おまけ1 アイスクリーム〈後〉

 ディランは懸念していた通りの状況に焦る。喜ばせようとして落ち込ませてしまったらどうしようもない。


「そんな顔しないで。いつでも作るからさ」


「はい、ありがとうございます」


 エミリーはお礼を言ってくれたが、見るからにしょんぼりしている。なんとなく気まずい雰囲気になりかけたところに、軽快な足音が近づいてきた。縋る思いで入口を見ていると、予想通りボードゥアンが顔を出す。


「お茶にしようと思ったんだけど、アイスを作ってるんだね。あと、どのくらいでできる?」


「「……」」


「何? この雰囲気」


 ボードゥアンが困惑した表情で二人を見比べている。


「エミリーにアイス作りを見せてたんですけど、魔道士にしか作れない方法だったので……」


 ディランは今に至るまでのことを説明する。


「なんだ、そんなことか。使った魔法はヘラの回転と冷却だけみたいだし、魔道具にしちゃえばいいんじゃない? 魔力を予め入れておけば、エミリーちゃん一人でも使えるでしょ?」


「え、えっ!? お師匠様、ほんとうですか?」


「う、うん」


 エミリーが勢いよく詰め寄るので、ボードゥアンがその迫力に負けて仰け反っている。ボードゥアンのおかげで危機を脱したのに、ディランはいまいち喜べなかった。なぜ、ディラン自身で魔道具の存在にいきつけなかったのだろう。そうすれば、エミリーの浮かべる笑顔はボードゥアンにではなく……


「そんなに難しいものじゃないし、この家の倉庫に余っている材料ですぐできるよ? ね、ディラン?」


「はい! 作れると思います」


 ディランはボードゥアンの助け舟に乗って勢いよく返事をする。倉庫の中身を思い出せば、この程度の魔法なら仕込めるものがいくらでもある。ここからはボードゥアンの助言なしに進められそうだ。


(ボールの側面に水色の宝石をはめ込んで……)


「お師匠様、ありがとうございます。私、料理でも掃除でも何でも頑張ります! よろしくお願いします」


 エミリーはボードゥアンを神様でも見るように尊敬の眼差しで見つめている。ディランはその光景を呆然と見つめた。


(僕には頼んでくれないんだね……)


 エミリーが嬉しそうなのは良いが、やっぱり本音を言えば面白くない。でも、ボードゥアンが作った方が早くて綺麗に仕上がりそうなので、自分がやるとは言い出せなかった。


 ディランは無言で二人のやり取りを見守るしかない。


「エミリーちゃんの手料理は魅力的なんだけど……ボクは料理が苦手だから温度とかよく分からないんだ。ディランに頼んだ方がうまく作れると思うよ」


 ボードゥアンはそう言ってディランにウィンクする。ディランにもボードゥアンが神様のように見えてきた。


「エミリー、僕に任せてくれる?」


「はい! ディラン様、ありがとうございます」 


 エミリーは嬉しそうに笑って、メモの続きを書き始める。ディランはその様子を幸せな気持ちで見守った。


「ディラン、手元がお留守になってるよ」


 ボードゥアンに囁くように言われて、ディランがボールに目を向けると、ヘラが突き刺さったチョコレート色の塊ができてしまっていた。どう見てもカチコチでアイスクリームと呼べるものではない。


(溶かすしかなさそうだな……)


 ディランは声も出さずに魔法を多用して、液体の状態に戻す。分離もしてないし、何とかなりそうだ。


「中々固まらないんですね」


 ディランがホッとしたところで、エミリーに話しかけられた。エミリーは不思議そうにボールを覗きこんでいる。先程までメモを取っていたので、氷の塊は視界に入っていなかったのだろう。


「う、うん。そうだね。今日は魔法の調子が悪かったのかも」


「そうなんですね」


 エミリーは素直にそう言って、興味深そうにボールを見つめる。その横で、ボードゥアンがくすくすと笑っていた。


 ディランは気づかないふりをして、今度こそ上手く固めるためにボールに神経を集中した。



 おまけ1 終

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