おまけ

おまけ1 アイスクリーム〈前〉

【ディラン学院二年の秋、王族会議の数日後(終章22話と23話の間)】



 学院の休日、ディランはエミリーとともにボードゥアンの屋敷に来ていた。昼食の片付けを終えた台所で、ディランはお茶を淹れているエミリーに笑顔で告げる。


「今日は暑いし、アイスクリームを作ろう!」


 いろいろなことが起こったせいで、ひまわり畑での約束は有耶無耶になりかけていた。ディランは落ち着いたら一緒に作りたいと、ずっと密かに楽しみに思っていたのだ。


「アイスクリーム!!」


 エミリーの瞳がキラキラと輝いている。


「約束したからね」


 ディランが探るように言うと、エミリーが満面の笑みで頷いた。楽しみにしていたのは、ディランだけではなかったようだ。一度も話題に出さないので、忘れてしまったのではないかと心配していたが杞憂で良かった。


「ちょっと、待っててください」


 エミリーはスキップしそうな勢いで台所を出ていく。ディランは理由がわからないまま楽しそうな後ろ姿を見送って、材料を冷蔵室の中から選び始めた。


(やっぱり、チョコレートアイスかな?)


 チョコレートはエミリーのために常備してある。ディランはその中からビターチョコを選んだ。新鮮なミルクもあるので美味しいチョコレートアイスが作れるだろう。


「お待たせしました!」


 ディランがすべての材料を机の上に出し終えると、エミリーが眩しいほどの笑顔で戻ってきた。手にはペンとメモが握られている。


「もしかして、作り方のメモを取ろうと思ってる?」


「当たり前じゃないですか。ディラン先生、よろしくお願いします」


「なんか期待が大きすぎて怖いな」


 ディランが苦笑すると、エミリーは不思議そうにコテンと首を傾げた。今日もエミリーはかわいい。


 ずっと、眺めていたかったが期待の眼差しに負けて、ディランは鍋を手に取る。


「まずは鍋にミルクを入れて火にかけて……」


 ディランがアイスクリームの素となる液体を作り始めると、エミリーは一語一句逃さないというように熱心にメモを取る。ディランはその様子を見て、緊張してきた。


(次の工程を見せたら、がっかりさせる気がする……)


 ディランは不安になりながら、アイスクリームのもととなるチョコレート液を火からおろした。鍋を魔法で軽く冷やしてから、大きなボールを手に取る。そのボールに水をたっぷり入れて、布を敷いた作業台の上に置いた。


「ディラン様? アイスクリームを作ってるんですよね?」


「えっと……先に謝っておくね。期待を裏切ってごめん」


 エミリーはパチパチと瞬きしながらディランを見上げている。ディランは気まずくて、真っ直ぐ見つめてくる瞳から視線を外した。


「説明するより見せる方が早いかな」


 ディランはそう言いながら、水の入ったボールの上に一回り小さいボールを重ねる。水が溢れ出す寸前まで上のボールをグッと押しこんだ。


「アイスクリームを作るから凍れ!」


 ディランが魔力を込めながら言うと、あっという間にボールの中の水が凍りつく。ディランは凍った瞬間に手を離して、更に魔力を送り続けた。


「こんなもんかな? エミリー、危ないからそこで見ててね」


「は、はい」


 ボールの氷は、アイスクリームを作るのに適した温度まで下がっているはずだ。ディランはチョコレート液も凍る寸前まで冷やして、一気に氷の上に乗るボールの中へと流し込んだ。そこにヘラを二本入れて魔力を注ぎ込む。


「回れ!」


 ヘラはディランの要請に応じて、ボールの中をクルクルと回転する。下の氷に冷やされて固まったチョコレート液をきちんと削ぎ落としていた。


「器用な人はボールを直接冷やしながらヘラを回すんだけど、僕はこの方法が気に入ってるんだ。魔法を同時に発動させなくて済むからね。ボールがたくさんあれば、同時にいくつかの味を作ることもできるよ」


「な、なるほど。でも……私には作れそうにありません」


 エミリーはそう言いながら、悲しそうにボールを見つめる。


 エミリーの手元を見るが、メモはもう取っていなかった。

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