部屋の掃除

 部屋は空気が篭ってはいたが、そこまでホコリはなく、二人で暮らすには十分すぎるほどの広さだった。太陽光が入る大きな窓があり、中央には丸いテーブルと椅子が二脚。部屋の片隅にシングルベッドが二つあった。


「思っていた以上に広いな」

「部屋もそんなに汚れてないね」

「いやでもよかった。変な安宿入って、ピリピリ過ごすよりは全然いい。見晴らしもいいし」


 夜斗は大きく窓を開けると、窓枠に肘を着いて外の景色を眺める。


「やっぱこの街は明るいよなぁ」


 街の象徴である時計塔に、人があふれる賑やかな中央通り。光り輝く海に、たくさんの船が停泊する港。夜斗はまぶしそうに目を細めた。


「にぃ、危ないからこっち来て」

「危ない? これから掃除するんだろ?」

「うん。だから危ない」


 夜那の言いたいことがわからず、夜斗は首を傾げる。


「この広さ、面倒だから。それに冒険者ギルドにも行かなきゃいけないし。だから、小精霊たちに頼む」

「……いいのか? それ」

「ものは試し」


 夜斗は呆れながら、夜那の隣に並ぶ。

 夜那はパンッと手を合わせた。


「風の小精霊ビエント。水の小精霊アグア。火の小精霊フエゴ。掃除を手伝って」


 夜那の声に応えるように、緑と青と赤の球体が夜那の前に浮かぶ。


『僕たちをそんなことで呼び出すなんて』

『まぁ、アタシはやってあげてもいいけど』

『やってやるよ』


 アグアが水を降らせて、ホコリを固める。それをビエントが風を吹かて、篭った空気とともに外へ。フエゴが濡れた部屋を乾かす。


 小精霊たちの姿が見えない夜斗にとっては、突然水が降りだし、風が吹いて、部屋が暑くなって濡れたものを乾かしたと、心霊現象にしか思えない状況だった。


『それじゃあね』


 用が済んだ三人は、ふわりと溶けて消える。


「これで良し」

「お、おぉ。終わったのか?」

「うん。細かい所はあとで、やらなきゃだめだけどね」


 夜那がドヤ顔をしているので、小精霊たちによる掃除が終わったのだと、夜斗は納得する。


「とりあえず、シーツと枕だけ変えて、ギルドに行くか」

「うん」


 夜斗は手早くシーツを取り換えていく。そのあいだ、夜那は荷物を部屋の隅へと置き、首に二つ名が刻まれた冒険者の証であるミスリルのメダルをかけ、紫闇を腰のベルトにさす。


「よし、これでいいな」

「はい。にぃのぶん」

「ありがとな」


 夜斗は夜那からメダルを受け取る。

 店のほうに降りると、アサギはディナータイムの仕込みをしていた。


「おや? どこかに行くのかい?」

「はい。冒険者ギルドに行って、手続きをしてきます」

「そうかい。ギルドの場所は、時計塔広場だよ。こっちから行くんだったら、進行方向左側だね」

「なんだ。あそこにあったのか」

「さっきは、そんな余裕、なかったから」


 夜斗は二度手間だと、ため息をついた。


「夜の分は、用意しておくかい?」

「はい。お願いします」

「行ってきます」

「いってらっしゃい」


 アサギに見送られ、兄妹は教えてもらった、冒険者ギルドへと向かった。

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