第77話 安郷苑での紹介




 朝食を終えて、早速出発する。


 車を走らせ約20分くらいで目的地近くに辿り着いた。


 特別養護老人ホーム『安郷苑あんごうえん』。

 麓に設置された自立看板にはそう書かれている。


「丁度、燃料がなくなったな……危ない、危ない」


 ワゴン車は停止し、竜史郎さんは降りる。

 僕達も彼の後に続いて降りた。


 降りた場所は丁度、高台の登り口辺りであり、坂道を上ると大きく建設された施設が見える。

 坂道中々の急勾配な坂であり、車で通るのも一苦労しそうなほどの傾斜だ。

 ましてや、千鳥足で歩行が苦手な人喰鬼オーガなら行きにくいかもしれない。

 偶然にせよ、いい感じで対策が施されていると思った。



 僕達が坂を登っていくと、上から複数の男達が降りて来た。


 私服姿の一般人だ。

 若い男も何人か混じっているが、50代くらいの中高年が多い。


 彼らの手には、金属バットや鉄パイプ、バールやチェーンソーなどが握られている。

 中々の武装だ。


「……あんたら、どう見ても感染者オーガじゃないよな?」


 リーダーっぽい角刈りで筋肉質の精悍な顔立ちをした中年男が言ってきた。


「見ての通り、全員人間だ。安心してくれ」


 竜史郎さんは淡々とした口調で答える。


「ここから先は避難区域だが、あんた達を受け入れるほどの場所と食料に余裕はない。悪いが他を当たってくれ」


「わかっている。ガソリンを分けてもらいたくて立ち寄ったまでだ。それと人探しをしている。すまないが施設を覗かせてくれないか? 要が済んだらすぐに立ち去ろう」


「ガソリン? 下に停めてあるワゴン車か? 貴重な物資を分けるには、それなりに見合う対価が必要だぞ。言っておくが今の時代、金など何の役に立たないからな。それに、そちらは美女が多いようだが、見ての通り年寄りばかりの場所だから差し出されても手に余るだけだ」


 中年男はきっぱりと言い切る。

 荒廃した世界で現金より物々交換の方が望ましいと言いたいようだ。

 

 けど、若い男連中はいやらしい目で、香那恵さんや有栖達をじっと見ているけどな。


「彼女達は俺の大切な仲間だ。取引材料じゃない。勘違いはやめて頂こう」


 竜史郎さんは語尾を強くして窘める。

 こうした男女関係ない誠実で仲間思いの一面が、僕を含むみんなの信頼を得ているのだと思う。


 中年男は頷き、軽く頭を下げた。


「すまない、失言を許してくれ。今じゃ、ガソリンは貴重だからな。何せ自衛隊の奴らが街中のスタンドから放置されている車に至るまで、全ての燃料を抜きやがったんだ」


「自衛隊が? やっぱり僕達を『游殻ゆから市』から出さないためにですか?」


 僕が聞くと、中年男は頷いた。


「そうだ兄ちゃん、『游殻ゆから市』だけじゃない。日本で感染者オーガが多いとされる都市から市町村の全てが封鎖され隔離状態だ。俺達が濃厚接触者だからと言えば聞こえがいいが、噛まれなきゃ感染しないって事は既に海外でも証明されているのに、この仕打ち……僕達庶民は国に見捨てられたってわけさ」


 まさかと言いたいが、僕も街並みを眺めてそうだと思った。

 おまけに上級国民だけが、感染者オーガの少ない地域に逃げているっていう酷い話だ。


「対価だな。そう言う思って手土産はある」


 竜史郎さんは言うと、背負っていたボストンバックを降ろしチャックを開けて見せた。

 バックの中には先日、暴力団から奪った余った銃器類がびっしりと入っている。


 日本では見慣れない代物に男達がざわつく。


「……これは本物なのか? あんたらが持っているそれも、モデルガンじゃなく?」


「そうだ。俺達が所持しているのも含めて全て本物だ。入手経路は秘密だが、今の時代じゃ、特に日本ではあって損のない代物だろ? これと燃料を交換してほしい。使い方を教えてほしいのなら、俺と仲間分の食事と一晩の宿を要求する」


 竜史郎さんは相手の心理を利用して追加要求をした。


 銃器とガソリンか……。


 以前の価値観なら高価な銃と比べれば割に合わない取引だけど、僕達の事情を考えると喉から手がでるほどガソリンは欲しいところだ。

 それに竜史郎さんにとって銃器は簡単に仕入れられるからな……暴力団組織から。

 前に埋めた公園も手付かずだし問題ないのだろう。


「確かに、あんたの言う通りあって損はない。使い方も直接学んだ方が全員で、より身を守りやすいか……わかった。俺からみんなに受け入れるよう周知しよう。ついて来てくれ」


