第136話 Ø-ワクチンの救世主




「――んで、ムッツリスケベセンパイのムッツリな目撃談からして、ヒメ先輩の元カレであるしょーもないクズ男が『赤鬼』となっていたってことは、そのクズ男の父親は予めこうなることをわかっていたってことなのぉ?」


 彩花がすげぇ嫌味な言い方をしながら聞いてくる。

 僕と有栖がいつまでも手を握り合っていることが気に入らないらしい。

 いいじゃん別に。滅多にないチャンスだもん。

 

 けど、他の女子達も鋭い眼光で睨んでいるような気がする。

 何故か、妹の美玖まで……頬を膨らませてあからさまに不機嫌だ。


 そして控え目な有栖は、ハッと気づき「ご、ごめんね、ミユキくん……」と謝罪し、そっと手が離れていく。

 少し残念だけど、今はそれどころじゃないのも確かだ。


「彩花の言う通りだ――つまり最初から仕組まれていた。そういうことだろうぜ。少なくても笠間病院の理事長は、世界がこうなることを見据えて、万一は息子を『赤鬼レッド』にするため動いていたのだろう……狂気の沙汰ってやつだ」


 竜史郎さんの言う通りだ。

 自分の息子を『赤鬼』にするため、患者や医療スタッフを生贄にしようと、こんなリストを作るなんて常軌を逸し狂っている。


「もしミユキくんが言う通り、『彼』がまだ生きているのであれば、必ず決着をつけたいと思います」


「その通りだ、有栖さん。どの道、もう私達が知る潤輝ではない……いや、今思えばそれがあいつの本性だったのかもしれんな」


 有栖と唯織先輩が決意を見せる中、僕はなんとも言えない複雑な表情を浮かべた。


 決して、笠間 潤輝に同情したわけじゃない。生きていたら今度こそ必ず仕留めてやるまでだ。


 僕が思うのは、奴の父親「笠間 潤介」のこと。

 終末世界で生かすために息子を人喰鬼にした父親。

 竜史郎さんが言った通り、異常すぎる親子愛だと言える。


 笠間 潤輝はその期待に応え、『赤鬼』として進化を遂げた。

 今の荒廃した終末世界でそれも一つの愛の形なのか、父親がいなかった僕にはわからない。

 けど誰かを犠牲にするなんて絶対に間違っている。


 それにこの事態を予期していたってことは、笠間の父親は事前に人喰鬼オーガウイルスの存在を知り、『赤鬼』への進化方法を理解していたからに他ならない。


 つまり本当の黒幕がいるってことだ。


 それが唯織先輩の父親である『西園寺 勝彌』なのか、あるいは義理兄である『西園寺 廻流』なのか……。


 僕達は少しずつ真実に近づきつつある――

 

「少年、次のファイルを開いてくれ」


「あ、はい」


 竜史郎さんの指示で、僕は次のファイルをクリックする。


「こ、これは!?」


 僕は声を荒げ驚く。

 何故なら、そこに自分の名前が表記されていたからだ。

 ここも確か以前は文字化けして、詳しくわからなかった部分である。


 にしても……なんだ、この記号?


ゼロと書かれている? ゼロ、ワクチン?」


「違う――Øファイだ。空集合であり『0』と同様、つまり『何もない』『無』という意味だ」


 Ø-ワクチンの適応者:夜崎 弥之


 そう記載されていたのだ。


 竜史郎さんは「そういうことか……」と呟く。


「バイオテロを実行する上で、ウイルスとワクチンを同時に造ろうとするのは、よくある話だ。大抵は空想の域だが、人喰鬼オーガウイルス……正式名称は『ΑΩアルファ・オメガウイルス』というらしい。とにかく、そのウイルスを創った奴はそれをやってのけたのだろう」


「さ、西園寺製薬が……あの父がそのようなことを? ど、どうして?」


 唯織先輩が酷く動揺しながら聞いている。


「いや、違う。俺には西園寺 勝彌が関与しているとは思えない。この日本で最も成功を収めた男だからな……自ら世界を壊し、身を滅ぼす理由もないだろ?」


 竜史郎さんは軽く首を横に振るった。

 彼の言う通り、あれだけの財閥を持つ人が、わざわざバイオテロなんて起こすだろうか?


