夜那、魔剣と契約する 1

 ブラックドッグが消滅すると、夜斗は走って夜那に近づく。


「にぃ、終わ「このバカ!」


 夜那の言葉を遮り、夜斗は妹の頭を殴った。殴られた夜那は、頭をさする。


「なにするの」

「捨て身の戦法はやめろと、あれほど言っただろう!」

「もう治った」

「そういう問題じゃない!」


 そこへリチャードとファルも、走り寄って来た。


「おいちびっ子! 腕を貸せ!」

「は?」


 リチャードは貸せと言いつつ、無理やり夜那の左腕を取る。


「ちょっと」

「いいから! 水の精霊アグア、我に力を貸し与えよ。ものの受けし傷を清き水でいやたまえ。ヒールウォーター」


 水の雫が夜那の腕に落ち、薄く青い輝きを放つ。回復魔法だ。


「ふぅ。これでいい。痛くないか?」

「……なんで、治したの?」


 夜那が再生することを知らないリチャードは、安心したように息をついて、痛みの有無を問いかけるが、逆に問いかける夜那。それにリチャードは不思議そうな顔をする。


「怪我をしたんだ。俺は治す術を持ってる。だったら、使うべきだろ」

「私自身が魔法を使えるのに?」

「あ」


 今気づいたというリチャードの反応に、夜那はため息をついて、リチャードの手を外した。


「……まぁ、一応ありがと」

「おう」


 夜那の感謝の言葉に、リチャードは笑った。


「すみません。あの魔剣はどうすればよろしいですか?」


 ひと段落ついたところで、ファルが夜那に問いかける。すると夜那はリチャードに、視線を向けた。


「あの魔剣、いらないよね?」

「へ?」

「いらない、よね?」

「お、おう」


 夜那の金色の瞳で見つめられたリチャードは、わけがわからないまま返事をした。


「ありがと」


 夜那は小さく笑って、魔剣に近づく。


「お、おい夜那」


 夜那がしようとしていることを理解した夜斗は、慌てて止めようとする。だが夜那はそれを無視し、ゆっくりとした動作で魔剣を手に取った。


「「っ!?」」


 夜那の思わぬ行動に、近くで見ていたリチャードとファルはもちろん、遠くにいた街の人たちも息を飲む。

 夜斗はというと、片手で目元を覆って、ため息をついていた。兄妹であるがゆえに、時折、夜那が突拍子もない行動をとることを知っていたからだ。


 魔剣は拾い主である夜那を取り込もうと、紫のオーラを触手のように伸ばす。夜那は「フフフッ」と笑う。


「魔剣はあくまで、魔晶石を使って鍛刀されただけのつるぎ。だから魔晶石同様、使い手を選ぶと言うけれど、おまえはまるで自我を持っているようだ。このまま私を取り込むつもり? さっきの男のように。私はあんな風に狂わないよ」


 柄を握る手に、力がこもる。夜那の思いに呼応するかのように、金の瞳がキラリと光った。すると、紫のオーラが一瞬だけ怯んだように、動きを止めた。


「私は〈忌み子〉。もとから闇に近いからね」


 夜那はどこかうっとりとした表情で、剣を太陽にかざした。


「刀身にあるこの美しい波紋。波のようでもあり、炎のようでもある。重さも長さも私が使ってたロングソードと同じだね。ちょうどいい。でも、自分に、闇に呑みこもうとするのは、いただけないかな」


 夜那は剣を自分の前に持ってくると、剣腹に手を添えて、契約の言霊ことだまつむぐ。


「我、なんじの新たな使い手とならん。我はように生まれながらにして、いんの血を持つ者なり。汝、我が声にいらえよ。汝が我を認めるならば、ふさわしき器と判断したならば、汝のを我に伝えよ」


 紫のオーラが、炎のごとく立ち上り、夜那を包みこむ。

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