第79話 妹からの証言




「――随分、静かになったがどうなっているんだ? あ!?」


 自警団リーダーの佐伯さんがテントの中を覗き込む。


 そこに僕達に囲まれている、人間の姿に戻った美玖の姿があった。

 美玖の姿を見て、佐伯さんは双眸を見開いて驚愕する。


「……何故、その子が人間に戻っているんだ? あんたら何をしたんだ?」


 当然の質問だろう。


 しかし竜史郎さんと僕達は何も答えないまま、テントから出る。


 外で待機していた有栖の母親である百合紗さんや周囲の人達も、美玖の元気な姿を見て驚きの声を漏らした。


「この子は俺が・ ・人間に戻した。『黄鬼イエロー』の状態で人を食らってない状態なら、こうして元の姿に戻すことができる」


 竜史郎さんが周囲に向けて堂々と言った。

 さっき考えがあるって言っていたけど、まさか自分が身代わりとなって僕を庇ってくれるなんて……。


感染者オーガを人間に戻す? ってことは、あんたらはワクチンを持っているってのか!?」


「あんたらじゃなく、俺が・ ・所有している。仲間は持っていない……だが」


 竜史郎さんはホルスターから拳銃ハンドガンを取り出し、銃口を佐伯さんに向けた。


「なっ!?」


「あんたらが、俺や仲間に変な気を起こそうなら、誰だろうと撃ち殺す。こちらも容赦なく暴挙に出るぜ。取引どころか死人が出るだろう」


「わ、わかっている……そこまで良識のない奴はここにはいない」


「どうだがな。あんたは信用できそうだが、他の連中は信用していない。こちらが寝首を掛れないためにも、取引は銃器ではなく俺が持つ『抗体ワクチン』でやり取りするってのはどうだ?」


「ここにワクチンを置いてくれるのか?」


「そうだ。確か、この施設に非常勤の医師がいたな? そいつなら適切に保管できるだろ?」


「……ああ、谷蜂先生か。まぁ、一応は医者だからな。それくらいなら協力してくれるだろう」


「それくらいだと?」


「……会えばわかる。それとワクチンと燃料の交換に変更する件は了解した。こちらも使い慣れてない武器よりは、そっちの方が有難い。まさか、そんなのが存在しているとは知らなかったけどな」


「誰も知らないことだ。日本政府ですらな……誰かにチクったら、この施設ごと爆撃を仕掛けるぞ。俺は人喰鬼オーガよりも執念深く質が悪い人種だと思ってくれ」


「あんたが言うと冗談には聞こえない……わかった。だから、そろそろ銃を下ろしてくれないか?」


 佐伯さんが指摘すると、竜史郎さんは「すまない」と軽くいい拳銃ハンドガンを下ろしホルスターへと戻した。


 緊迫した空気が解消される。


 佐伯さんから「谷蜂先生を呼んでくるから待っていてくれ」と言われ、僕達は一階の待機場所待機へ案内された。



 全員、椅子に腰を下ろし、テーブルの上にコーヒーを差し出される。

 用心深い竜史郎さんだけ口をつけない。


「……すみません、竜史郎さん。僕を庇ってもらって」


 僕は頭を下げ謝罪と感謝の言葉を述べる。


 竜史郎さんが、ああして周囲に向けて釘を刺さなければどうなっていたことか。

 きっと後々変な気を起こそうとする輩が増殖したに違いない。


 それに取引の内容を変更したのは正解かもな。

 この状況で、ここの人達に銃器を渡してしまったら何を仕掛けてくれるかわかったもんじゃない。


 リーダーの佐伯さんはその気がなくても周囲がそうだとは限らない。


 美ヶ月学園でも色々な人間の醜悪な部分を見せられただけに――。


「俺は問題ない。自分の身は守れるから平気だ。少年達も気をつけろよ。仲間以外は安易に信じない方がいい……特に少年は、自分の妹だけは命を懸けて守れ」


 竜史郎さんは横目で僕達をじっと見据えてくる。

 いつも慎重なこの人がここまでしてくれたる理由も、きっと僕の妹である美玖のためだと思う。


 ――案外、自分達と重ね合わせたのかもしれない。


 彼も普段から所々、香那恵さんを気遣う場面が見られるからな。


「はい、わかりました」


 僕は頷いて見せると、竜史郎さんはフッと微笑を浮かべた。


「しかし悪い展開ばかりじゃない。こうして目的である『谷蜂』と堂々と会える機会を作れたからな。後で香那恵に頼んで、こっそり少年の血液を採取する。連中との取引もあり、少し多めに抜くことになるから、今から栄養をつけておけよ」


