第16話 隠蔽のイヤリング
ディランは王宮を出ると、目立たない服装に着替えて街に出た。宝石店や八百屋、雑貨店など数か所を回って、魔道士団の研究棟に入る。
「ディラン様、こんにちは」
「お邪魔します」
「ボードゥアン様なら、まだお戻りではないようですよ」
「やっぱり、帰ってないんだね。鍵を預かってるから、使わせてもらうことにするよ」
ディランは声をかけてくれた研究員たちに鍵を振ってみせる。ディランは、小さい頃から魔道士団に出入りしているので、ほとんどの研究員とは顔見知りだ。王族であるディランにも気さくに声をかけてくれて、居心地がいい。
「ディラン様、いらっしゃい」
「お久しぶりです」
ディランは行き交う研究員に挨拶しながら、研究棟をまっすぐ進む。3階建ての研究棟は、魔道具や魔法薬など研究テーマによって部屋が分かれている。ディランも魔道具を作るために来たのだが、目指す先は、この建物の中にはない。
ディランは廊下の突き当りにある小さな扉を、持っていた鍵の一つで開けた。その先は屋外で、研究のための薬草園が広がっている。ディランはそこを通り過ぎて、さらに奥にある森の中に入った。
ディランが通いなれた森を少し歩くと、立派な洋館が突如として現れる。この洋館が師匠であるボードゥアン個人の研究施設となっている。
洋館は人と関わることを面倒くさがるボードゥアンが魔法で隠しているので、認められた者しか見つけることさえできない。未熟なディランには詳細は不明だが、隠蔽か結界かを組み合わせて作った魔道具が設置されているのだろう。
ボードゥアンは魔道士団に在籍しているが、これといって役割を与えられているわけではない。気まぐれで手伝ってくれるだけでも助かる天才なので、基本自由なのだ。どうせ今回の出張も、ボードゥアンが興味を持ちそうな何かで釣って行かせたのだろう。ディランは魔道士団長のそういうやり方には疑問を持っているが、ボードゥアンも分かっていて釣られているので口を挟んだことはない。
洋館に入ると、ディランは軽く掃除をして空気を入れ替えた。掃除や助手などをすることを条件に、ディランは洋館への自由な出入りを許され部屋も与えられている。実際には、王子で学生でもあるディランが助手として行動を共にすることは難しいので、ほとんど掃除係だ。
掃除が終わると、ディランは自分の部屋に入った。革のエプロンを付けて保護メガネをかけ、いよいよ魔道具製作に入る。
今日作るのはエミリーが平穏な学院生活を送るためのものだ。ディランがそばにいないときでも隠れられるようにしたい。禁書を読み進めても、すぐに解決するか分からないので、それまでの仮の処置だ。
まずは買ってきたイヤリングを使って、隠蔽の魔道具を作ることにする。魔道具があれば、魔道士でないエミリーでも一人で姿を消すことが可能になる。数日に一度は、ディランの魔力を供給する必要があるが、今までほど窮屈な思いをさせずに済むだろう。
寮の部屋でやっても良かったが失敗したら大惨事になる。ここなら万が一失敗したときにも建物が吹っ飛んだりしないように安全装置があるので安心だ。もっとも、大きな事故を起こせば、中にいるディランは無事ではすまないので慎重に行うつもりでいる。
ディランは、自身にいつもより強い保護魔法をかけると、机の上に街で買ってきたものを並べる。茶色っぽい琥珀のついたイヤリング。そして八百屋で揃えたごぼう、たけのこ、じゃがいも、玉ねぎ、アーモンド。
料理を始めるような内容だが、宝石に魔力を詰めて魔道具にするには、生命力が必要なのだ。媒介するものを使わないと術者の生命力が使われて……とにかく危険なので、新鮮な植物などを利用する。
術者が得意な魔法の場合は、好きな宝石を選び、同色の植物を媒介に使えばいい。イヤリングに施す隠蔽魔法は、ディランの得意分野なので、今回はエミリーの好きな茶色の琥珀を使って隠蔽の魔道具を作る。チョコレート色がいいだろうとなるべく琥珀の中でも濃い色の宝石を選んで買ってきた。
術者の瞳の色と同色の場合魔力が節約できるのだが、偶然にもディランの瞳の色も茶色なので楽に作れそうだ。魔力の影響でチョコレート色よりディランの瞳に近い色になってしまうが、エミリーには妥協してもらうしかない。
ディランは机の真ん中に粘土をおいて、埋め込むようにしてイヤリングを2つ並べて固定する。ごぼうをイヤリングに突き刺すように手で持って、隠蔽の魔法をごぼうに注ぎ込むように入れていく。ごぼうには隠蔽魔法特有の魔法陣が浮かび上がった。
(エミリーをイヤリングが守ってくれますように……)
しばらく魔法を込め続けていると、ごぼうが砂のようにさらさらと崩れていき、イヤリングの琥珀に吸い込まれていった。これを完成まで繰り返せば魔道具になる。
ディランは魔法を込める植物を玉ねぎやじゃがいもなどに変えながら、その日のうちに隠蔽のイヤリングを作り上げた。
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