戦闘準備 3

 夜那はもといた場所に座り直しながら、積み荷に目を向けた。ふた代わりに使われている薄布をめくると、上質で美しい装飾の布の束が入っていた。


(庶民が使うには、生地が上等すぎる。模様も派手だし。となると、商売相手は貴族かな? だから、仲間と行きたくなかった。荷物を横取りされるかもしれないから。だけど盗賊のことがあって、護衛は欲しい。そこで二人組の私たちに声をかけた……。まぁ、なんでもいいか)


 夜那は興味を失い、布を元に戻すと寝る体勢になった。しかし、そんな夜那の前髪を、そよ風が揺らす。彼女が目を開けると、緑色の球体が目の前に浮かんでいた。


『魔物がきたよ』


「……ん。知らせてくれてありがと、ビエント」


 風の大精霊シルフの眷属、風の小精霊ビエントに夜那は礼を述べた。するとビエントはふわりと、姿を消す。夜那はため息をついて立ち上がると、ロングソードを手に取り、御者台に顔を出した。


「イザナさん。念のため、中にいて。魔物がくる」

「魔物!?」


 さあっとイザナの顔が青くなる。


「大丈夫。結界を張るから、被害が出ることはないよ。でも、魔物を直接見るよりも、中にいたほうが、精神への負担も少ないと思うから」

「は、は、はいぃぃぃ!!」


 イザナは転がるように、荷台の中に逃げ込んだ。飼い主であるイザナの恐怖を感じ取ったのか、荷馬車を引いている馬がいななく。

 夜那は馬のかたわらに立ち、手綱を持ちながら、首筋を撫でてやる。


「大丈夫だよ、大丈夫。落ち着いて」


 鼻息を荒くしていた馬は、夜那の言葉で、徐々に落ち着きを取り戻していく。


「いい子だ。これから魔物がくる。けど、怯える必要はないよ。君に危害が行くことはないからね」


 馬は、わかったとでも言うように、夜那に顔を寄せた。

 夜那は最後に馬の鼻先を撫でてから、そばを離れる。


「清らかなる聖なる水よ。悪しきモノより我らを守る膜とならん。水聖守護方陣すいせいしゅごほうじん


 ぽちゃん


 水面に雫が落ちるような音が聞こえたと同時に、荷馬車を水の膜が包み込む。

 

 すると遠くから、ドスン、ドスンと地響きのような足音が、だんだんと近づいてくる。やがて、足音の正体が姿を現す。


「キシャアア!!」


 獲物を見つけたカマキリ型の魔物、マグリースが威嚇いかくの声を上げる。それを聞いて、夜那はわずかに口角をあげた。


「さて。仕事の時間だ」


 夜那の瞳は紫から金へと代わり、戦闘モードへと意識を切り替えた。

 夜那は勢いよく剣を抜き放つ。

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