時計塔広場の騒ぎ 1

 夜斗は辺りを見回す。


「なんだ?」

「にぃ、あそこ」


 夜那が騒ぎの中心を指さす。

 そこでは、一人の男が紫色に輝く剣を振り回し、無差別に人を襲っていた。


「やべぇな。おまえたちも早く避難しろ!」


 兄妹にそう言うと、リチャードは騒ぎの中心に走っていく。


「みんな慌てるな!」


 リチャードは、慌てふためく者たちに声をかけた。


「リチャード様」

「リチャード様だ」


 逃げまどっていた人々はリチャードの姿を見て、その名を呟く。


「大人は子供を連れて逃げろ! けが人やご老人の方には、動ける者たちが手を貸してやってくれ!!」

「は、はい!」

「無理しないで! 支えますね!」


 リチャードの指示に、逃げていた人たちはすぐさま動き出す。その様子に兄妹は目を瞬く。


「あいつ、有名人なんだ」

「質素なように見えて、質の良い生地の服を着てるしな。それに様付けってことは、身分が高いこと確定だ」

「だね」


 夜斗は無意識に、舌打ちをこぼす。たいしてリチャードは、しきりに辺りを見回していた。


「リチャード殿下!」


 そこへ黒髪黒目で、黒い服に身を包んだ男が、リチャードの名を叫ぶ。彼は人垣をもろともせず、誰ともぶつかることなくすり抜けて、リチャードのもとに飛んできた。その男の動きを、夜那はじっと見ていた。


(あいつ、ただ者じゃないね。相当な手練れだ……) 


 リチャードは目的の人物を見て、顔を輝かせた。


「ファル!」

「殿下、お怪我はございませんか? あぁもう! だからお一人で、しかも勝手に黙って外出されては困ると、いつも申し」

「だー! 説教ならあとで聞く! 怪我もない!」


 リチャードは黒服の男、ファルの小言に地団太を踏んで遮る。


「それより、あの男を拘束しろ! だが殺すなよ」

「ですが、まずあなたが避難を」

「これ以上、被害を出すわけにはいかねぇだろ!」


 リチャードの強い意思に、ファルは思わず黙った。

 二人のやり取りに、夜斗はスッと目を細めた。それに気付いた夜那は、兄の顔を見る。


「にぃ?」

「なんでもねぇよ」

「あいつは、街の人間のことを真っ先に考えてる。まともなことを言っただけだよ」

「わかってる。でも、どうせ口先だけだろ。貴族はみんなそうだ。最初はいい顔して、すぐに庶民を切り捨てる」


 夜斗のかたくなな姿勢に、夜那はなにも言わず、肩をすくめた。

 

 リチャードはじっと、腹心であるファルを見つめる。彼の真剣な瞳に、ファルはしぶしぶと、うなずいた。


「……こうと決めたら、あなた様は考えを変えませんからね。わかりました」


 ファルはその場を動かず、様子を見ている夜斗たちにチラリと視線を投げかけてから、暴れる者の元へ向かう。


「そこの兄妹も、早く逃げろって!」


 再度、兄妹に注意を投げかけ、リチャードもファルの後を追った。

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