第134話 共有と寝床争奪戦




 竜史郎さんの提案で、僕達は頷き西園寺邸で発生した『人喰鬼オーガ達の襲撃』の件で、お互い得た情報を話し合うことにした。


 当然、『赤鬼』に関して触れることになる。


「――ってことは、『赤鬼レッド』は三体はいたってことだな?」


「そのうちの一匹はあたしのお姉ちゃんだよ~ん♪」


 彩花は冗談っぽい口調でおどけながら言ってくる。

 だけどまるっきり笑える内容じゃないぞ。

 普段この子のキャラを理解してないと、一体どういう神経で言っているんだろうと勘繰ってしまうけど。


 でも僕は知っている。彩花が密かに泣いていたことを……だから僕に寄り添っていたんだっと思った。


 こんな可愛い子が僕にすがり頼ってくるなんて、誇らしく嬉しいようで……一方で「僕なんかで良かったのか?」と自虐すら抱いてしまう。

 竜史郎さんに鍛えられ、少しは成長したと思うけど、まだ自分に自信が持てないでいる。


「もう一体は私が斃したわ。弥之くんのおかげよ」


 香那恵さんは僕に向けて「ありがとう、うふ」と優しく微笑んでくる。

 綺麗で素敵な笑顔を向けられ、思わず照れてしまった。


 そう、香那恵さんも有栖達と同様に強化されたのだ。

 『赤鬼』達との戦闘中に噛まれ、『黄鬼』になった時を見計らい、僕の血液を摂取したことで覚醒したらしい。

 こうしてチームの女性陣全員が「強化組」となったわけである。

 

 でも同じ年代の三浦巡査だけは違ったよな。

 彼女はノーマルなままだった。

 強化されるにも何らかの条件があるようだけど、まだ判明されていない。


「……そして少年が狙撃した一体か。確か学生風の男だったよな?」


「はい、間違いありません」


 竜史郎さんに問われ、僕は素直に頷いた。


 僕が狙撃した『赤鬼』――笠間 潤輝。

 はっきりと断定はできないけど、ほぼ間違いなくそうだと思っている。


 だから余計に、有栖と唯織先輩の前では言えなかった。

 何故かわからない。もう彼女達だって、とっくの昔に裏切った奴に幻滅して割り切っているとわかっているのに……。

 きっと僕が言うと禁句タブーのような気がしたから。

 その件は別に確信を得てからでも遅くないと胸の内に秘めておくことにした。


「その三人の『赤鬼レッド』の上に『白鬼ホワイト』ってのがいるらしい。さらに『人喰鬼オーガの神』と呼ばれる存在もな」


「では、竜史郎さん。その者達が世界中にウイルスを撒き散らし、人喰鬼オーガを増やし支配しているとでも?」


 唯織先輩は凛とした口調で問い質す。


「連中の口振りからして、ほぼ間違いないだろう。だとしたら人喰鬼オーガウイルスは『とある国』からではなく、日本で造られ広められた可能性が高い……しかも、ここ游殻市からな」


「……つまり、西園寺製薬が絡んでいると?」


「イオリにはすまないが、俺はそう思っている。少年も思い当たる節はあるよな?」


 突然、竜史郎さんは僕に振ってきた。

 それって例のアラサー男が、唯織先輩の義理兄である『廻流かいる』だと言えってことか?

 いや、前に内緒にしてくださいって言ったじゃん。


 けど、これから行くところを考えると、いつまでも黙っておくわけにもいかない。

 彩花だって竜史郎さんから戦う前に聞いたことで、現実と向き合って立派に振る舞っていたんだ。


 唯織先輩ならきっと大丈夫だと思う。

 きっと竜史郎さんもそう考えて言ったに違いない。

 

「……はい。笠間病院で僕を昏睡状態にした男が、唯織先輩のお兄さんでした」


「そ、そんな……しかし、父のことといい……これまでのことを踏まえれば合点はいくか。本当にすまない、弥之君……」


「唯織さん、大丈夫?」


 動揺する唯織先輩に、心優しい有栖が顔を覗かせ気遣っている。


「ああ、有栖さん……ありがとう、私は大丈夫だ。あの父の指示であれば、廻流お兄様とて逆らうことはできない……いや西園寺家では誰も逆らうことはできないからな」


 全ては父である勝彌かつみの指示だと考えているようだ。

 確かに裏で相当あくどいことをしたっぽい人らしいから、あり得るけど……でも実際、僕が『廻流』と関わった限り違うと思う。


 ――お前には期待しているよ。必ず『救世主』として成し遂げてくれるとね。


 無理強いされている人間が、あんな台詞を吐くわけがない。

 不良グループだった山戸達を使って、僕を罠にハメるような真似を率先して行うわけがない。

 

 案外、廻流こそが――


 それを確かめる為にも、僕達は前に進まなければならないんだ。


「……どの道、俺もただの復讐ではすまされなくなっている。得体の知れない巨大な何かが動いているのは確かだ。肝心の勝彌本人が行方を晦ましていることといい……このNBCといい」


