第75話 久遠兄妹の想い




~久遠 竜史郎side



 銃口を向けた先に、看護服姿の女性が歩いて来る。


 ――妹の香那恵だ。


 俺は拳銃を下ろしホルスターに収める。

 そのまま背を向けて焚火を前に座り込んだ。


「少年達は?」


「みんな仲良く、ぐっすりと寝ているわ」


 嘘つけ。


 誰が少年と添い寝するかで、あれだけ揉めていたじゃないか。

 お前らの声、ただ漏れだったからな。


「そうか……お前も休むといい。一番疲れている筈だろ?」


 香那恵は俺の隣に座り込み、首を横に振るう。


「兄さんこそ……けど兄さんに、これからのこと聞きたくて起きてきたのよ。あの子達の前じゃ聞けないでしょ?」


「これからのことか……弾薬は補充したが、もっと強力な武器を揃えたい。自衛隊から奪うか、確か海沿い方面に新しく米軍基地が建設されていたよな?」


 俺の問いかけに、香那恵は顔を顰めて凝視する。


「……兄さん、一体何をするつもりなの?」


「このままでは検問を突破できない。仮に突破したとしても、すぐ追撃を食らってアウトだ。やり合うなら、一個中隊を殲滅するほどの武装が必要だ」


「テロリストにでもなるつもり!? やめてよね、そういう発想……兄さんは一人でも戦えるかもしれないけど、私や弥之くん達は無理よ! 人喰鬼オーガと人間相手じゃ別でしょ!?」


