第78話 思わぬ再会と覚悟




「親公認か……羨ましいなぁ、有栖さん」


「あたしの両親は感染してヤッちゃったから問題ないし~。カナネェさんはぁ?」


「私も両親いないの。でも育ての親は健在よ。特に口うるさくない方だから大丈夫よ」


 唯織先輩の呟きを発端に、軽い口調で彩花と香那恵さんが何か意味深なことを言っている。


 そもそも、有栖は友達として僕をお母さんこと『百合紗ゆりささん』に紹介してくれているだけなのに、彼女達は何を勘違いしているのだろうか?


 あれ? けど有栖のお母さんって確か……。


百合紗ゆりささんって、この『安郷苑あんごうえん』で働く介護員なんですよね?」


「そうよ。四階で入居している利用者さんのお世話をしているわ」


「自警団のお手伝いもしているんですか?」


「ええ、動ける人は年齢関係なく『自警団』に入っているわ、こんな時だからね。自分達の居場所は自分達で守らないと……」


 なるほど、百合紗さんの言う通りだな。


 国からは放置され、挙句の果てに濃厚接触者扱いで都市封鎖されている始末だからな。

 あの検問していた自衛隊達も感染者オーガだけでなく、一般人も容赦なく撃ってそうだった。

 そういや、パトカーは一度も見ないけど警察は、まだ機能しているのだろうか?


「姫宮さん! また、あの子が唸り声を上げているようなのじゃが?」


 テントからお爺さんが顔を覗かしている。

 この人は四階に住んでおり働ける入居者さんらしい。


「富蔵さん、今行きますね」


 百合紗さんは愛想良く返答した。やっぱり笑顔が有栖に似ている。


「……あの子? 唸り声だと? ミセス、この施設内に感染者オーガがいるのか?」


 黙っていた竜史郎さんが問いかける。

 ところでミセスって、百合紗さんのことか?


 だがその言葉で、彼女だけでなく周囲にいた『自警団』の人達が表情を曇らせる。


「ああ、その通りだ。二日前に噛まれちまってな。ここへ逃げる際に友達を庇って感染しちまったって話だ」


 リーダー格の佐伯さえきさんが答えた。


 なんでも、まだ小学六年生くらいの少女だとか。

 避難してきた際は、まだ感染症状はなく、数時間後に症状は発症したらしい。



 今は誰も襲わないよう拘束され、テントの内で隔離されている。


「まだ子供なのに可哀想な子よ。それにまだ『黄鬼』だから、人としての意識も多少なりともあるわ……だから、ぎりぎりまで看取ってあげようってことで、ここに置いているのよ」


「なるほど『青鬼ブルー』になったら、完全に意識の無い人喰鬼オーガと化すからな。72時間まで、あとどれくらいだ?」


「かれこれ1時間を切っているかしら?」


「だから『青鬼』になったら、あんた達の銃で介錯してほしい。その方が一瞬で終わって、あの子も楽だろ?」


「わかった。一度、その子に会わせてもらおう」


 竜史郎さんが言うと、佐伯さんは頷く。



 百合紗さんと一緒に僕達をテントの中に案内してくれた。


 手足を縛られ、口にロープで猿ぐつわをされた少女がいる。

 全身が黄色味を帯びた肌となっている感染者オーガ


 初期症状の『黄鬼』だ。


 少女は目を見開き、真っ黒な眼球でこちらを見て唾液をまき散らしている。

 あまり唸り声が聞こえなかったのは、猿ぐつわの影響だろう。


 にしても、この少女……見覚えがあるぞ。


 獰猛な獣のように顔を歪めて醜悪に見えるが、よく見ると整った容貌を持つ美少女だ。

 ツィンテールがよく似合う、華奢で小柄な身体つき。



 ……待てよ?



 この子、まさか――。



「……美玖みくか?」


 僕はその名を口にした途端、少女の動きがぴたりと止まる。


 やっぱりそうだ、僕の妹……夜崎 美玖だ。


「少年、この子を知っているのか?」


「僕の妹です」


 僕は竜史郎さんと仲間達だけに聞こえる声で呟く。


「「「「え!?」」」」


 傍で聞いていた、女子達が声を揃えて驚く。


 一方で竜史郎さんは動揺せず黙って頷いた。


「……そうか。佐伯っていったな。この少女はどこかで人間を噛んだことはあるか?」


「いや、それはない。『黄鬼』の兆候が出る寸前に手足を縛ったからな」


「ナイスな判断だ。しばらく、この場を俺達だけにしてほしい。誰もテント内に入れないように頼む」


「わかった。従おう」


 佐伯さんは頷き、百合紗さんとテントを出る。



 他の人達も後に続き、僕達だけとなった。


「兄さん……」


「わかっている、香那恵。少年、以前のように注射器で血液を分けてくれ、この子に投与する。今なら人間に戻せる条件が整っている」


「はい!」


 竜史郎さんの指示で、僕はすぐ上着の袖を捲る。


「……竜史郎さん、一応の確認をしてもよろしいでしょうか?」


「なんだ、イオリ?」


「最初に誤解のないよう言いますが、私は弥之君の血液を投与することに反対しません。寧ろ大切な妹さんのために打つべきだと思います。その前提で聞きたいのですが、ここで弥之君の能力を周囲に知らせても大丈夫でしょうか?」


