兄妹の過去 2

「……な。おい、起きろ。夜那!」


 大きな声で名前を呼ばれ、夜那はビクッと体を震わし、目を開けた。夜那の目の前には、心配そうに顔を曇らせる成長した夜斗の姿があった。

 ガタガタと音を立てて揺れる荷馬車の荷台の中。夜那はようやく、自分がまどろんでいたことを知った。


「大丈夫か? ひどく、うなされていたぞ」


 夜斗は夜那の、紫の瞳をのぞき込む。

 夜那は小さく息を吐き出した。


「平気。昔の夢を見てただけ」

「どんな夢だ?」

「にぃと離れ離れになった時の夢。いつまでも、過去に縛られて馬鹿みたいだ。過去を振り返っても、無意味なのに」


 夜斗は唇を噛み、夜那を抱き上げると、自分の足の上に座らせる。そしてぎゅっと抱きしめた。

 幼い時にはなかった体格差だが、成長した今では男女の差と夜那自身が、背が小さいこともあって、夜斗の腕にすっぽりと入ってしまう。


(大きい、なぁ。それに、落ち着く)


 夜那はもぞもぞと動いで、収まりのよい所に体を落ち着ける。夜斗はそんな妹の頭を撫でながら、静かに語り始めた。


「あの時のこと、俺も鮮明に覚えている。なんでもっと早く逃げなかったのか。なんで村人たちを殺さなかったのか。なんで夜那の手を離しちまったのか。後悔ばかりだ。本当に、ごめんな」


 夜斗は抱きしめる腕に力を入れ、妹の肩に顔を埋める。落ち込む兄を宥めるかのように、夜那は彼の背に腕を回し、ポンポンと叩く。


「にぃはなにも悪くない。それにあの頃の私たちは、戦い方だって知らなかったんだし」

「そう、だな」


 二人の出身である封忌村ふうきむらは、アルジャン共和国と倭国わこくの境にある山中の、地図にも載っていない小さな村である。その村は古くから、人喰い蜘蛛くもの魔物キベリアスをまつる風習があった。キベリアスは捧げられた生贄に驚異的な魔力と再生力を与えて体を作り替え、自身が飽きるまで貪り食う習性があった。


 村では三十年に一度、体のどこかに羽の痣がある者が生まれる。その痣を持つ者は闇に近く<>と呼ばれ、キベリアスに生贄いけにえとして捧げられる。夜那にはくっきりと背中にその証があり、夜斗は脇腹にうっすらとある。そのため、〈忌み子〉は大事な生贄ではあるものの、忌避されている存在。そのため、必要最低限の食事しか与えられなかった。


 二人が十二歳を迎えたとき、前の生贄がキベリアスに完全に喰われた為、痣の色が濃い夜那が生贄にされる日取りが決まった。それを知った兄妹は脱走することにした。

 しかしその脱走も失敗に終わり、夜那はキベリアスの供物として捧げられ、夜斗は森に捨てられると、奴隷商人に拾われた。

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