第15話 謁見

 休日、ディランは王太子との謁見のために王宮にある執務室に出向いた。出入り口付近にいた王太子の侍従の一人に声をかけると、謁見の間で待っているという。


「ご案内致します」


「うん、お願い」


 勝手知ったる王宮だが、王子を一人で歩かせるわけにはいかないだろう。ディランは仕事を増やして申し訳なく思いながら従った。


 ディランと話すのに、父でもある王太子が公式な場である謁見の間を選ぶとは思っていなかった。ディランは王太子の仕事の合間に話すことになるだろうと思い、執務室に向かったのだ。


 王太子として話を聞くという建前のためか、他に面倒な話があるから防音が行き届いた謁見の間を選んだのか。


(なんか、嫌な予感……)


 前者なら良いと考えていたディランだが、会った瞬間の王太子の言葉で、その願いは打ち砕かれた。


「ディラン、防音の魔法をかけてくれるか」


 王太子の言葉に頷いて、ディランは魔法をかける。。ディランは魔法で検知していたので気づいていたが、王太子も知っていたとは意外だった。


 普段からこの状況なのだろうが、知っていてある程度自由にさせているということか。チャーリーと違って、ディランにも裏の顔を見せない王太子は何を考えているのかよく分からない。


「兄上にも聞かれたくない話なんて、僕も聞きたくないのですが……」


 姿の見えない者が誰の指示で聞いていたかなんて、捕まえて問い詰める必要もない。こんなことができる人物は限られる。チャーリーのほかには、目の前にいる人物か国王くらいだろう。


「まぁ、そう言うな。父親として話があるだけだ」 


「そうですか」


(父親として? なにそれ、王太子としてより怖いんだけど……)


 ディランは優しげな微笑みを浮かべる王太子を見て、心の中でため息をついた。


「まずは報告だな。非公式な場とするからすべて話せ」


「……畏まりました」


 ディランはどこまで話すべきか、ここに来るまで散々悩んでいたが、意味がなかったようだ。全部知っているから隠すな。そういう事だろう。


(それって、僕が話さなくても良くない?)


 ディランは心の中で悪態を付きながら、すべて自白した。


「……なるほど、『誘惑の秘宝』でもなかったか」


「はい、それで書庫の禁書閲覧許可を頂きたいのです」


 当初、手紙で王太子にお願いしたときとは理由は変わってきたが、やはり禁書の中の情報が頼りだ。


「その情報は禁書の中でも、かなり機密度が高い。扱いには十分注意しろよ」


「父上、何かご存知なのですか?」


「過去に似たような事件があったことは伝え聞いている。私も詳細は把握していない」


「そうですか」


 王太子は今回の件の裏について、ある程度知っているようだ。話は聞き出せそうにないが、調べれば成果が得られると分かっただけでもありがたい。


「では、本題に入ろう」


 本題は終わったのでは? と思いながら、ディランは黙って頷いた。



「ディラン、私は君にチャーリーの制御を任せたいと思っている」


「その件なら、お断りしたはずでは?」


 王太子はディランに王族としての地位を残し、チャーリーへの牽制とするよう言ってきていた。チャーリーの能力を評価している分、権力が集中することを懸念しているのだ。


 しかし、現在の状況ではディランを王家に残すことは諸刃の刃となってしまう。チャーリーがディラン派を根こそぎ始末する気でいるからだ。それなら、公爵となり家臣として動いたほうが国のためになる。


「父上も納得して下さいましたよね」


 ディランは挑むように王太子を見る。国が乱れて苦しむのは末端の農民たちだ。チャーリーが強権をふるって、貴族たちがあたふたする方がまだ良い。


「まぁ、待て。将来のことだけを言っているのではない。一度だけでも良いから、逃げずにチャーリーとしっかり話をしろ。ここ最近、チャーリーは行き過ぎていることが多い。君が任された先程の件への介入の仕方についてもそうだ」


「それは、確かにそうですが……」


「まぁ、難しく考えるな」


 王太子は苦悩の表情をしている。これから国王となるのに、自分が退いたあとの心配をしなくてはならないのだから、国のトップに立つというのは大変なことだ。


「ご期待に添えるか分かりませんが、父上のお気持ちは頭に刻んでおきます」


「悪いな。君には苦労をかける」


「いえ、それはいいのですが……今回の事件、僕にお任せ頂いてよろしいのですか? 兄上はそのつもりでも、本当なら特務部隊が動く案件ですよね?」


 特務部隊とは、国家を揺るがす事件に出てくる王太子直属の部隊だ。今の所、学院内に話が収まっているが、禁書の情報まで必要となっている現状、特務部隊が担当するのが妥当と言える。


「『お任せ頂いてよろしいのですか?』か。珍しいな。君なら『特務部隊にやらせて下さい。僕は関係ない』くらい言うかと思っていたぞ」


「言っても巻き込むじゃないですか……」


「やる気になっているなら、それで良い」


 王太子が意味深な笑みを浮かべている。


「チャーリーのやり方には問題があるが、私も君に任せる判断には賛同している。君の師匠に協力を仰ぐには、それが一番良い。ボードゥアンもディランの頼みなら聞くだろう?」


「どうでしょうか?」


 ディランはボードゥアンから受け取ったメモ書きを思い出して苦笑する。


「偏屈なボードゥアンの弟子になれたのが、その良い証拠だ。特務部隊が出ていけば、絶対にボードゥアンは出てこない。ディラン、君の人心掌握能力は私も買っているのだよ」


「買い被り過ぎですよ。師匠は、僕の立場に同情しただけです」


「まぁ、そういうことにしておこう」


 王太子はそう言ってニヤリと笑う。こういうところは、チャーリーにそっくりだ。ディランは何も言えなくなって、そのまま一礼して謁見の間を後にした。

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