呪いを解くための本屋さん(僕の/私の本屋さん)
夕立のなか、店に入ってきたひとが背表紙と背表紙の間からこちらを伺うような顔をしたのは、同い年ぐらいの女性だからというただそれだけかなとはじめは思った。こちらへ来た彼女が遠慮がちに口を開く前に、思わず呼んでしまった。
「舞ちゃん」
「うん、」
「来てくれたの」
「うん、……あの、わたし、ごめんなさい、あのとき、」
「一度、出たの」
「うん」
「でも、戻ってきた」
「うん」
「ありがとう、来てくれて」
「……、うん」
あのころ、ここを出たくて仕方なかったあのころ、あたしは、舞ちゃんと話してみたかった。あのころ、欲しかったものは狭いところから飛び出すための力で、そのための方位磁石が本だった。
移動図書館はもう来なくなってしまったけれど、ここには、あたしの本屋さんがある。土曜の昼には、近所の子どもたちが訪れてめいめい本を読む。のろいの路地の奥にある、呪いを解くための本屋さんだ。
いつしか雨はやんでいた。扉の向こう、うっそうと茂る木と木の間から陽が差す。石畳の水たまりから虹が立ち、物語のように空まで続いていた。
444文字コレクション 伴美砂都 @misatovan
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