第7話 助けを求められて

 数日後、ディランが午前中の授業を終えて廊下を歩いていると、奥の角からエミリーが現れ小走りでこちらに向かってくるのが見えた。相変わらず、背後には取り巻きの男子生徒を多勢連れていて威圧感がある。


 居合わせた人々は、自然と廊下の隅によってエミリーを通していた。


「ディラン殿下、助けて下さい!」


 ディランも端に避けたのに、エミリーが目に涙をいっぱい溜めて詰め寄ってくる。


「どうかしたの?」


 ディランはエミリーにハンカチを差し出して、落ち着かせるように静かに問いかけた。


「私、どうしていいか分からなくて……」


「私が聞いてあげるよ」

「俺に任せろ」

「何でも相談にのるよ」


 取り巻きの男子生徒たちが、エミリーにアピールしようと次々と声をかけてくる。ディランがエミリーに気を取られているうちに囲まれていたようだ。エミリーはハンカチで涙をふきながら、その声に怯えるように身を縮めていた。


(前より悪化してるな)


 ディランが談話室から覗いていたときより、男子生徒の動きに遠慮がなくなっている。チャーリーが口説いていた日から、そんなに日が立っていないことを考えると、ディランは驚きを隠せない。


「ちょっとこっちに来て」


 ディランがエミリーを連れて移動しようとすると、2人を囲んでいた生徒たちが割れて道ができた。王子の通行を妨げてはいけないという理性は働いているようだ。


「走って」


 ディランはエミリーにだけ聞こえるように言って、彼女の手を取って走り出す。廊下の角を曲がったタイミングで、追ってから隠れるように壁に張り付いた。ディランに習って止まったエミリーに隠蔽の魔法をかけて周囲の者の視界から消し去る。エミリーは不安そうな顔をしたまま、肩で息をしていた。


「今、エミリー嬢は僕以外からは見えてないから安心して良いよ」


 ディランが小声で伝えると、エミリーは驚いた顔をした。変化のない自分の手を眺めてから戸惑ったようにディランを見上げてくる。


「エミリー? どこいったんだ?」

「エミリー!」


 追いついてきた取り巻きが、キョロキョロと目の前にいるはずのエミリーを探している。エミリーはそれを警戒するように見ていた。


「ディラン殿下、エミリーを知りませんか?」


「どうだろう。さっきまで一緒にいたんだけど、姿が見えないね」


 エミリーは男子生徒が近づいてくると、震える手でディランの服を掴む。『一人にしないで』と訴えているような表情は、ディランの庇護欲をそそる。


 男子生徒たちは、しばらくエミリーを探してウロウロしていたが、諦めて散っていった。


(目視出来なければ、エミリーの居場所は分からないのか)


 ディランはエミリーからの異様な魔力を今も感じているが、魔力を持つものだけの感覚なのかもしれない。もし、他の者もディランと同じように感じ取っていたなら、すぐに諦めたりはしなかっただろう。


「さて、他に人も居なくなったようだし、聞いてもいいかな? 『どうしていいか分からない』っていうのは、エミリー嬢がさっきまで一緒にいた男子生徒の事で合ってる?」


「はい、追い払って下さってありがとうございます」


 エミリーがペコリと頭を下げる。


(『追い払って』?)


 エミリー自身が持っている『誘惑の秘宝』で集めていたとしたら変な表現だ。そもそも魔道具にはスイッチがあって、効果を切ることができるはずなのだ。


 エミリーは誰かの指示で行動していて魔道具の使い方に詳しくないのだろうか。それとも、ディランを完全に魅了してしまうための罠か。


(分からないな)


 ディランの心は信じたいと言っているが、正直判断がつかない。


「この前会った森で待っててくれるかな。昼食買ってくるよ。エミリー嬢もお昼まだでしょ?」


 ひとまずディランは、落ち着くために一人で考える時間を取ることにした。エミリーが近くにいると気になって考えがまとまらない。意図せず脈が早くなっている。『誘惑の秘宝』の力は強力だ。


「苦手なものとかある?」


 エミリーが小さく首を振る。ディランは好きな食べ物も聞きたくなったが我慢した。


「あ、姿は見えないようにしてるから、彼等には見つからないよ。見えない分、避けてもらえないから気をつけて向かってね」


 エミリーはコクンコクンと無言で頷いている。首を痛めそうなほど勢いよく頷くエミリーも可愛い。


(重症かも……)


 考えないようにしていても、仕草一つ一つが可愛いのだからしょうがない。ディランは、不安そうに振り返りながら去っていくエミリーを見送って、自分も売店に向かった。


 エミリーの意思で取り巻きを作ってるわけではないのなら、今の状況をどうにかしてあげたい。罠かもしれないという恐ろしい可能性をほとんど無視して、ディランは解決方法を考えながら歩いた。

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