第76話 朝の訓練と謎の医師




 ――ダァァァン! ダァァァン!



 次の日、早朝。


 自然公園にある見晴らしの良い丘にて。


 僕は竜史郎さんの教えの下、M24狙撃ライフルを撃っていた。


 弾丸は向かって来る『青鬼』の頭部に命中し、ドサッとその場で倒れている。


 僕はうつ伏せブローンの射撃姿勢で光学照準器スコープ越しから、その光景を眺めていた。


「ビンゴ! 野外で500ヤード(450m)を命中させれば狙撃手スナイパーとしては、まず合格だ」


 竜史郎さんは斜め後ろで立ち、補助者役スポッターとして双眼鏡を眺めながら嬉しそうに声を弾ませている。


 昨日まで無人だった筈の公園に奴ら・ ・『青鬼』が現れていた。

 おそらくは僕達人間の匂いを嗅ぎつけて来たのか?


 明け方頃に、10体の人喰鬼オーガがこちらに近づいてきていると、夜通し見張り番をしていた竜史郎さんから報告を受ける。


 何故か僕だけ叩き起こされ、こうして遠くから狙撃する羽目となってしまった。



「だが、少年。M24の有効射程距離は850ヤード(800m)だ。銃の特性を最大限生かすためにも、そこを目指さなければならないぞ」


「850ヤードですか……初弾だと難しいですね。二発目なら、その距離でもなんとか届きそうですけど……」


「駄目だ。競技じゃないんだ。必ずコールドショット初弾で仕留めろ。風速と気圧を把握し重力の降下も計算した上で瞬時に撃てるよう意識するんだ。常に訓練の積み重ねだぞ」


「はい、わかりました」


「それと筋トレと体力の向上を目指せ。何事にも基礎体力が必要となる。課題とメニューは俺が考えておこう」


「……はい」


 まるで直々に特訓を受けているようだ。


 ひょっとして、そのために早朝から起こされたのだろうか?

 僕も竜史郎さんから戦える技術を学びたいと思っていたから嬉しいんだけど。


「少年は狙撃手スナイパーとしての素質がある。第二次世界大戦で活躍したロシアのヴァシリ・ザイツェフ、あるいは米軍史上最強と謳われたクリス・カイルに並ぶかもしれん」


 どれも伝説の狙撃手スナイパーじゃないか。

 流石にないわ~。


 でも、竜史郎さんに褒められると悪い気はしない。


 それに女子達は割と近距離で戦うタイプだから、一人くらい遠距離からの支援攻撃が得意なメンバーがいても良いかもな。

 なんか陰キャぼっちの僕に相応しいポジションっぽいし。



 こうして残りの『青鬼』を始末し、朝の特訓は終了した。




 朝食にて。


 起きてきた女子達と共に、美ヶ月学園の物資から分けて貰った缶詰やスープ、乾パンを食べている。


「リュウさん、これからどうすんのぅ?」


 彩花は指先でスマホを操作しながら聞いている。

 ワゴン車のバッテリーで充電済みだ。


「ガソリンが底を尽きかけている。まずは燃料の確保だ……検問している自衛隊の目を掻い潜り徒歩での突破も考えたが、止めた方がいいだろう。みんなも人間とは戦いたくないだろ?」


