雨の帰路(雨)

 フロントガラスにはたはたと落ち始めた雨が、黄砂に霞んだ視界を洗う。エンジンをかけたとき、助手席に置いていたスマホが着信を告げた。自宅、の文字にどきんとする。息子たちが小さかったころは、熱を出したとか怪我をしたとかで、迎えに行ってくれた母からよく電話があった。二人とも高校生になった今は、そういうことも減ったのだけれど。応答のボタンを押すとすぐ、おっ出た、という声。


「おかあ、今日さ、雄二とケンタ買ってきたから買い物せんでいいよ」


 え、どうして、と言いかけて気付く。そうか、今日は私の誕生日だ。


「濡れんかった?」

「行ったときは晴れとったよ」

「ありがと、遅くなってごめんね、もうすぐ帰るわ」

「いいよ、あのさ、仕事してるおかあ、いいよ、……離婚したのも、いいと思う、俺べつに、おとうのことふつうに好きだけどさ、おかあとは性格合わんかったもんな」

 

 不意に、雨ではないものが視界を濡らした。ありがとう、ともう一度言って電話を切り、何度か瞬きをして、そしてやわらかな雨が降る道を、ゆっくりと帰路に着いた。

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