第135話 誘う西園寺研究所




 翌日。

 僕達は西園寺製薬の研究所へと向う。


 途中、道路を塞ぐ形で人喰鬼オーガ達が彷徨っていたり、あるいは千鳥足で果敢にこちらへと向かって来る。

 だが装甲車は停止することなく、そのまま突進して容赦なく轢きながら、ひたすら目的地へと走行した。


 研究所は西園寺邸から真逆に位置する游殻市の外辺にある施設である。

 深い森に囲まれた風貌は、まるで辺境の集落地を思わせる建物だった。


 半日かけて、ようやく辿り着いた僕達。

 見晴らしの良い駐車場っぽい場所に、NBC装甲車を停止させた。


「各自、念のため武装しておけよ。昨日話した通り、何が待ち受けているかわからん」


 竜史郎さんの指示で、僕達は各々の装備を確認する。

 昨日の情報共有が功を奏したのか、唯織先輩も複雑な表情を浮かべながら従っていた。


 本来の目的は、唯織先輩の義理兄である『西園寺 廻流かいる』に会うことだけど、謎めいた部分が多い人物だけあり信用はできないのが正直な見解だ。

 竜史郎さんじゃないが、何が待ち受けているかわかったもんじゃない。


 僕は施設の外観を見渡した。

 真っ白で清潔感溢れる総合病院のような大きな建物である。

 場所は辺境だけと、それ以外は特に怪しい雰囲気は感じられない。


 そのまま正面玄関へと向かい、唯織先輩はインターフォンを押した。


 しかし誰も応答する者はいない。


「妙ですね。廻流お兄様はすぐに開けてくださると仰っていたのに……」


「他の研究員はいないのか?」


 風船帽キャスケットを被り直しながら、竜史郎さんが聞いた。


「いえ、主任であるお兄様と一緒に研究室で籠っている筈ですが……」


「でも人がいる気配を感じないわ……無人みたいね」


 香那恵さんが呟き、有栖と彩花も同調している。妹の美玖も同じ意見のようだ。


「……チィッ、しゃーない」


 竜史郎さんは何を思ったのか、突然自動小銃M16ライフルを構える。

 まさか、ぶっ放して扉を破壊するつもりか?

 普通に問題じゃね?


