契約完了
リチャードとファルは、兄妹の前で足を止めた。
「ちびっ子、おまえすごいな! 魔物を倒すだけじゃなく、魔剣まで本当に制御しちまうなんて」
夜那は剣を握る手に力を込め、自身の後ろに隠す。渡すまいという夜那の意思表示に、リチャードはわたわたと手を振った。
「剣を寄越せなんてことは言わない。俺はいらないって言ったからな。だからそれは、きみのものだ」
リチャードは真面目な顔を見せる。
「おまえらには礼と報酬を。まず、暴走していた男性を止めてくれたこと、心から感謝している。ありがとう」
「私からも、感謝申し上げます」
二人は
夜斗のよく知る貴族は威張ってばかりで、決して頭を下げるような真似はしなかった。だからこそ、位が高いであろう二人の行動が理解できず、夜斗は困惑した表情を浮かべ、思わず夜那を見る。
「見られても困る」
「悪い。ついな」
夜那に非難され、夜斗はリチャードたちに視線を戻した。
「報酬はさっき、おまえが言ったように一万ギルでいいんだよな?」
「少しばかり多いですが、まぁそうですね」
「報酬をお渡しの前に、これを」
ファルが夜那に、不死鳥が刻まれた漆黒の鞘を差し出した。
「広場の隅に落ちていました。おそらく、その魔剣の鞘かと」
「ありがとう」
夜那は礼を言って鞘を受け取り、むき出しの剣を収めた。
その時、広場の入り口に白い鎧に身を包んだ騎士団が見えた。彼らの姿を見て、リチャードはため息をついた。
「ようやくきたか。ファル、悪いが」
「こちらは大丈夫です。彼らに指示を」
「悪い。そっちの二人も悪いな」
リチャードはファルと兄妹に詫びを入れて、騎士団のほうへ駆けて行く。
「すみません、慌ただしくて。こちらが報酬になります」
ファルは持っていた小袋に一万ギルを入れて、夜斗に差し出す。夜斗も受け取ろうと手を伸ばすが、直前で止めた。
「あの?」
「あなたであれば、あの魔物を倒すことはできたのでは?」
夜斗の質問にファルは小さく息を吐き出し、無理やり袋を夜斗の手に握らせた。
「ちょっ」
「私の仕事は、リチャード様を守ること。あの魔物に集中している間に、もしものことがあれば目も当てられません」
「だから、反対しつつもすぐに納得して、俺たちに依頼をしたと」
夜斗は金額を確認し、鞄の中に入れた。
「そうなります。ですが、今回の件は本当に感謝しています。あなた方がいなければ、死者が出ていた可能性もありました」
「そこまで、感謝されるいわれはないよ」
夜斗とファルのやり取りを聞いていた夜那は、ぽつりとこぼした。それにより、ファルの視線が夜那に向く。
「私たちはもともと、今後の活動のためにあの魔物を倒すつもりでいた。でもあなたのご主人様が、依頼をしてきた。こっちとしては、臨時収入と希少価値のある魔剣を手に入れることができた。それに一度受けた仕事は全うする」
「先ほど、冒険者と言っていましたね。お二人のみで仕事を請けられているのですか?」
「えぇ。多少の選り好みはしますが、基本的になんでもしますよ。もちろん暗殺も。ですが、標的が救いようのないほどクズでゲスな〝貴族〟でない限り、それは受けませんが」
「……」
貴族を強調する夜斗に、ファルは黙り込んだ。夜斗の瞳には、あからさまな嫌悪感が宿っていたからだ。
「にぃ、そろそろ行こう」
「そうだな。それでは、俺たちはこれで」
夜斗はファルに軽く頭を下げると、夜那を連れて歩きだす。
「不思議な兄妹ですね」
ファルは去って行く二人の背中を見ながら呟き、リチャードのもとに向かった。
だが、去って行く兄妹を見ていたのは、ファルだけではなかった。
「へぇ。あいつらが……」
そうつぶやいた男は、そのまま人込みに紛れて消えた。
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