている。


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 労働者階級をターゲットにしているにしては、いささか強気な価格設定。養わなきゃいけない相手が、家族がいる社畜には、下手しなくても10年かかっても買えない上に、買えたとしても家の中がツンドラ気候になること間違いなしな、独身社畜のために作られた商品。


 ともすれば、持っているだけでもご近所さんから白い目で見られることになる、そんな代物だ。少なくとも、発売され始めてから何年も経っているのに久遠はこれまで、一度たりともそれを欲しいとは思わなかった。そんな衝動は感じてこなかった。


 愛らしい姿を切り取ったポスターをと、おのが視界を覆う霧の中で、怒りと虚しさが込められた舌打ちが鳴る。それは自身に対するものなのか、自らの境遇に対するものなのか、暗く視界の悪い中でも変わらぬ笑顔を見せる、第五世代と銘をうたれた人工少女の写真に対するものなのか、あるいはそれを許容する社会に対するものなのか。


 本人にすらどちらの気持ちをどれに向けたのか理解出来ていないそれは、数を数えることも出来ない大量の小さな水滴に吸い込まれ、ただ一人、久遠自身以外の耳以外に届くことなく消えていく。


 誰にも届かなかったその気持ちは行き場を失い、唯一聞き届けた久遠の中に戻って怒りと虚しさを倍増させる。わざわざ吐き出したのに戻ってきたそれに対して再び舌打ちをすることで凌ごうとした久遠の行動は、まだ七時を過ぎた程度であるのにほとんど深夜のような様態を見せていた田舎道に、一つだけ点った光を見つけたことでなされなかった。


 地域密着スーパーか、コンビニか、はたまたただの民家か。そのどれかだろうと当たりをつけた久遠は、自身が昼間同じ道を通った時に見た景色を思い出し、 おそらくコンビニであろうと結論付ける。気分が優れないから、少しでもマシになるように酒でも飲みながら帰ろうと。あまり褒められた行為ではないが、飲みながらであれば先程から歩いていて感じているこの不愉快さも、多少はましになるだろうと。


 ついでにチキンでも買ってしまえば、夕食も要らなくなる。どうせ家に帰ったところで、待っているのは先週末に作ってから冷凍庫で凍らせていた炒め物と、同様に保存してあるご飯だけなのだ。急いで食べなくてはいけないようなものでもでもない。


 たまにはそんな日があってもいいかと、そんなことを思って歩みを進めていた久遠の予定は、明かりの正体が見えてきたことで裏切られる。


 コンビニは、確かにそこにあった。ただ、電気が点いていたのはコンビニではなく、その隣にあったリサイクルショップ。なぜ、こんな誰も来そうにない場所で営業しているのかと、少しだけ疑問に思いながら、勝手にしていた期待が外れたこともあって少し自棄になりつつ、久遠はショップの中を覗く。


 暗い店内は、外に霧が出ているにもかかわらず扉が半開きのままになっていたこともあって中の湿気がすごいことになっている。店内には電子機器や布、紙製品なんかも置いてあるのに、管理状態は控えめに言って最悪だ。


 電球もまともに変えていないのか、薄暗く、たまに瞬く店内を久遠が進みながら見ていると、大体のものにはジャンク品の記載があった。乱雑に重ねられ、積まれ、ほこりを被ったジャンク品たち。扉に営業中と書かれた札が吊るされていなければとても店には見えない。


 右を見てもジャンク。左を見てもジャンク。前も後ろも上もジャンク。何なら、敷かれているカーペットの内装にすら、値札が付いている有様。立地条件や埃っぽい臭いなんかも考えれば、物好きが道楽でやっているだけだとすぐに想像できる。


 そうして、多少整理されたゴミ屋敷を探索しているような少年心を刺激されつつ、期待を裏切られた時のショックを忘れていた久遠の斜め前方から、ガタリと物音が一つ聞こえてくる。その正体は何なのか、気になって少しだけ他の場所よりも明るくなっているその場所に向かった久遠が目にしたのは、何の面白みもない、ただ店員らしき老人がいるだけだった。


