第74話 竜史郎の目的




~久遠 竜史郎side



 その日の夜。


 俺達は人気のない自然公園へと野宿することにした。

 市内にしては沢山の木々に覆われた見晴らしの良い広大な場所である。

 中心部までワゴン車で侵入し停止させた。


 燃料は残り僅か……とても西園寺邸には辿り着けない。

 このまま燃料が入手できない場合、車を乗り捨て徒歩で侵入することを視野に入れている。


 まずは少年達を車内で休ませ、俺だけ外に出て見張り番をすることにした。

 ここまで来る途中で適当に集めた枯れ木を燃やし焚火をしている。


 周囲に入手したワイヤーと空き缶で加工した『鳴子』を設置し、迷い込んだ人喰鬼オーガが接近してもわかるよう防衛の対処を行った。


「……竜史郎さん。3時間おきの交代にしませんか?」


 少年がドアを開け、俺に気を遣ってくれる。


「一日くらい寝なくても問題ない。紛争地では3日は寝ずに敵を待ち構えていたこともある」


「はぁ……やっぱ凄い人ですね。おやすみなさい」


 軽く頭を下げ、少年は車内に戻った。

 前はよくドン引きされたが、最近彼の俺を見る目が変わったと感じる。

 別に変な意味じゃないが……。


「んじゃ~、こっからが正念場だよね~」


「彩花ちゃん、正念場って何?」


 ドアが閉められた途端、車内から女子達の会話が聞こえる。


「ヒメ先輩、んなの決まってるしょ~? 誰がどこで寝るかの配置だよ。こうして後部座席のシート全部倒したけど、横になって寝れるのはせいぜい四人くらいかなぁ? 一人は運転席側で寝なきゃ駄目だね~。はっきり言うと、イオパイセンが後部座席でウチらと一緒に寝ちゃうと四人ってところも怪しいんだけどね~、にしし♪」


「ほう、彩花……理由を聞かせてもらおうか?」


 イオリはキレぎみの声で尋ねている。


「だってぇ、イオパイセンって凹凸激しいじゃん? ウチは小柄だから問題ないしょ~? センパイ(弥之)は痩せぽっちじゃん。ヒメ先輩とカナネェさんもスタイルいいけど、パイセンほど歪じゃないしょ?」


「ふん! そんなもの、パズルとブロックと同じ、組み合わせ次第でなんとでもなるではないか、なぁ弥之君?」


「え? 唯織先輩、どうして僕に聞くんですか?」


「い、いや……私と男子であるキミとの体格なら、そのぅ……ぴったりとハマると思うのだ……身体の密着具合がな」


「え!?」


「ちょっと、西園寺会長! 何を言っているんですか!?」


「姫宮さん、私のことは唯織と呼んでほしい。もう生徒会長ではないのでな」


「は、はい……じゃあ、唯織さん! ミユキくんに変なこと言うのやめてください! 不謹慎ですよ!」


「私も有栖さんと呼ばせてもらおう……はて? 不謹慎とはどういう意味だ? 私は彩花が難癖をつけてきた議題に真摯に応じたまでだ。私のボディライン云々と言うのなら、それに相応しいパートナーを求めるのは必然だろ? 即ち、弥之君だ」


「別にミユキくんである必要はないじゃないですか!? 凹凸や身体の細さを求めるなら、彩花ちゃんだって……」


「待って、ヒメ先輩。それって、あたしの胸とお尻が無いからって言いたいの? 何、ディスってんの?」


 今度はシノブがキレかかっている。


「ち、違うよ! もう、彩花ちゃんから言い出したことでしょ!? 香那恵さんも何か言ってくださいよぉ!」


「……そうね。ここは年の順で誰がどこに寝るか決めた方がいいんじゃない? 私は身長もあるし、バランスをとって弥之くんの隣で寝るとするわ」


「か、香那恵さん!?」


 我が妹ですら、さらりと妙な理屈を言い出す始末。

 普段、年齢差には敏感なのにな……。


「んじゃ、こうしようよぉ。あたしとセンパイ、ヒメ先輩とカナネェさんでどう? んで、イオパイセンは運転席ってことでぇ~」


「そ、その順番だと、ミユキくんが私の隣で……きゃっ」


 嬢さんは声を弾ませ乗り気になった。


「ふむ。彩花よ、そう言うと思ったぞ。先も述べた通り、細い者同士ではなく体格差を補うよう均等に分けた方が効率も良いと思うぞ。であれば、細っこい余剰ピースが残るだろう……なぁ、彩花?」


「パイセン……細っこい余剰ピースって何? あたしのこと?」


 彩花の口調が変わる。

 半ギレどころかガチギレってやつだな。


「有栖さんじゃないが、そもそもキミが持ちだした議題だろ? 言っとくが、弥之君のことに関しては譲れん。私とて中途半端な気持ちでここにいるわけではない」


 イオリは毅然とした態度できっぱりと言い切る。



 どうやら車内では、殺気立った空気に包まれているようだ。


 てか、何の揉め事だ、これ?

