時計塔広場の騒ぎ 2

 逃げろと言われたにも関わらず、兄妹は変わらずその場を動かず、様子を見守ることにした。


「なんであの、ファルって呼ばれてた男は、俺たちを見たんだろうな」

「さあ? 自分のご主人に近づく、不審者って認識なんじゃない?」

「それ、随分と失礼な考えじゃねぇか」


 夜斗は小さくため息をついた。


「にしても、あの暴れてる男、完全に理性を失ってやがるな。酒程度ではあんな風にならねぇし、人を狂わせる薬か? カザル帝国では、そういうヤバイものを平気で売ってるが……。でも、あれは山向こうの国だから、ここまでその薬が入ってくるとは思えねぇ」

「呑まれたんだ」

「なんだって?」


 夜那の言う意味が理解できず、夜斗は聞き返す。


「にぃ、あの剣、紫のオーラを発してるの、わかる?」


 夜斗は剣に視線を向ける。刀身を包むように、紫のオーラが波打つ。


「あ、あぁ。あれはいったい……」

「あれは闇の魔剣だよ」


 魔剣は魔晶石を使って鍛刀たんとうされた、いわば魔力の込められた剣のことをさす。

 魔晶石同様、使い手との相性の問題があるが、それぞれ作られた属性の力を最大限に発揮する。

 しかし中でも、闇属性は負の感情を吸収することで強くなるという特徴を持つ。よって不用意に手にすると、精神の弱い者は徐々に心が呑まれ、理性を失うことがあるのだ。


「あれが魔剣……。噂は聞いたことがあったが、実物は初めてだな」

「珍しいものだからね」

「で、どうすればあの男の暴走は止まるんだ?」

「あの男から剣を放させる必要がある。でも」


 夜那が言葉を切ったとほぼ同時に、暴れる男を止めに入っていたファルとリチャードが、吹き飛ばされた。


「ぐっ」

「ファル!? うわっ!」


 そんな彼らを見ながら、夜那が呟く。


「身体能力が飛躍的に上がっているから、対策もなしに行くと、こっちの身が危ないんだよね」

「……それ、あいつらが行く前に、教えてやってもよかったんじゃないか?」


 夜斗の言葉に、夜那はきょとんとした表情を浮かべた。


「なんだよ」

「いや。にぃが貴族を心配するなんて、少し意外だったから」

「別にあいつらの心配をしてるわけじゃっ」


 ムキになる夜斗を、夜那は笑ってなだめた。


「わかってるよ、ごめん。なんにせよ、あの二人が入ることで、周囲の人間が奴から離れることができたんだし、いいんじゃない?」

「……そうかもな。で、ほかは? さっきの口振りからして、それだけじゃねぇんだろ?」

「うん。男のほうは止まると思うけど、あとはなんとも……」


 夜那は唇を撫でながら、考え込む。


「夜那でもわからないこと、あるんだな」


 その様子を見て、夜斗が不思議そうにこぼす。夜那は不機嫌そうに、口をとがらせた。


「属性を考えると、闇の小精霊オスクロに聞くのが一番だけど、小精霊のなかでも特に、彼らは人との接触を好まないからね。でも闇属性の性質を考えると」

「負の感情を吸収するんだったか? 今、この広場は恐怖という感情が満ちてる。それを魔剣が吸収しているとしたら、厄介だな」


 夜那は頷く。

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