 竜史郎さんの言葉に、僕達全員が頷く。


「でも、いたずらに彷徨っても、すぐ燃料が切れてしまうわ。どこか行先を決めた上で捜索した方がいいんじゃない?」


「住宅街で放置してある車などはどうです? 道路で放置してある車や事故車より、余程確率は高いと思いますが」


 香那恵さんと唯織先輩が案を出してきた。


「そうだな……この辺から近場となると、どこら辺になるんだ?」


 竜史郎さん、生まれ育った地元の割にはあまり詳しくないようだ。


安郷苑あんごうえんですね。介護老人施設が近くにあります」


 有栖が即答で答える。


「嬢さん、詳しいな?」


「はい、母が働いていた施設なので」


「ってことは、有栖さんのお母さんって介護のお仕事をしているの?」


「うん、そうだよ」


 へ~え、そうなんだ。


 介護職か、老人のお世話をする聖職だよな。

 大変な仕事だけど、とても優しそうなイメージがある。

 だから、有栖も天使のように優しいのかもしれない。


「……安郷苑あんごうえんね。確かに近いね……今じゃ避難場所になっているみたいだよ」


 スマホをいじっていた彩花が、SNSで公開された最新の画像を見せてくれる。


 施設に入居しているお年寄りを中心に、逃げてきた一般市民と共同生活している画像だった。

 久しぶりに一般人の姿を見るとほっとする。


「ひょっとして、有栖ちゃんのお母さん、この施設に避難しているんじゃないの?」


「そうですよね? 働いているなら案外可能性は高いと思うよ!」


 香那恵さんの予想に、僕も声を張って賛同する。


「……うん、そうかもね。ありがとう、香那恵さん、ミユキくん」


 有栖は瞳を潤ませ、柔らかく微笑を浮かべる。

 やっぱり可愛い……最高の笑顔だ。


「シノブ、他に画像や何か情報はないのか? 車が写っていればガソリンを分けて貰えるかもしれん。ギブ&テイクになると思うがな」


「待って、リュウさん……施設の敷地内に車は置いてあるみたいだね。使用しているかわからないけど……へ~え、お医者さんも居るみたいで、おじちゃんとおばあちゃん達も安心だね~」


「病院ではないにせよ、避難所であれば医者くらい居るだろ?」


「確か『安郷苑あんごうえん』は特別養護老人ホームなので提携している病院から代わる代わる医師が非常勤として来ていると母が言ってました」


「提携している病院?」


「……笠間病院です」


 竜史郎さんの問いに、有栖は言いづらそうに小声で答える。

 

 彼女にとって元彼である『笠間 潤輝』の父親が経営する病院か……。


「そうそう思い出したわ。よく谷蜂先生が理事長の指示で定期的に老人施設に行ってたわ。愚痴を漏らしながらね。どこの施設かは聞いてなかったけど……」


「谷蜂? 香那恵さん、その人って僕が入院した時に担当していた医者ですか?」


 僕の質問に彼女は「そうよ」と答えた。


 フルネームは『谷蜂たにばち 葦呉あしお』だったな。

 僕が体調を崩して緊急搬送された際、流行りのウイルスに感染したと思い込み受け入れを拒否しやがったと聞いたことがある。


 当初は、この谷蜂が僕を昏睡状態にした『白コートのアラサー男』だと思ったけど違った。

 香那恵さんから画像を見せてもらったが、丸眼鏡を掛けた白髪混じりの坊ちゃん刈りで、双眸が細く吊り上がった性格が悪そうな中太りの中年男だった。


 待てよ、ってことは……?


「ねぇ、カナネェさん。こいつが『谷蜂』って医者じゃないの~?」


 彩花はスマホの画像を香那恵さん見せた。


「……そうね、間違いないわ。まさか有栖ちゃんのお母さんが働いている施設に行き来していたなんて」


「やっぱり、そうだったんだ……」


 予想が当たった。


 どうやら、谷蜂って医者は今『安郷苑あんごうえん』にいるようだ。


 僕の母親である絵里えりと妹の美玖に最後に会った男。

 美玖はすぐ家に帰ったみたいだけど、母さんは谷蜂と理事長室に行ったきり消息が不明なんだ。


 ――谷蜂に会う必要がある。


 その後、母さんがどうなったのか、こいつから聞かなければならない。



 僕は竜史郎さんに視線を向けると、彼と目が合う。

 

 竜史郎さんは頷いた。

 

「笠間病院の生き残り医師か……少年の母親について痕跡を知る男でもあったな。嬢さんの母親も避難している可能性も高いし、ここから近場でもある。行かない手はないだろう」


 こうして次の行先が決まった。






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