「おや、こんなクソ辺鄙なところに人が来るなんて珍しい。何か売りに来た客か?……いや、それにしては見覚えがないし、ものを持っているようにも見えないな。そうなるとただの客か。大したもんはないが、見るだけ見ていくといい」


 そういうと、老人はすぐに興味を失ったようで、安楽椅子に座ったまま傍らに置いてある本を開いて読み出す。そのままあまり前のようにページをめくり出したのを見て、久遠は少し気まずく思いながら距離をとり、話した直後に逃げるように帰るのも気が引けるなと無駄な配慮をして、辺りのジャンク品を見ながら、少しずつ少しずつ奥の方まで進んでいく。


 それに連れて増えてきたものは、大型のジャンク品。入口付近でよく見かけた、片手で運べるようなものではなく、抱えなければならないような大きさのものや、そもそも抱えることすら難しいようなものたち。そんな中に乗せられていたを見て、最初、久遠は心臓が止まるかのような衝撃を受けた。



 そこにいたのは、大和撫子の体現。きめ細かく、一切の色素の影響も感じられない、処女雪のように白い肌。重力と身に纏う物にしたがって液体のように流れる、濡れ烏の美しい長髪。この世の全ての澱みを濃縮したような、深く、底知れない黒の瞳と、一切の感情を感じさせない鉄壁の無表情。それらすべてを体現した彼女は、黒一色の和服着せられた状態で、一人掛けのソファに静かに座っていた。


 そして、美しい姿にたったひとつだけ存在する違和感。胸元に貼られた、一枚のシール。50万と、大きな赤い字と付随する説明が細かい字で書かれている。


[旧型慰安用アンドロイド(中古品)、50万円(税込み)。動作確認証明付き。配送不可。]


 見れば見るほど、久遠の心は少女人形に奪われていく。その姿に魅入り、囚われ、取り憑かれていく。それは距離にも表れており、それなりに開いていたはずの二人の間は、いつしか触れるか触れないかというほどまで縮まっている。


 黒の瞳に吸い込まれるように近付いていった久遠は、その頬に触れようとしたところで、不意にそのガラス質の眼球に、言い表しようのない恐怖を感じて我に返る。そして少し、何かを考え込み、覚悟を決めたように老人の元に歩いていった。


「すみません!!あの子をください!!」


 久遠は自身の興奮を抑えようとも隠そうともせず、半ば詰め寄るような調子で、のんびり読書を楽しんでいた老人に声をかける。老人は久遠の勢いとは対照的に落ち着いた様子で、読んでいた本に栞を挟んで横に置く。


「……あの子、あの子?……ああ、あのアンドロイドか。あれはそのなんだ、売る側のわしが言うのもなんだが、一遍頭を冷やした方がいい。そもそもが高い買い物だし、何よりもうちで扱っているものは訳あり品だ。ちゃんと知識を持ってねえやつには売れねえよ 」


 あんたのために言っているんだ。しっかり調べたあとでどうしてもこれがいいって言うんだったら話は聞くから、頼むからいちどしっかり知識を身につけてから出直してきてくれと老人は言う。


 その言葉に対して、久遠は妥当だと理性でそれを認めながら、黙って売れば利益が出るのにと合理性で考え、同時にそんなこと言ってないでさっさと売れよとキレそうになる。


 そんな内心を隠すためにも真顔を貫いていた久遠を傍目に、一週間しっかり頭を冷やしてから出直してこいとつぶやき、用がないなら帰れと言わんばかりに目の前の客を無視して、老人は読書を再開した。


 このまま粘っても、この人は話を聞いてくれそうにない。久遠はそう思い、老人の言うとおりに出直すことを決める。今度は帰されないようにするために、これまで全く興味を持ってこなかったアンドロイドのことを勉強してくると決意して。

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