 すると、タイミングを合わせたかのように扉が自動に開けられていく。


「どこかで監視しているようだ……キナ臭い」


「罠、ですか?」


 僕が小声で質問してみる。


「……まだ、そう断定するのは早いかもな。直接、応じられないワケがあるのは確かだ」


 竜史郎さんはライフルを降ろし、そのまま一人で玄関へと入って行く。

 僕達はその背中を追う形で先へと進んだ。


 外観と同様に真っ白で広々とした施設内。

 照明が明るく綺麗に整っており、游殻市の惨状から随分とかけ離れた光景である。

 人気がない分、余計にそう思えてしまう。


 長い渡り廊下を歩きながら周囲を見渡すも、誰に会うこともない。

 やはり無人のようだ。


「場所なだけに至る箇所に防犯カメラが設置されている。電力も通っているから、廻流にはイオリと俺達の存在はわかっている筈だ」


「ウチら武器持っているから、びびって警戒していたりして~」


 冗談っぽく言う彩花に、竜史郎さんは「ふむ」と頷いた。


「……まぁ、それも考えられるが、他の研究員がいないのは可笑しい。荒らされた形跡もないしな」


 とても廃墟施設とは思えないし、生活感らしさも感じられない。

 何かこう……仮想現実空間というか、ゲームの領域に迷い込んだ気分だ。


 すると、


 プシュ


 突如、奥側の扉が自動で開かれる。


「イオリ、なんだあそこは?」


「わ、わかりません……私も研究所に来たのは初めてなので」


 まぁ普通、高校生が来るような施設じゃないよな。


 竜史郎さんが先導し、僕達は武器を構えて開かれた部屋へと入室する。



 研究室だ。

 渡り廊下と違い、照明が入っていなく薄暗い。

 先頭に立つ竜史郎さんは懐中電灯で辺りを照らした。


 パーティションに仕切られたデスクと椅子が幾つも並んでおり、それぞれにハイスペックそうなパソコンが設置されている。

 だがどれも電源は入っておらず、唯一奥側にあるデスクだけが点灯しているようだ。


 他のデスクよりも立派そうな作りである。全体を見渡す形で離れた位置にあった。

おそらく研究主任用のデスクに違いない。


 ――即ち、廻流のだ。


 そのデスクのパソコンだけが電源が入っており、ディスプレイが点灯している。


「誰かに誘導されているようだ……まぁいい。少年、操作をしてくれ」


「はい」


 竜史郎さんの指示で、チームの中でパソコン操作が得意とされる(一般的知識がある程度の)僕が椅子に座り、パソコンを操作してみる。


 デスクトップには一つのアプリソフトが表示されているだけで他は何もないようだ。

 僕はそのアプリを起動させてみた。


 直後、画面に「ライセンスキー」を挿し込むことを要求される。


「ミユキくん、ライセンスキーって?」


 有栖が耳元で聞いてくる。

 彼女の吐息が首筋に当たり思わずぞくっとしてしまう。

 なんか近くありません? とても嬉しくて恥ずかしいけど……。


「このアプリを起動するための認証キーのことだよ。大抵、USBとかが多いんだけど――あっ!」


「どうした少年?」


「いえ、竜史郎さん! これって、あのUSBのことじゃないですか!? ほら、笠間病院で拝借した『患者リスト』が入っていたやつ!」


「ん? なるほど、そうか。香那恵、預けたUSBを挿してくれ」


「わかったわ、兄さん」


 香那恵さんは白衣のチャックを胸元まで開け、柔らかそうで豊満な谷間からUSBを取り出した。

 つーか、まだそんな所にしまってたの!?


「うわぁ。カナお姉ちゃん、セクシー!」


「悔しいけど、あたしじゃ無理だっつーの」


 成長期である美玖と彩花が憧れの眼差しで見入っている。


「私はスマホくらいのサイズでも問題ないからな、弥之君!」


 やたらと力説する、唯織先輩。

 ところで、どうして僕を名指しするんだ?


「……ミユキくんはやっぱり、香那恵さんのような大人の女性ひとがいい?」


 有栖は何故か不安そうな眼差しで、僕を見つめて問い掛けてくる。

 すっかり話が脱線してませんか?


 僕は「べ、別に……う、うん」と曖昧な返事をしながら、USBを挿し込んだのを確認してアプリを再起動させた。


 すると画面上に例のファイルが開かれる。


 以前と違い文字化けなどされてなく、鮮明に表示された。


 が、


「これは顧客用の『患者リスト』じゃないぞ!」


 竜史郎さんは何かに気づき、同時に僕達全員もその内容に驚愕する。

 

 リストの表題にはこう表記されていた。



 ――赤鬼レッド育成計画~捕食者リスト



 なんでも、『青鬼』が人間を1000人ほど捕食することで、『赤鬼』へと進化を遂げるらしい。


 一つの個体で1000人を食らうこと。

 不可能ではなさそうだが、あの知能が低下した千鳥足だと、あまりにもハードルが高くて難しい。

 変種体でもない限り……。


「これは、青鬼ブルーに選別した患者や医療スタッフ達を捕食させ、赤鬼レッドして進化させるためのリストってわけだ……責任者の欄に『笠間 潤介』と記載されている。笠間病院の理事長か」


「あの理事長がこんなことを……どうして?」


 理事長をよく知る、嘗て務めていた看護師である香那恵さんが聞いた。


「うむ、どうやら目星をつけた被験者がいたようだ……笠間 潤輝? 苗字から察すると息子か? 自分の息子を『赤鬼レッド』にしようとしただと? まさか……」


「「「潤輝!?」」」


 竜史郎さんの言葉に、僕と有栖と唯織先輩が声を荒げてしまう。


「三人とも、この息子を知っているのか?」


「は、はい……私にとって幼馴染みだった男です。今は行方不明の筈ですが、そうだよな、有栖さん」


「……は、はい」


 有栖は俯き、か細い声で返答した。

 無理もない。元カノである彼女は、そいつに酷い裏切り方をされて人喰鬼オーガに噛まれたんだ。

 もし僕と出会わなければ今頃……。


 僕はぐっと拳を強く握りしめた。


「彼は僕と有栖のクラスメイトです……そして、僕は西園寺邸の襲撃で、『赤鬼』と化した彼らしき姿を目撃しています」


「なんだと、弥之君!?」


「ミユキくん……本当?」


 唯織先輩と有栖に問い詰められ、僕は「うん」と素直に頷いた。

 ここまではっきりしたのなら、もう隠しても仕方ないと思った。


「なるほど昨日、少年が話した『狙撃した赤鬼レッド』か?」


「はい……でも斃した確信がなくて、彼……いや奴のことを知る二人の不安を煽るだけだと思って黙っていました。すみません」


「弥之君、やっぱりキミは優しいな。私は大丈夫だ、ありがとう」


「……ミユキくん。私もとっくの前に関係ない人だから……だから気にしないでね。でも、ありがとう気遣ってくれて……嬉しい」


 完全に吹っ切れた表情で感謝してくれる、唯織先輩と有栖。

 正直に打ち明けて良かったと思った。


 そして有栖は瞳に涙を浮かべながら、僕の手をぎゅっと握ってくれる。


 とても暖かくて優しい温もり。


 僕はいつも彼女に守られてばかりだけど……。


 ぎゅっと僕も有栖の手を握り返す。

 今度は僕が有栖を守ってあげたいと固い誓いを立てながら。

 





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