時計塔広場の騒ぎ 4

 夜那は首を横に振った。


「無理。魔剣は魔晶石を使って造られた剣。強い魔力が込められているから、絶対に折れないと言われている。仮にできたとしても、希少価値が高くて珍しい魔剣を折るなんて、馬鹿のすることだ」

「だが、今、まさに産み出されようとしている魔物を倒したところで、魔剣を制御できなきゃ、また同じことが起きるだろ!」


 リチャードが怒鳴ると、夜那が不快そうに顔を歪める。


「うるさいな。制御できる人間が、持てばいいだけの話でしょ」

「夜那。なんだか紫のオーラが、さっきより濃くなったように思える」


 黙ってやりとりを聞いていた夜斗に言われ、夜那は魔剣に視線を戻した。夜那の瞳には、紫のオーラが獣を形とっているのが視えた。


「なんだ?」

「今度は、なにが起きるの?」


 魔力が強いせいか、魔剣の不穏な様子に気づいた様子に、遠巻きに見ていた街の人たちが、ざわめき出す。


「夜那、状況は?」

「獣の形を取り始めてるね。大きさは、私たちがさっき街道で戦った魔物より小さい。でも、街の人間は魔物に不慣れ」

「どんなモノでも、恐怖に陥るのは目に見えてるってわけか」


 街道や街の周囲に魔物は出没するものの、結界魔晶石で守られている街の中でのみ生活をしている人間にとって、魔物は未知で驚異な存在である。

 夜那は夜斗を見上げる。


「どうするの? にぃ」

「……ここで俺らが逃げたら、臆病者おくびょうもの扱いされるよな」

「そうだね。あいつらは役に立たないって評判になって、仕事も入らないかも」

「なら、やるっきゃねぇか。報酬ねぇけど」


 夜斗はくるりと、リチャードと向かい合った。

 突然、夜斗に視線を向けられて、リチャードは肩をびくつかせる。


「あなたは、街の方々にしたわれていますよね?」

「え? あ、た、多分?」


 リチャードはしどろもどろになりながらも、うなずいた。


「では、彼らより遠くへ避難を促してください。闇属性は負の感情を吸収すればするほど、厄介になります」

「少しでも恐怖や怯えを無くすってことか。わかった」


 リチャードは街の人たちに向けて、声を張り上げた。


「みんな! ここは危険だ! 少しでも遠くへ逃げてくれ!」

「え? あ、はい!」

「ほら、逃げるわよ!」


 リチャードに言われて、広場にいた人たちはさらに遠くへ逃げ始める。


「ファル、おまえもその人を連れて、早く逃げろ」

「しかし殿下は、どうするおつもりですか」


 ファルは気を失ったままの男を抱えながら、焦りと心配が入り交じった表情を、リチャードに向ける。


「大丈夫だ。俺は逃げ遅れた人たちの対処に向かうだけだから」

「そろそろだよ」


 夜那の言葉に、全員が注目する。

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