「はい」


 素直に返事をする僕に、隣に座る彩花が袖を引っ張ってきた。


「……センパイ、今度はあたし達でリュウさんを守らなきゃね」


 囁くように小声で言ってくる。


「ああ、勿論だ」


 僕の賛同し、彩花の手を握る。

 この子の心意気が嬉しかったからだ。


 彩花は頬を染めて「えへへへ……」っと少し恥ずかしそうに微笑む。

 普段は僕をイジってばかりの金髪後輩だが、こうして見ると本当に可愛い。

 多少ムカっとしても、つい許してしまう魅力がある。


「……彩花ちゃん、ばっかりずるいもん」


 向かい側の席で有栖が頬を膨らませる。


「ご、ごめん、彩花……」


 僕はヤバイと察し手を離してしまう。

 別に変な意味はなかったんだけど……っと思いつつ、有栖に誤解を招くような行動だっただかもしれないと反省した。


「あたしはいーよー。たまにはポイント稼いでおかないと、ヒメ先輩ばっかでずるいしょ~?」


「確かに有栖君は、些か抜け駆けが多い気がする……」


 何故か唯織先輩まで賛同してきた。


「抜け駆けって……私はそんなつもりは……そうですよね、香那恵さん!?」


 有栖が話を振ると、彼女は強く咳払いをして見せる。


「んん! 弥之くん。あとで1リットルは血液を抜かなきゃ駄目ね」


 いや香那恵さん、そんなに抜かれたら間違いなく死にますから!


「お兄ぃって……まさかモテてる?」


 反対側の隣に座っている美玖が可笑しなことを言ってきた。


「どういう意味だよ?」


「だって、お兄ぃ……ずっと女の人にモテたことないしょ? 幼馴染のリリちゃんにも高校に入ってから疎遠になっていたじゃない?」


 はい、仰る通りです。


 だけど、妹よ。


 その後、凛々子には色々と最悪な目に遭ったんだよ。

 あの女を『姉』と慕い仲が良かった美玖には言えないけどな……。


「別にモテているってわけじゃ……こうして一緒に過ごして共に戦っているから気心が知れているというか……大切な仲間だよ。ねぇ、みんな?」


 僕は半笑いで答えて、女子達に話題を振ってみた。

 少し竜史郎さんの台詞を意識したつもりで。


「……そっすね、センパイ」


「私はこの中で一番日が浅いからな。今はそう見られても仕方ないかもしれん」


「血液を抜く量……もう1リットル追加ね」


 彩花に素っ気なく頷かれ、唯織先輩に溜息をつかれた。

 香那恵さんになんて事実上のキル宣言までされてしまう。


 そして有栖は――。


「……そうだよね。私なんかじゃ、その資格ないものね」


 ぶつぶつと負のオーラを纏い何かネガティブ発言をしている。


 え? 何、この空気?

 僕、なんか地雷を踏んだのか?


 なんかやばくね、これ?


 重い空気に耐え切れず、僕はしれっとしている竜史郎さんに向けて「助けてください」と目で訴えた。


「前から言っているが、俺は少年のハーレムには興味はない。しかし少年は、まず妹に聞かなければならないことがあるんじゃないか?」


 相変わらず素っ気ない口調でハーレム疑惑を持ち出すけど、陰キャぼっちだった僕にその実感はない。

 みんな性格が良い女子ばかりだし、僕のことを命の恩人と思ってくれているから慕ってくれているだけで……。


 けど竜史郎に指摘され、僕は重大なことに気付いた。


「そうだ、美玖。母さんはどうしたんだ?」


「……わかんない。お兄ぃが笠間病院へ緊急搬送されて入院した際、谷蜂って担当のお医者さんから説明を受けて……私だけすぐ返されたから、しばらくお母さんの知り合いの叔母さんのところにいたんだよ。お兄ぃも昔から知っている人だよ」


「ああ、光瑠ひかる叔母さんか……覚えているよ」


 母親の絵里が不在中、幼い僕と美玖を預かってくれた家だ。

 まだ独身らしいけど割と綺麗な人だったの覚えている。


「それから緊急避難指示が流れ、私と叔母ちゃんは一緒に逃げていたけど途中ではぐれちゃんたんだぁ。幸い友達のナオちゃんと会うことが出来て一緒に、ここまで逃げていたんだけど……」


「ナオちゃんを庇って感染者オーガに噛まれてしまったんだな?」


 僕の問いに、美玖は頷く。


 さらに話を聞くと、一緒に同行していたナオちゃんのお父さんが所持していた金属バットでその感染者オーガの頭を砕き、美玖は噛まれるだけで済んだようだ。


 後でお礼を言わなきゃな。


「それで美玖……母さんと別れる際、何か言ってなかったか?」


「うん……怖い顔で『彼』に会ってくると言って、谷蜂ってお医者さんとどっかに行ったよ」


 彼だって……誰だ?






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