おまけ2 ディランの卒業〈前〉

【ディラン学院三年の冬(終章30話とエピローグの間)】


 ディランが卒業式を終えて公爵邸に戻ると、エミリーが玄関先で出迎えてくれた。きらびやかなドレスを着ているのは、この後、一緒に卒業パーティに出席するためだ。


 エミリーはパーティの準備のために、今日は朝から公爵邸に滞在している。


「ディラン様、卒業おめでとうございます」


「ありがとう」


 ディランはエミリーから花束を受け取る。エミリーは今日も可愛いが、いつもより笑顔が硬い。


「エミリー、緊張してる?」


「はい……」


 卒業パーティは、王宮の大広間で行われる。チャーリーは昨年卒業したので、今回のパーティはディランが主賓となる。もちろん、パートナーを務めるのはエミリーだ。


「僕が一緒にいるから大丈夫だよ」


「でも……ファーストダンスが……」


 ディランが引き寄せると、エミリーが甘えるようにディランの胸元に頬を寄せる。エミリーが言うように、今年はディランとエミリーが代表として最初に二人で踊ることになる。普通なら、招待客の視線を一心に受けることになるのだが……


「それも対策済みだよ。きっと誰も僕らに注目しないから、安心して良いよ」


「そうなんですか?」


 エミリーが驚いた顔で見上げてくる。そんな表情までエミリーは可愛い。

 

「うん。エミリーが注目されたいなら……」


「いえ、大丈夫です!」


 ディランが探るようにかけた言葉に、エミリーが被せるように返事をする。ボードゥアンにこの対策の相談をしたときには、『女の子は注目されたいかもよ』と言われたが、エミリーはやはり違うらしい。


 ディランはエミリーの安心した顔を確認して、静かに身体を離した。


「じゃあ、僕は着替えて来るね」


「はい」


 返事をするエミリーに先程のような硬さはない。ディランはそのままエミリーを応接室までエスコートして、夜会用の服に着替えるために自室へと戻った。



 ディランは時間に余裕をみて、エミリーとともにパーティ会場である王宮に向かう。


 エミリーは会場に入るときに注目を浴びて顔を強張らせていたが、合流したトーマスたちと談笑している間に落ち着きを取り戻したようだ。


 卒業パーティは例年通り順調に進み、ディランは卒業生代表の挨拶をする。短く終わらせて壇上を降りながら、協力者の魔道士たちに目配せした。


 魔道士団長の権限で警備に紛れ込ませていた協力者たちは、楽しそうに準備完了の合図を返してくる。


「エミリー、僕と踊ってくれますか?」


「喜んで」


 ディランはガチガチに緊張するエミリーの手をとって微笑みかける。楽隊が音楽を奏で始めると、大広間の床が草原へと変わった。魔法で床の上に草原を映し出しただけだが、会場がどよめきに包まれる。


 魔道士団にはイタズラ好きも多いので、責任はディランが取ると言ったら、多勢が協力してくれた。皆で技を見せあって、上手く出来た者が参加してくれている。 


「普通の床だと思って動けば大丈夫だよ」


「不思議な感覚ですね」


 エミリーは楽しそうで、会場の人たちとは違いあまり驚いていない。ディランと関わるうちに、すっかり魔法に慣れてしまったのだろう。


 ディランたちは大広間の中央に移動したが、踊り始めた二人に注目する者はほとんどいない。ディランたちと一緒にウサギやリスが踊りだしたからだ。


「可愛いですね」


「喜んでもらえて良かったよ」


 エミリーもダンスを踊りながら、チラチラと周囲を気にしている。エミリーの緊張が解けたのは嬉しいが、見つめ合って踊れないのは少しだけ寂しい。


「僕のことも見て欲しいな」


 ディランが囁くように言うと、エミリーがステップを間違えてディランの足を踏みそうになる。ディランは魔法でエミリーを浮かせて、クルリと回って誤魔化した。


「ごめんなさい」


「いや、ごめん。今のは確実に僕のせいだよね」


 ディランがエミリーを見ると、困ったように笑う。エミリーが恥ずかしそうに視線を反らして踊っていても、その後は何も言えなかった。

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