「イオリの言いたいことはわかる。ここの連中はまともだが、損得勘定で左右される側面がある。少年の血液が抗体ワクチンになると知ったら、妙な気を起こす連中も出てくるかもしれない」


「……はい、その通りです」


「みんなシロッチ(城田)ほど、口が硬いわけじゃないから、センパイのことすぐ広まっちゃうよね~?」


「でも彩花ちゃん。時間もないし、このまま放置するわけにはいかない。そうでしょ?」


 有栖じゃないが、72時間経てば『青鬼』となる。

 そうなったら、美玖は二度と人間に戻せない。


 けど、唯織先輩や彩花が懸念する気持ちもわかる。

 いたずらに僕の抗体ワクチン体質を他人に知られてはいけない。


 竜史郎さんだって、いつも僕に言い聞かせていることだけに――。


「……俺に考えがある。まずは少年の血液をこの子に投与させよう。嬢さんじゃないが時間がない。それに、この子は大切な妹なんだろ、少年?」


「はい」


 僕は迷わずに頷く。


 たとえ周囲に知られても構わない。


 美玖を助けたい。人間に戻ってほしい。あの愛らしい妹に会いたい。


 ――だって、僕にとってたった一人の妹なんだ。



 香那恵さんが注射器を取り出し、僕の腕から少量の血液を抜いた。

 そのまま美玖へと投与する。


「――っんぐ!? ぐぅうぅぅぅぅぅう!!!」


 美玖は呻き声を漏らし、苦しそうにのたうち回る。


「美玖!」


 僕は耐えきれず、力を込めて妹の身体を抱きしめた。



 しばらくして、動きがぴたりと治まる。


「……ほ、ほにぃ?」


 美玖が人間に戻った。

 皮膚も血色の良い肌色、通常の綺麗な黒瞳だ。


「美玖!?」


 僕は急いで猿ぐつわを外し、妹の柔らかい頬に掌を当てる。


「お、兄ぃ……どうしてここに? 私、どうして?」


「迎えに来たんだよ、美玖……待たせてごめんな」


「うん……うん、会えて良かったよ」


 美玖の大きな瞳から大粒の涙が頬に伝っている。

 それでも、にっこりと可愛らしく微笑んでくれた。


 良かった……本当に。

 今だけは自分の体質で妹を救えてたことに感謝した。


「少年の妹、今自由にしてやろう」


 竜史郎さんは腰からナイフを取り出し、縛られていた手足のロープを切る。


「あ、ありがとうございます。誰、お兄ぃ、この人? カッコイイ~」


 おい、美玖。お前、何ときめいてんの?

 まだ小学六年生だろ!?

 カッコイイのは認めるけど……。


「久遠 竜史郎さんだよ。色々あって一緒に行動しているんだ」


「私は香那恵よ。美玖ちゃん、大丈夫? どこ噛まれたの?」


「はい、右腕の方を……(看護師さん? めちゃ美人)」


 美玖は右腕の袖を捲ると、前腕部にくっきりと歯形が見られている。

 避難する際に友達を庇って噛まれたというが、なんとも痛々しい……。


 香那恵さんは傷ついた美玖の腕を消毒して手際よく処置してくれる。


「センパイの妹ちゃん、かわゆいね~。爽やかそうで全然、兄貴に似てないじゃん?」


 彩花は僕と美玖を見比べながらニヤっと笑みを浮かべる。


「よく言われる……頼むからディスるのやめてくれる?」


「そうだよ、彩花ちゃん。ミユキくんに失礼だよ!」


「いや、有栖さん。その言い方だと、弥之君の方がマイナスで、あんまりフォローになっていないと思うのだが?」


 唯織先輩のツッコミに有栖は唇を押さえ「そんなつもりは……ごめんなさい」と僕に謝ってくる。


 いいよ、有栖。本当のことだし……。


 妹と言っても異父兄妹だからな。

 似てないのは仕方ないと割り切っている。


「お兄ぃ……この女の人達も一緒に行動している、お友達なの?」


 美玖は、くっきり二重の大きな瞳を見開き驚愕している。


「そうだよ、どうした?」


「だって、お兄い、典型的な『引きこもりのぼっちくん』だったでしょ? こんな滅茶苦茶綺麗な美人さん達に囲まれて……リア充満喫しているじゃない!?」


 悪かったな、引きこもりのぼっちくんで……。


 事実なだけに、妹から言われると結構にヘコむ。






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