第6話 手紙

 放課後、ディランは寮の自室で王太子と魔道士の師匠であるボードゥアンにそれぞれ手紙を書いた。伝書の訓練を受けた鳥の足にそれぞれ手紙をつけて暮れかけた空に放つ。


 学院には家族に手紙を出す生徒も多いので、通信用の鳥の貸し出しがある。機密文書を送るのには適さないが、自由に学院生活を送りたかったディランには手紙を託せる侍従がいない。そこはディランの魔法を使って本人に確実に、そして普通より早く届くよう細工をする。



 王太子への報告は、事件については概要にとどめ、以下の3点について書いた。学院内で問題が起き、内部だけでは収まらない事態に発展しそうなこと。それを師匠に相談する予定であること。解決のため、王宮内の禁書の書庫の閲覧許可を求めること。


 詳細について報告しなかったのは、エミリーへの配慮からだ。王太子にまでエミリーの名前が知られてしまうと、穏便に済ませることが難しくなる。


 エミリーは取り巻きがいることに、いつも戸惑っているように見えた。ディランには、どうしてもエミリーの意思で周囲に男を侍らせているとは思えないのだ。今日の昼に近くで対面して、エミリーのおっとりとした雰囲気にディランはその思いを強めた。


 ディランが『誘惑の秘宝』に侵されているせいかもしれないが、誰かに脅されているなどエミリーにはどうすることもできない理由がある気がしてならない。


 ディラン単独ではなく、ボードゥアンに協力を仰いで解決すると伝えれば、王太子は禁書の閲覧許可だけ書面でくれると思っていた。国王からほとんどの業務を引き継いでいる王太子は忙しい。しかし、翌日届いた回答は『直接報告せよ』というものだった。


『チャーリーから報告を受けている。ディランに一任したと聞いていたが、進捗状況を知りたい』


 ディランがその回答を見て目を丸くしたことは言うまでもない。


(『ディランに一任した』ってなに!?)


 とにかく、謁見は次の休日を指定されたので、それまでに報告書の形になるよう、まとめなくてはいけない。『進捗状況』というが、いつからディランは調べていてことになっているのだろうか。


(兄上は魔道具の影響を受けていない? それとも、報告はエミリーに近づく前にしたのかな?)


 どちらにしろ、チャーリーが王太子に報告したときには、ディランが後々焦って報告書を作成することを想定に入れていたに違いない。チャーリーに聞きたいことは山程あるが、彼は隣国に向かう馬車の中だ。道が悪くてチャーリーが尻を痛めていることを願うくらいしかディランにはできなかった。



 ボードゥアンには、『誘惑の秘宝』が使われている可能性と、ディランの防御魔法を使っても防げなかった点など事細かに報告した。すぐに会って助言を貰いたかったが、ボードゥアンはあいにく長期出張中で王都を空けている。ボードゥアンが受け持っている案件は急ぐものではないはずなので、帰ってきて欲しいという願いも一緒に手紙に書いた。想いが強すぎて長くなってしまった手紙には、軽量化の魔法もかけておく。


 ディランはボードゥアンからの返答を心待ちにしていたわけだが……


 翌日、ボードゥアンからの返答は一言『良かったね』それだけだった。返信には早くディランのもとへ届くようボードゥアンの魔法がかかっていたが、その必要はあったのだろうか。


(意味が分からない……)


 一言だけ送ってくるにしても、ディランに理解できる言葉が欲しかった。封筒にすら入っていないメモ書きは、解読の魔法をかけようが、解呪の魔法をかけようが何も変化しない。他に思いつかなくて、メモ書きに話しかけてしまったことは誰にも言えない秘密になった。


(仕方ない。父上に提出する報告書を作るか)


 ディランの周囲は個性の強すぎる人が多すぎる。ディランの代わりを用意しようとは思わないが、せめて、同じ立場で語り合える仲間がほしいとディランは切実に願った。

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