第5話 情報収集
エミリーはシャーロットを恐れているからか、可愛らしくこちらを見ているだけで、特に行動を起こしていない。『誘惑の秘宝』の一般的な効果からすれば、ディランに命令し従わせることも可能なはずだ。
ディランはシャーロットの説教に萎縮するフリをして分析を始めた。エミリーのそばに居続けるのは危険だが、そうも言っていられない。滅多に訪れない情報収集の機会でもあるのだ。
(気持ちを強く持とう。そうすれば、影響を最小限に留められるはずだ)
まずは魔法薬による魅了の可能性を完全に排除したい。
ディランはエミリーから貰ったものを口にしていないし、魅了の薬の独特な香りもここには漂っていない。密かに風魔法を使って空気を入れ替えてみたが、漂う魔力に変化はないようだ。本当は空気を集めて専門部署で解析するれば確実だが、ディランは財布だけを持って教室を出たので集める道具がない。
(確定するのは難しいけど、おそらく魔法薬ではないな)
エミリーに視線を戻してみると、シャーロットとディランを見比べてオロオロとしている。ディランと視線が合うと申し訳なさそうに目で詫びられた。
(やっぱり、かわいい)
それでも、ディランがやろうと思えば、エミリーをこの場で押さえつけることも可能な気がする。一般的な『誘惑の秘宝』なら、持っている者に嫌われるような行動は取れないはずなのだが……
(相手を拘束する力が弱いのかな?)
異様な魔力を感じていなければ、ディランがエミリーに一目惚れしてしまっただけだと勘違いしただろう。
ディランまで魅了する力があるのに精神的な拘束力が弱い。それは魔道具の常識からは外れている。多くの人を一度に魅了する『誘惑の秘宝』なら、魅了の効果も高いのが普通だ。
(拘束力が弱いことに何か意味があるのかな?)
いろいろ考えてはみるものの、ディランが知る『誘惑の秘宝』についての情報が現時点では少なすぎる。今後の対応については、知識を得てからにすべきだろう。
そもそも、『誘惑の秘宝』は作り方だけでなく、今まで起こった事件の詳細も秘匿されているのだ。
表向きには模倣犯を懸念しているためと言っているが、王族が影響下に置かれて傀儡にされるなど国を揺るがす事件が過去にあったのだろうとディランは考えている。そうでなければ、王子たちに施される訓練が過酷すぎる説明がつかない。
ディランは魔道士アルビー考案の訓練を思い出して吐きそうになった。
『チャーリー様は平然とこなされていましたよ』
そう何度も言われたが、規格外すぎるチャーリーの精神力と比べないで欲しい。
とにかく王族であるディランなら、父である王太子に頼めば禁書として保管されている秘匿情報も閲覧できる。ついでに『誘惑の秘宝』の作り方も確認して、解体して破棄するときに役立てたい。
「……ディラン、わたくしの話を聞いているの?」
「もちろん、聞いてないよ」
「な!?」
ディランは、つい本当のことを言ってしまって、慌ててシャーロットに微笑みかけた。
「そんな笑顔で見られても誤魔化されなくてよ」
一応、地味なディランでも王子スマイルには定評があるのだが、幼馴染には効かないようだ。エミリーと背景のように動かずにいたシャーロットの友人たちは、きちんと頬を染めてくれている。それを見て、ディランは小さな矜持を保った。
(笑顔に誤魔化されないなら……)
「さすがは、未来の王妃殿下だね。シャーロットは素晴らしい! 兄上と本当に、お似合いだね」
ディランは唐突にシャーロットを褒める。
「え? やっぱり?」
「うん、いつも思ってたけど、兄上と並ぶと一枚の絵画みたいだよ」
「そうかしら」
シャーロットはいつでもチャーリーとの関係を褒めるとすぐに機嫌が治る。『未来の王妃殿下』としては心配になるが、チャーリーが守っているシャーロットに手を出すような馬鹿は、シャーロットを懐柔したところで何も出来ないだろう。次の瞬間から自分の命をひたすら心配して過ごさなくてはならないからだ。すぐに殺してくれるほど、チャーリーは優しくない。
ディランの予想通り、シャーロットは照れてモジモジしている。その間にエミリーに目配せして立ち去るよう促した。
エミリーはペコリと可愛らしく頭を下げて校舎の方へ走っていく。シャーロットの友人たちは、どうすべきか迷っているようだったが、王子であるディランの行動なのでシャーロットに何も言えないでいた。
「じゃあ、僕はお昼を食べなきゃいけないから行くね」
「え?」
ディランは、エミリーの姿が消えたのを確認すると、シャーロットが戸惑っているうちに歩き出す。シャーロットは諦めたのか、追って来るどころか声もかけてこなかった。
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