おまけ2 ディランの卒業〈後〉

 ファーストダンスが終わると、会場は元の姿に戻る。ディランが魔道士たちに視線でお礼を言うと、返事の代わりに笑顔が返ってきた。魔道士たちも来場者に喜んでもらえて嬉しかったのだろう。想像以上の大成功なので、ディランもお礼を多めに用意したいと思う。


 二曲目が流れ始めると、卒業生たちがパートナーとともに踊りだす。ディランたちは他の生徒たちに混ざってもう一曲踊り、ダンスの輪から抜け出した。


「エミリー、大丈夫?」


「はい! 楽しかったです」


 エミリーは、ディランから見ても憂いのない達成感に満ちた顔をしている。頬は真っ赤だが、楽しんでくれたようで何よりだ。


「役目は終わったし、後はのんびり楽しもう」


 ディランはエミリーに果汁水を渡して、二人で皆のダンスを眺める。トーマスも婚約者のマイラと楽しそうに踊っているのが見えた。技巧的なステップなのに息がぴったりで、二人の関係が上手くいっていることがよく分かる。

 

 

 しばらく談笑していると、チャーリーがシャーロットとともにやって来た。シャーロットはチャーリーにエスコートされて嬉しそうだ。


 それに比べて、チャーリーの機嫌があまり良くない気がする。質問するようにシャーロットを見るが、シャーロットはいつも通り挨拶してくるだけで、ディランの視線の意味が分からないらしい。エミリーもシャーロットに笑顔を向けているし、周囲の者はいつもと変わらず憧れの視線をチャーリーに送っている。


「ダンスが心配だと言っていたけど素敵だったわよ」


「シャーロット様にそう言って頂けるなんて嬉しいです」


 エミリーとシャーロットが二人で話し始めてしまったので、ディランは嫌な予感に緊張しながら、チャーリーと笑顔を交わした。


「兄上、いらしてたんですね」


「私が別の男にシャーロットのエスコートを任せると思うか?」


 確かにそのとおりだが、先程まで二人の姿はどこにもなかったように思う。目立つ二人をディランが見逃す訳がない。主役のディランに気を使ってどこかに隠れていたのだろう。ディランはお礼を言ってみたが、とぼけられてしまった。


「そんなことより、ディラン。私にプレッシャーをかけるとはいい度胸だな」


 チャーリーがディランにしか聞こえないように圧のある笑顔で言ってくる。


「な、何のことですか?」


 周囲から見れば、仲の良い兄弟が談笑しているように見えるだろう。チャーリーの目がとにかく怖い。


「魔道士団を私的な理由で使ったな。あれは来年ファーストダンスを踊る私への挑戦か?」


「まさか……そんなわけないですよ。兄上やシャーロットと違って、僕たちは注目されるのになれていないので苦肉の策です」


 来年はシャーロットの卒業なので、チャーリーがエスコートするなら、二人がファーストダンスを踊ることになる。ディランは今年を乗り切ることで精一杯で、来年のことなど考えてもみなかった。


「下手な言い訳はするな。シャーロットが可愛いものが好きなのは知っているだろ?」


「へ!? そんなの知るわけないでしょ!」


 とは言ったものの、ディランとチャーリーがコソコソ話す横で、シャーロットはファーストダンスのときのリスが可愛かったと、エミリー相手に楽しそうに話している。これは来年もやらないわけにはいかないだろう。


 ディランもエミリーの卒業のために出席するだろうし、エミリーの卒業を祝って自ら幻術を使うのも悪くない。しかし、チャーリーに簡単に使われるのも今後を考えると心配だ。


「お手伝いしますが、条件があります」


「ほう、いい度胸だな」


 ディランは魔道士団長としてチャーリーに協力してほしいことをいくつか交換条件に出すことにした。図太くなった自分にも驚くが、シャーロットのために簡単に条件を呑んだチャーリーにはもっと驚いた。


(シャーロットを焚き付ければ、何でもやってくれるのでは?)



 この後、ディランは困ったときに何度か同じ手を使うことになる。しかも、チャーリーは驚くほど簡単に手を貸してくれたのだから恐ろしい。


 チャーリーの周囲の者に『どうやって協力してもらっているのか?』と何度も聞かれたが、ディランは頑なに口を閉ざした。ハリソンはこの会話に加わろうとはしなかったので、気づいていたのかもしれない。



 おまけ2 終

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