「イオパイセンの前で悪いけど……密かにウイルスを撒き散らして、ワクチンを売ってぼろ儲けとか?」


「彩花、だとしたら明らかに大失敗だぜ。現にこのファイル内容を見る限り、ワクチンの抗体者は少年ただ一人だ。しかも肉体から直接得た血液しか効果が発揮されないと記載されている。培養や複製も不可能なようだ……つまり、少年の身体から直接血液を採取して投与するしか効果が発現されないらしい」


「血液を持ち歩くことは大丈夫ね。現に私はそれで助かっているわ」


 体験者である香那恵さんが補足している。

 僕の身体からでないとワクチンとして機能しないなんて……。

 いや、それよりもだ。


「――どうして僕なんだ?」


 僕がアラサー男こと『廻流かいる』に選ばれた理由がわからない。

 そもそも奴と西園寺財閥との接点なんて一切なかった筈だ。


 いや……待てよ。


 母親の絵里はパートタイムの癖にいつもはぶりが良く、僕は小遣いに困ったことは一度もなかった。

 それに僕が生まれて間もなく亡くなったとされる父のこと……工場を運営していた以外は詳しいことを教えてもらったことがない。

 さらに僕が四歳の頃、不意に連れてきた赤子だった美玖といい……。


 考えてみれば普通の家庭環境じゃなかった。


 そのことが西園寺財閥と、あの『廻流』と何か関係があるのか?


『――ようやく、真実に一歩踏み込むことができたね』


 どこかのスピーカーから男の声が響いた。

 聞き覚えのある声だ。


「廻流お兄様!?」


 唯織先輩が叫ぶ。


 そうだ、白コートのアラサー男。

 西園寺 廻流だ。


『久しぶりだな、唯織。それに弥之君もね。この部屋から出て、左側の奥に隠しエレベーターがある。普段は床に収納されているが特別に出現させておいた。そこから最地下にある研究施設ラボへと続いている。もっと真実を知りたければ、それに乗ってこちらへ来るといい……深淵アビスで待っているよ』


 廻流はそう言ってマイクを切った。


「やはり俺達を誘導したのはか……罠っぽいが、会わないと『勝彌』のことも聞き出せそうにないしな……行くしかあるまい」


 竜史郎さんの言葉に、僕達全員が力強く頷き決意を固めた。



 そして廻流が言った通り、部屋から出て左側の通路へ進むと、円柱型のエレベーターがあった。


 これが隠しエレベーターか。

 僕達が近づくと自動で扉が開かれる。


 中に入る前に、僕達は手持ちの装備を確認し始めた。


 竜史郎さんは自動拳銃FN・B・Hi-P弾倉マガジンを確認しながら、チラッと唯織先輩を見据える。


「イオリはここで待機していた方がいい……理由は言わなくてもわかるよな?」


「いいえ、私も共に行きます。義理とはいえ、廻流お兄様が何をなされているのか……何故このような事態となっているのか、直接確かめなければなりません……場合によっては――」


 唯織先輩は両手に持つ短機関銃ウージーを握りしめた。

 普段の凛として毅然とした雰囲気とは違う、鬼気迫る決意が秘められているかのように見えてしまう。


 まさか先輩……廻流を殺して自分も死ぬつもりじゃないだろうな。


「大丈夫です。何があっても、唯織先輩は僕が守ります」


 僕はきっぱりと言い切った。

 前は何をするにも消極的で自信なんてなかったけど、今は狙撃手スナイパーとして腕も向上しているし、竜史郎さんに鍛えられて戦闘術だって身についているんだ。

 強化組には負けるけど、自分ではそこそこ戦えると自負している。


 僕の覚悟に、唯織先輩は表情が変わる。ふっと柔らかい微笑を浮かべて見せた。


「ありがとう、弥之君……キミが傍にいてくれているから、私は心が折れずに自分を保つことができる。こうしてキミと共に正道を歩むことができるのだよ」


 唯織先輩は短機関銃ウージーをホルスターに収納し、両手で僕の手を握りしめる。

 眼鏡のレンズ越しで、切れ長の瞳が潤んでいるのがわかる。

 普段の威厳オーラを放つ美少女とは異なる、時折見せる優しい表情。なんて綺麗なんだろう……。


 などと見とれている場合じゃないぞ。


 強化組の女子達の瞳が真っ赤に染まり攻撃色へと変わっている。

 何故か僕に向けて鋭い眼光で睨んでいた。

 

 え? えっ!? なんか凄くやばいぞ、これ!?

 





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