第14話 魔道士の適性

 その日の昼休みの終盤、ディランは昼食を食べ終えてから、校舎裏の森に向かった。森に着くと自分でかけた結界の中に入って奥へと進む。


 この先では、エミリーとシャーロットたちが昼食を食べているはずだ。この結界は、中から外には出られても、破らずに中に入れるのは術者であるディランのみだ。魅了状態にある男子生徒たちも入ってこれないので、ゆっくり食事ができたことだろう。


 ディランも一緒にとエミリーは言ってくれたが、女性たちの会話に混ざる苦行を考えて遠慮した。女の人は、なんであんなに話したいことが湧いてくるのか、ディランには分からない。


 ディランが森を抜けて、いつもの休憩場所に着くと、エミリーとシャーロットたちがキャピキャピと会話をしながら片付けをしているところだった。


「あら、ディラン。遅かったわね。では、わたくしたちは先に教室に戻るわね」


「はい、楽しい時間をありがとうございました」


「わたくしも楽しかったわ」


 エミリーに笑顔で見送られ、シャーロットは名残惜しそうに森を去っていく。その後ろをシャーロットの友人たちが付き従うようについていった。シャーロットの友人たちには、エミリーの状況について詳しく伝えていない。未来の皇太子妃の側近となる女性たちなので、聞くべきことではない察してくれているだろう。


「ごめんね。いくつか確認したいことがあるんだ」


「よろしくお願いします。何でも聞いてください」


 ペコリと頭を下げるエミリーの声は今朝よりも明るい。ディランには面倒を押し付けてくることの多いシャーロットだが、エミリーとは良い友人になれたようだ。


 昨日よりエミリーが緊張していないのもシャーロットのおかげだろう。ディランはシャーロットに感謝して、エミリーの向かいに腰掛けた。


「まずは、魔法が使えるか確認したいんだけど……」


 エミリーの周囲には独特の魔力が存在する。ディランはその魔力の正体を解明したいと思っている。


「私には魔道士の適正が現れなかったので、神殿での検査は受けてません」


「そっか」


 資質がある者は習わなくても簡単な魔法が自然に使えるようになるため、魔法の発動を確認した時点で適性ありと見做される。五歳から遅くとも八歳くらいまでには判明するのが普通だ。


 例えば、ディランの場合は五歳のときに髪を魔法で乾かしたことで発覚した。ディランとしては、侍女がタオルを忘れたので、濡れたままは嫌だなと思っただけだ。基本、魔法とは術者の願いが実現する形で発現する。


 一般家庭では、火を起こそうとしていた母親に魔法で火をつけて見せたり、喉が乾いて空のコップに魔法で水を満たしたりして発覚することが多いらしい。


「念の為、これを握ってみてくれる? 魔力があれば反応するんだ」


 ディランは神殿の魔力検査で使われる魔道具をエミリーに手渡した。


「これ、どこから……いえ、大丈夫です」


 エミリーが聞いてはいけないことを聞いたかのように顔を青くする。確かに普通の人間からすると貴重なもので、神殿以外では目にしない物かもしれない。


「魔道士団の研究棟から借りてきただけだよ」


「魔道士団!?」


 ディランがエミリーを安心させるために伝えると、エミリーは恐ろしい物を見るように、自分の手の中にある魔道具を見た。魔道士団は国に属するちゃんとした組織であって恐ろしい集団ではない。


「爆発したりしないから、怯えなくていいよ」 


「いいえ、恐れ多いなって思っただけです。握りますね」


 エミリーは早口で言って魔道具を握る。反応が出ないのを確認すると、壊れ物を扱うように慎重にディランへと返した。


「魔法の適性はないみたいだね」


 ディランが魔道具を握ると眩しいほどに光ったので不良品ではない。エミリーの周囲の魔力が普通の魔力とは違うということだろう。


(そんな魔力があるなんて聞いたことないな)


 王宮に眠る本の中に情報があることを祈るしかない。ディランはそんなことを考えながら、魔道具をポケットにしまった。


「ああ……ディラン殿下。乱暴に扱わないでください。魔道士団が保管している魔道具ですよ!」


 エミリーがオロオロしながらハンカチを取り出す。動揺する様子が小リスみたいで可愛らしい。ディランはクスクス笑いながら、差し出されたハンカチの上に魔道具を置いた。エミリーは魔道具を丁寧に包んで返してくれる。


 この魔道具は魔道士団の倉庫の奥でホコリをかぶっていたものなので、本当は丁寧に扱う必要はない。この辺りは一般人と魔道士団に関わる者との感覚の違いだろう。ディランは余計なことを口走らないうちに、次の確認に移る。


「エミリーの好きな色は何色? あと、髪の毛2本貰ってもいい?」  


「へ!?」 


 エミリーが目を白黒させて固まってしまったので、ディランは慌てて弁明する。エミリーのために魔道具を作るから必要な物であって、ディランが変態なわけではない。


「好きな色は茶色です」


 エミリーはディランを見て恥ずかしそうに笑う。チョコレートが好きだから茶色なのだろうか。よく分らないが恥ずかしがっているので追求しなかった。


「髪は親指の長さくらいを2本ほしいんだ。女のコの髪を切らせてごめんね」 

 

「気にしないでください。すぐに伸びますよ」


 ディランがハサミと小瓶を差し出すと、その中にエミリーがピンクブロンドの髪を切って入れてくれる。ディランは返してもらった小瓶を丁寧に自分のハンカチで包んでポケットにしまった。  


「大切にするものが違う気がします。髪より魔道具の方が大切です」


 エミリーが可愛く頬を膨らます。ディランとしては、もう一度切らせたくないのでエミリーの髪を大事に扱いたい。この認識の違いは説明しても理解して貰えそうにないので、ディランは笑って流した。

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