 誰が少年と添い寝するって話だったよな?


 くだらねぇ……止める気にもなれん。



「あ、あのぅ! それなら僕が運転席側で寝るっていうのはどうでしょうか!? その方が極めて健全だと思うんですけど!?」


 少年は声を強張らせ、これ以上皆の関係が悪化しないよう必死に訴える。


 女子達は戸惑いつつ、「うん……まぁ」と理解を示し始めた。

 最も正論ってやつだな。どうでもいいが。


 にしても苦労人だな、少年。

 無自覚でモテるのも考えものだぞ。


 しかし彼女達が彼に想いを寄せるのもわからなくもない。


 少年は今時とは思えない真っすぐで純粋な気持ちを持っているからな。

 時折、眩しく目を覆いたくなるほど……。


 彼といると、まるで心の中に潜む闇が照らされ清められていくようだ。

 腐り果て失いつつある人としての倫理観モラルを思い出させてくれる。

 だからこそガラにもなく、つい他人に情を見せ、お節介を焼いてしまう。


 それが良いのか悪いのかはわからない。


 しかし、本来の『目的』に不要な因子だ。


 俺と香那恵の目的である。



 ――西園寺 勝彌かつみへの復讐。



 かれこれ、18年前だ。


 当時の俺は10歳であり、香那恵は3歳。


 父親は地元では有名な弁護士であり、ずっと西園寺財閥と医療関係者との癒着を暴くために動いていた。


 ある日、不審者の男が自宅に侵入し、父親と母親はそいつによって刺殺されてしまう。

 犯人は家探し後、そのまま逃走して今も見つかっていない。


 当時の俺は香那恵を連れて地下倉庫に隠れてやり過ごすことができた。


 それから俺と香那恵は孤児院で預けられ、三年ほど経過してから香那恵だけ父親の知人宅である『居合術道場』に養女として預けられる。

 本来は俺もその家に行く手筈だったが、俺の方から拒否した。


 理由は殺された父親と母親の無念を晴らすため。


 何故、殺されなければならなかったのか、その理由や背景を調べた。

 ガキの俺が調べられる範囲は限られているも、当時の父親が何をしていたかは調べられる。

 俺も父親の跡を継ぐため、よく事務所を見せられていたからな。

 重要な書類がどこに隠されているのかも熟知している。


 だからこそ、香那恵を預けた家を巻き込むわけにはいかなかった。

 それが養子入りを拒否した理由だ。


 元住んでいた家が取り壊される前に、密かに父親が残した書類を入手する。

 そこに、西園寺財閥の不正について事細かく調べられていた。


 日本屈指の製薬会社を持ち医療法人『西園にしぞの会』を設立し、遊殻市内に点在する複数の病院と提携している。


 以前に潜入した『笠間病院』もその一つであり、事実上、遊殻市の医療分野を支配していた。


 しかしその裏で法外なことにも手を染めており、医療業界との癒着問題が浮上していた背景があり多くの証拠も見つかる。


 同時に悟った。


 父と母は、西園寺勝彌かつみに邪魔者として殺されたのだと。


 直接手を下さなかったとしても部下に命じて暗殺させたのだと。


 このまま証拠を警察に持って行くべきか迷ったが、両親の件もあり躊躇した。



 ――この世では法では裁けない巨悪がある。


 きっと証拠は揉み消され、有耶無耶にされるかもしれない。



 ガキながらに、そう思ったからだ。


 でなければ、俺の弁護士である父親が無惨に殺される筈がないだろ?



 だったら俺が巨悪になろう――



 西園寺勝彌かつみを超える絶対の悪。


 目には目を歯には歯を――力を身に着けて、俺が奴を殺してやる。


 誰にも頼らず依存しない、俺だけで戦える力を手に入れてみせるぞ。


 自分が成長すると共に戸籍や名前を変えて、西園寺財閥に潜入することも考えたが失敗するリスクもあると懸念する。

 そもそも奴の息が掛かった日本にいては立ち向かうのは不可能だと判断した。


 俺は16歳になったことを期に渡仏し、外人部隊に所属する。

 入隊時は18歳と偽った上でな。


 その後も色々な国を回って紛争地で戦い、最終的にはアメリカの軍事会社に就職したというわけだ。



 ガサッ。



 思い耽る中、不意に背後から物音が聞こえた。


 俺は素早く立ち上がり、焚火を背に拳銃を構える。






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