第一章 双子の兄妹

兄妹の過去 1

 月明かりすら届かない暗い森の中を、夜那やなは手を引かれながら、走っていた。彼女の長い黒髪が、動きに合わせて波を打つ。


 夜那の手を握るのは、同じ黒髪の少年、双子の兄の夜斗やと


「〈〉が逃げたぞ!」

「絶対に捕まえろ!!」


 後ろから逃げる兄妹を捕まえようと、松明たいまつを掲げて男たちが追ってくる。誰も彼もが鬼気迫る顔つきで、松明の火がまるで鬼火のように二人には見えた。

 濃紺の瞳を夜の闇へと向け、懸命けんめいに逃げ道を探す夜斗。自分とあまり背丈の変わらない兄が、夜那にはとても頼もしく思えた。

 二人は素足で走っているため、足は血らだけになっていた。また枝にひっかかり、粗末な服がさらにボロボロになってしまっている。


「夜那、頑張れ! 逃げねぇと、夜那は生贄いけにえにされちまうから!」

「はぁはぁはぁ。にぃ」


 走りながら、夜斗は夜那を励ますように声をかけた。夜那は不安な眼差しで、その背中を見つめる。


「死ななければいい! 足を射ろ!」


 ヒュンッ


 風を鋭く切る音がした。瞬間、夜那は足に炎で焼かれるような激痛が走り、バランスを崩して顔から倒れ込む。その拍子に、夜斗と手が離れてしまった。夜那は痛みをこらえて、体を起こした。彼女の足には、深々と矢が刺さっていた。


「夜那!」

「だめ。逃げて!」


 戻ってこようとする夜斗に、夜那は叫ぶ。

 もたつく兄妹に、追いついた男たちの手が伸びた。夜那は髪を無造作に掴まれ、宙吊りになる。


「痛い! やだ!」

「手間かけさせやがって!」


 男は夜那を地面へと叩きつける。


「うっ!」

「夜那っ! クソッ! 離せ! 夜那!!」

「うるせぇ!」

「がはっ」

「にぃ……」


 薄れゆく意識の中で夜那が最後に見たのは、男たちに蹴られながらも、自分に必死に手を伸ばす夜斗の姿だった。

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