「NBC? この装甲車のことですか?」


 僕が聞くと、竜史郎さんは無言でポケットから何かを取り出し、無造作に簡易テーブルの上に置いた。

 とても小さな四角くて黒い機材が幾つもある。


「兄さん、これは?」


「小型の盗聴器と監視カメラだ」


「「「「「え!?」」」」」


 竜史郎さんの返答に僕達全員の声が合わせて驚いた。


運転席キャビンから機械室や後部室まで至る箇所に設置されていた……念の為、全て撤去しておいたモノだ。見張られているようで気持ち悪いからな」


「一体誰がこんなモノを?」


 僕が質問する。


「こんなの西園寺の人間に決まっているだろ。勝彌か廻流のどちらかだな。問題は何を意図としていたかだ。予め誰かが装甲車を持ち出すのを見据えた上で設置していたのか……」


「まさか、お父様か廻流お兄様がこの事態を予期していたとでも? 私達が乗り込むことまで想定して?」


 唯織先輩の問いに竜史郎さんは首を振るう。


「あくまで可能性の一環だぜ、イオリ。案外、防犯目的か。あるいは父親が息子の安否を気遣って、こっそり執事達に命じて設置させたか……考えたらキリがない。何であれ、俺達には不要な代物だ」


 これまでのことを照らし合わせると、きっとそうなのだろう。

 あえて竜史郎さんが結論を濁したのは唯織先輩に配慮したに違いない。

 

 どちらにせよ、明日には西園寺製薬の研究所に行くんだ。

 実際に『廻流』に会えば、今まで隠されていた真実は明らかになる。

 

 そう期待を不安が交差する中、僕達は明日に備え身体を休ませることにした。


 が、


「さぁ、みんなぁ~! 久しぶりにアレやるよ~ん!」


 突然、彩花が謎の音頭をとりだした。


「やるって何がだよ?」


「センパイ~、んなの決まってるっしょ~? 寝る場所の『配置決めじゃんけん大会』だっつーの。センパイは無条件で真ん中だかんね~、にしし」


「はぁ!? またぁ~? ところでなんでいつも僕が真ん中なんだよぉ!?」


「確率を上げるために決まってんじゃん! ヒメ先輩、やたら必死でじゃんけん強いしぃ~!」


「彩花ちゃんってば、そんなことないもん」


 妙な難癖をつけられ、有栖は頬を膨らませる。


 そういや、じゃんけんする時、決まって強化組女子の瞳が赤く染まっている。

 即ち本気モードで勝負しているということだ。

 だからチーム内で一番動体視力の良い有栖の勝率が高いらしい。

 ところでなんで、寝る配置決めでそんなマジになんの?


「いつもみんなにズルされて惨敗しているけど、お姉さんだって、もう絶対に負けないんだから!」


 晴れて強化組入りを果たした香那恵さんの目尻が吊り上がり、瞳を赤く染めて気合を入れている。


「ふむ、動体視力の有無で言えば、あれから私も濱木達を巻き込んで鍛えていたからな……この日に備えて会得した、究極のギリギリ後出しじゃんけんを見せてやろう!」


 いつの間にか変なスキルを見つけている、唯織先輩。

 ギリギリ後出しって、もろズル宣言ですよ。

 練習台として巻き込まれた執事の濱木さん達も、いい迷惑だったと思う。


「ちょっと待ってお姉ちゃん達、今回は竜史郎さんも入るんだよね?」


 美玖が可愛らしく首を傾げながら聞いてきた。


「「「「え? あ、ああ……」」」」


 曖昧な返事をする他の女子達。

 こういう展開になると、竜史郎さんは決まって見張り番をしている。

 けど、この鉄板に覆われた装甲車内だと、そう簡単に寝込みを襲われることはない。


 彩花達はチラっと竜史郎さんを見た。


「……俺がそんなしょーもないハーレムに乗っかるわけないだろ? 普段通り外で見張り番をしている。これだけ目立つ車両だ。人喰鬼オーガだけでなく今後は人間にも気を付けなければならないだろう」


 確かにもろ重機関銃を積んでいるし、ぽっつんと停車していたら興味を示して奪いにくる人間もいるかもしれない。


「だったら僕が見張り番をしますよ。これも訓練の一環ですから」


「「「「「えっ!?」」」」」


 不意をつく僕からの提案に女子達は不満に声を荒げる。

 もう、「えっ」じゃないし……。


「……そうだな、たまにはいいかもな。俺は運転席キャビンで横になる。何かあったら起こしてくれよ、少年」


「はい、わかりました」


 竜史郎さんは、フッと笑みを零し了承してくれる。

 なんか信頼されたようで嬉しかった。


 一方で女子達は、何か不満そうな表情を浮かべながら、無言で寝床の準備をし始めるのであった。

 





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