 中年男は他の仲間達を引き連れて僕達を誘導した。


 道中、互いに自己紹介を行う。


 リーダー格の中年男は『佐伯さえき 俊蔵としぞう』という、御年49歳のおじさんだそうだ。

 職業は消防士らしい。どうりで筋肉質のガタイが良いおじさんだと思った。



 老人ホームである『安郷苑あんごうえん』は四階建てであり、その外観は立派なホテルまたは集合住宅のような造りをしている。


 敷地内の駐車場に車が数台ほど停まっており、玄関前に洋弓銃こと『ボウガン』を持った男が二人、見張りとして立っていた。


 男達が持つボウガンは、まるで自動拳銃ライフル並みの大きさであり矢も相応に長く大きいと思われる。

 あれなら銃器同様に頭部に矢が当たれば、人喰鬼オーガも一撃で斃せる筈だ。


 リーダー格である佐伯さえきさんが見張りの男達に「客人だから一緒に通してくれ」と伝えると、すんなりと施設の中に入ることができた。


 思いの外に広く清潔感のあるロビーだが、テントが幾つか張られていたり、ビニールのパーテーションで区切られた箇所が点在している。

 私服姿の中高年の男女が出入りしていた。


「一階は待機所というか、俺達『自警団』とって活動場所みたいなものだ。実際、住民達は二階から三階に寝泊まりしており、元々いた入居者は四階で暮らしてもらっている」


「二階へ行く階段は半分壊しているようだな?」


「ああそうだ。万一、感染者オーガが侵入した時に上がってこれないようにするための配慮だ。ネット情報で美ヶ月学園の生徒達がやっているらしく、それの真似事だがね」


 竜史郎さんが問いに、佐伯さんは素直に答える。


 二階に上がる際は梯子を降ろしてもらい昇って行くらしい。

 美ヶ月学園の知恵がこの施設にも反映されている。


 ちなみにエレベーターもあり使用できるが、物の運搬やお年寄りの移動時以外は停止されているようだ。


 電力は自家発電であり浄水器も設置されている。

 また各フロアに大きい浴室や台所も備えてあり、屋上にはプランター菜園があると説明を受けた。


「学園と違い、生活する前提で建てられた施設だから災害時時の強みもあっていいなぁ……」


 唯織先輩は羨ましそうに呟く。

 つい最近まで生徒会長として学園を指揮していただけに、あそこまでまとめ上げた苦労は並大抵ではなかっただろう。

 おまけに足を引っ張る生徒や教師も多くいて散々だったに違いない。



「――有栖!? 有栖じゃない!?」


 どこからか声が聞こえた。


 テントから一人の女性が出てくる。

 長い黒髪を後ろに結った、とても綺麗な顔立ちの婦人だ。

 こっちに手を振って駆け出し近づいてくる。


 動きやすい服装にエプロンを着用しており、ぱっと見た感じは30代前半っぽいが立ち振る舞いからして、もう少し年配者のような気もする。


「お母さん!?」


 有栖は女性の姿を見て驚きの声を張り上げた。


 お母さん?

 そうか、どうりで綺麗な人だと思ったら有栖のお母さんだったのか。

 良かった、無事で……。


 二人は互いの安否を確認し、涙を流しながら抱き合った。

 ようやく出会えた親子の対面。

 有栖もずっと平静を装っていたけど、やっぱり気が気じゃなかったに違いない。


「有栖さん、良かったね」


 なんだか僕まで嬉しくなり目頭が熱くなる。


「うん、ミユキくん……ありがとう」


「有栖、この方達は?」


 お母さん、見守っていた僕達に向けて聞いてきた。


「一緒に行動を共にしている人達だよ。いつも助けられているの……特に彼、ミユキくんは私にとって大切な友達で命の恩人でもあるんだよ」


 何故か僕だけが娘直々に名指しで紹介を受けてしまう。

 しかも大切って……超嬉し恥ずかしいんですけど。


「そう、私は『百合紗ゆりさ』といいます。いつも娘が大変お世話になっております」


「よ、夜崎 弥之です! こちらこそ、娘さんには学園にいた頃から今に至るまで色々と助けて頂いた次第でして、はい!」


「そんなことないよ……ミユキくんは誰にでも優しくて、こうして私達が一緒にいられるのも、ミユキくんが居てくれるお陰だと思っているんだからね」


「良かったわね、有栖。いいお友達ができて……」


「うん」


 有栖は声を弾ませて頷く。


「弥之くん、これからも娘のことをよろしくお願いいたします」


 不意に百合紗さんは僕に向けて丁寧に頭を下げて見せた。


「い、いえ! こちらこそ、はい!」


 つい僕もテンパってしまい深々と頭を下げる。


 まるで彼氏として紹介された気分なんですけど。






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