「美ヶ月学園の件もあっただろ? これからは人間を相手に戦うことも想定しなければならない」


「だからって、こちらから仕掛けるのは反対よ! 目立つ行動は控えるべきだわ!」


「……半分は冗談だ。そう真に受けるなよ」


 俺は興奮する妹を落ち着かせ、焚火の炎を見つめる。

 香那恵は「冗談ね……」と半信半疑で呟いた。



 かれこれ一ヵ月になるだろうか。


 傭兵として紛争地にいた俺は香那恵から手紙が届いた。


 以前から定期的に日本の情勢、特に西園寺財閥について手紙でやり取りしている。

 その為に、香那恵は看護師になり『笠間病院』に勤務しているからだ。


 本当なら復讐者は俺だけでいい。

 こいつには一人の女性として幸せな道を歩んでほしかった。


 だが香那恵にも復讐する権利はある。

 そのために養父から『居合術』を学び免許皆伝の腕前になったそうだ。


 妹が望む以上、拒むことはできない。

 いざとなれば、俺が全ての業を背負う覚悟で彼女を受け入れた。


 しかし悪いことばかりではない。


 手紙の中で、何故か日本国内で感染者率が異常なほど猛威を振るい、国としての機能が麻痺しつつあると書かれていた。

 そして緊急で入院し、失踪した『少年』のことも書かれている。


 ――これはチャンスだと俺は思った。


 今の日本では治安を維持する能力はない。

 昼間の通り、都市機能は麻痺し封鎖され、国が国民達を見捨てているのが何よりの証拠だ。


 それは法と秩序、あるいは倫理規範が消失し、『力』で正しさを証明する時代を迎えたことを意味する。


 即ち権力ではなく、実力行使の時代。


 これまでヒエラルキーの頂点として君臨していた奴らの地位も危ぶまれ、散々振り翳し守られていた『金と権力』という後ろ盾が無くなりつつあるというわけだ。


 最早、回りくどい真似をしなくても、堂々と『西園寺 勝彌かつみ』を抹殺できる。

 奴の居場所さえ突き止れられれば、戦士として修羅場を潜ってきた俺なら容易いだろう。


 無論、キルする前にどうして父を殺すよう仕向けたかくらいの尋問はするつもりだ。

 どうせ保身のためとか糞みたいな理由だろうけどな。


 そう思い、俺は戦友・ ・の協力を得て日本へ密航して今に至っている。


 思いの外、探し出すのに難航しているが着実に奴の足取りに近づいている筈だ。


 香那恵でないが、ひょっとしたら上級国民として感染者オーガが少ないとされる北海道か沖縄に逃げた可能性もある。

 まぁ、それならそれで地の果てまで追うだけだ。



「どっちにしても私は反対よ、兄さん。特に弥之くん達は関係ないんだからね」


 俺が思いに耽る中、香那恵が念を押して意見する。


「いや俺には少年が絶対に必要だ。唯一、人喰鬼オーガを人間に戻せ、あるいは一瞬でキルする体質……今の世界で生き抜くには傍にいてもらわなければならない」


 俺は少年の必要性について、はっきりと言い切った。


 以前、潜入した笠間病院の地下病棟で少年を匿い、入手した裏の『顧客リスト』にも彼の名前が載っていた。

 それは西園寺製薬が笠間病院を経由して『とある国』と臓器など売買する被験者達が載っているファイルだ。


 何故、少年の名がそんなリストに載っているのかは不明だが、西園寺製薬に携わる研究員が彼に対して何かしらの処置を施したことは明白である。

 したがって、少年は対感染者用のワクチン役だけでなく、『西園寺 勝彌かつみ』を社会的にもどん底に突き落とせる生き証人でもあるのだ。


「兄さんの戦いに、弥之くんを利用しないで!」


 香那恵が反発してくる。

 ある意味、実の兄に対する以上の溺愛ぶりだ。


「……お前、相変わらず少年の肩を持つな。やはり似ているからか? 奴に?」


「なっ……違うと言えば嘘になるわね。そうよ……弥之くんは『あの人』に良く似てるわ……幼い頃、兄さんの唯一の親友だった人。そして、私にとって……」


 俺の問いに、香那恵は耳元まで顔を真っ赤にする。


「初恋だったかな?」


 香那恵は黙って頷く。


 俺達が孤児院で暮らし二年ほど経過した頃、一人の男子が新たに入ってきた。


 少年によく似た男子だ。年齢は俺と同じくらいの年だった筈。

 彼は非常に頭が良く回転も速い。

 悪ガキ共を言葉だけで泣かすなど話術に長けていた。


 俺が不在時に幼い香那恵にちょっかいをかけようとした悪ガキ共を、その男子が一蹴して追っ払ってくれた。


 それ以来、俺は彼と仲良くなり『親友』と呼べる仲となる。

 香那恵も彼を慕い、ほのかな恋心を抱いたようだ。


 名前はなんて言ったかな……。


「確かに少年は、あいつに良く似ている……雰囲気や喋り方といい、まるで兄弟のようだ――思い出した。名前は、セイヤだ」


 俺がその名を出すと、香那恵は頷き懐かしそうに微笑む。


「セイヤくん……今、何しているんだろう?」


「さぁな。俺が13歳の頃、どこかの金持ちの所へ養子にもらわれたっきりだ。あの野郎、何も知らせないで勝手に出て行ったからな……そういや秘密の多い奴だった。苗字さえも教えてくれなかったな……何故か施設もセイヤを特別視して、俺達を含む他の子達と一線を引かれていたようだ」


「そうね。とても優しいのに、ミステリアスな感じがして……そこに惹かれたんだけどね」


 ミステリアスか……香那恵の言葉も頷ける。


 普通、施設の職員から自己紹介くらいされるだろうにそれが一切なかった。


 どんな理由で施設に預けられたのか不明、誕生日すら不明、全ての存在が謎でまるで幻か幽霊のような奴だ。


「当時、俺達が過ごした孤児院に行けば名簿くらいは手に入るかもしれないが……だが、セイヤって名前も自分から名乗った偽名だったかもしれん。しかし今の俺達にはそこまでの余裕はない」


「わかっている……けど、やっぱり私達のことで、あの子達を危険に巻き込むのは反対よ。いくら詭弁を並べたって、『復讐』には変わりないのだから」


「これはケースバイケースだ。俺には少年達が必要だ。理由はさっき言った通り……それに、もし俺の予想通りだとしたなら、奴ら・ ・も喉から手が出る程、少年を欲するに違いない」


「そうかもしれない……彼ら・ ・だけじゃない。周囲の人間も弥之くんを求めるでしょうね」


「そうならない為にも、俺が少年達を守る。自分で生きていけるくらいには鍛えてやるつもりだ」


「フフフ。兄さんも弥之くんのこと気に入っているのね」


 香那恵は笑みを浮かべ揶揄い口調で言ってくる。


「ケースバイケースって言ったろ? 俺なりのお礼ってやつだ。もういいだろ、とっとと寝ろ!」


 投げ遣りに言う俺に、香那恵は「はいはい」と立ち上がり、車へと戻った。



 ――静かな夜だ。


 街灯りがないのもあってか、満月が照らされ星々が鮮明に煌めいている。

 ずっと緊迫した生死の境で過ごしてきた俺にしては穏やかな気持ちで過ごしていた。


「この旅を……復讐を遂げたら、セイヤを探しに行くか……」


 懐かしく親友のことを想い耽る。






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