冒険者ギルド

 夜斗が冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、中の喧騒けんそうが響いてきた。


 ギルドの中は、右側の壁に冒険者への依頼が貼られたクエストボードがあり、奥には受付カウンターがある。左側のスペースは情報交換のための、飲食スペースとなっていた。

 チームで行動している者たちや、プラチナやミスリルといった高ランクの者たちは、二階の比較的静かな場所を使えるが、一階のスペースは、ただただ賑やかしい。


 夜斗と夜那は受付カウンターに向かった。受付嬢が二人に気づいて、書類整理から顔を上げる。


「こんちには! お二人とも、初めての方ですね。ご依頼ですか? それとも冒険者登録ですか?」

「どっちも無し。今回は、滞在証明をしに来た」


 夜斗と夜那は冒険者メダルを外し、カウンターに置いた。


「ご確認しますね。えっと……え!? お二人ともミスリル!? それにあの<剣銃の死神>と<紫金の魔剣士>!?」


 受付嬢の悲鳴に近い声に、ギルド内がシーンッと静まりかえる。


「おい、あいつらが?」

「二つ名持ちとは、思えねぇな。まだガキじゃねぇか」

「しかも、一人は小さな女の子だぞ? 腰に剣を差しちゃいるが、ちゃんと扱えんのか?」


 ギルド内にいた冒険者たちが、小声で兄妹のことを話し始める。


「そういえば、さっき時計塔広場の騒ぎのときに、あいつら見たな」

「え? じゃあ、あのチビが魔剣を制御したって、本当なのか?」

「そもそも、魔剣が本物なのかわかんねぇだろ。あんなレア物、本来なら古代遺跡の最奥とかにあるもんだろ」

「でもよ、魔物を生み出してたじゃねぇか。そんなん普通の剣が、できるわけねぇだろ?」


 先ほど起きた時計塔広場の事件を見ていた者たちが、夜那が腰に差す闇の魔剣、紫闇について口々に言い合う。そんな中、夜那は自分をじっと見つめてくる視線に気づいた。


 夜那がそちらに目を向けると、そこには頬に十字の傷がある無精ひげの男がいた。彼の右腕上腕部には、十字に二匹の蛇が巻き付いた刺青があった。


(なんだか、広場のときにも感じたような……。それにしても、なんか気分が悪い)


 嘗め回すような視線に、夜那は不快な顔をして、紫闇を撫でた。紫闇は答えるように、柄頭つかがしらにある闇の魔晶石をキラリと輝かせる。


 夜斗はカウンターを指先で叩き、受付嬢に意識を戻させた。彼女はハッとして、夜斗を見た。


「冒険者名は暁。メンバーは俺、夜斗とこっちの夜那。現在の居場所は、城へ続く途中の高台にあるチーア食堂」

「早く済ませて」

「あ、は、はい! ごめんなさい!」


 夜那の催促に、受付嬢は慌てて、夜斗の言ったことを書類に書き起こす。

 夜斗は続けて、疑問を投げかける。


「ミスリルだから、個人で依頼を受けるのは可能だよな?」

「はい。もちろんです。ですが、ギルドを通しての場合、手数料として依頼料の一割をいただきます」

「わかった。他に注意事項は?」

「あ、ありません」


 受付嬢の言葉に、二人はメダルを手に取り、用は済んだとばかりに背を向ける。


「あ、あの! お二人はここに直属するつもりは、ありませんか? そうすれば、定期的にお仕事を回せます!」


 冒険者は兄妹のように流浪の旅をする者もいれば、一つの町のギルドに所属し、そこから依頼を受けて仕事をする者と分かれている。

 前者は仕事が不定期な分、収入も安定しない。後者は収入は安定するものの、ギルドからの命令は絶対と縛られることになる。


 ギルドにとっては、ランクが高い者が多く所属すれば、それだけ信頼度があがり、依頼も増える。必然的にギルドへの収入が増えるのだ。


「悪いが直属になるつもりはない」

「一ヵ所に縛られるのは嫌」


 二人はそう言って、冒険者ギルドを後にした。

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