第132話 待ちわびる神




 ~笠間 潤輝side



「それで白鬼様マスター、私はこれからどういたしましょうか?」


 穂花が忠実な配下として意見を伺っている。

 この女、ミクの前だからって猫を被りやがって……。


〔しばらく潤輝さんと『赤鬼レッド』の育成に励んでください〕


「はぁ……わかりました、白鬼様マスター


 穂花は微妙な表情で、ボクをチラ見する。

 明らかに嫌そうだ。


 ケェッ!


 そんなに嫌なら、この女にも味あわせてやろうか?

 中間管理職の辛い立場ってのをよぉ!


〔それではお二人さん、もうそこには用がないので撤収してください。人喰鬼オーガ達は放置して構いませんわ。もうすぐ夜が明けますので……では――〕


 ミクは思念を切った。


 緊張の糸が切れ、ボクは「ふぅ……」と溜息を漏らして立ち上がる。


「それじゃ行くわよ、潤輝」


「ああ、わかったよ。穂花さん……ボクはキミを愛称で呼んじゃ駄目かい?」


「駄目よ。わたしの方が先輩なんだからね」


「……わかしましたよ、先輩」


 チッ、自己顕示欲の強い女め!

 あっ、ボクも美ヶ月学園じゃ強い方だったわ。


 まぁ、いいや。


 一度、笠間病院に戻り、好みの『青鬼』の子をチョイスして、とっとと『赤鬼』を増やしてやるぞ!


 目指せ、ハーレムマスターだ!


「ほら、父さんも行くぞ」


 ボクは離れた場所で待機している、薄汚いボロボロの白衣を着た『青鬼』の父親を呼んだ。


 父さんは舌を出し「へっ、へっ、へっ」と懐いてくる。

 完全に人喰鬼オーガ犬だな。

 そう調教したのは、息子のボクだけどな。


 ボクは父親に首輪と鎖をしていると、穂花が羨ましそうに見据えている。


「……いいわね。どんな形にせよ、親子一緒にいられて」


「穂花さんのご両親は?」


「殺されたわ、妹にね。容赦なく頭ぐちゃぐちゃよ」


「ガチで? やべーな、キミの妹さん」


「そういう子よ。だから怖いの……本当なら一番に斃さなければならない『宿敵』よ」


「本当なら?」


「……何でもないわ。さっきの『白鬼様マスター』の話だと、妹……彩花は『救世主メシア』を守護する『戦死乙女ヴァルキリア』よ」


「なんだって!? そうか、穂花さんにダメージを負わせたのは、その妹ってわけだな?」


 ボクの問いに、穂花は無言で頷く。


 翔太が斃されたことといい、あの有栖や他の連中の身体能力の高さといい……。


 廻流かいるめ! 余計な存在を創りやがって!

 これも表裏一体の『救世主』のためだってか!?


 だがしかし……。


 有栖達が守る、『救世主』ってのは一体どんな奴なんだ?


 いくら考えても思い当たる人物はいない。

 当然と言ったら当然だが……。


 まぁ、考えても仕方ないか。


 今だけは自作自演の茶番劇に従ってやるよ。


 ボクはボクで、ようやく『打開策』が見つけたんだからな。


 そう、一時的にも脳の機能を停止されば――。


 少なくてもミクには、ボクの考えや行動は読まれない。

 ひょっとしたら、支配コントロールそのモノを断つことができるかも……。


 おい、脳の機能を止めてどうやって自由に活動するのかって?


 なんとでもなるさ。

 別にボクが直接手を下す必要もない。


 それ仕様の人喰鬼オーガを作りゃいいだけの話だ。


 『白鬼ミク』の影響を受けない、ボクだけの兵隊達――最強の軍団。


 伊達に『赤鬼』の育成を任されてはいない。

 荒れてはいるが笠間病院の手術室や医療機器も健在だし、そのノウハウを活かしてやる……。

 

 課題はボク自身をどう改良するか。


 ――手段はある。


 後は『白鬼ミク』にバレない範囲で実行すること。

 あの絶対的、女帝の影響さえ受けなければ、少なくても廻流かいるは殺せる筈だ。

 その勢いで、ミクを屈服させることだって……。


 成就すれば、ボクが全ての頂点に立つことができる!


 『救世主』とやらも殺して人喰鬼オーガの王、いや『神』にだってなってやるぞ!


 ククク……いいじゃないか。


 ボクも友人だった『渡辺 悠斗』同じ部類だ。

 欲望という目標があってこそ、最大の能力パフォーマンスを発揮するタイプ。


 元学年カースト一位の実力、思い知らせてやるぞ……見てろ!


 こうして思惑を胸に秘めつつ、ボクは穂花と父さんを連れて歩き出す。


 朝日が昇ると同時に西園寺邸を撤退したのであった。






**********



 西園寺製薬所の最地下に存在するバイオハザード実験研究室こと、『深淵アビス』にて、その男と少女はいた。


 笠間 潤輝に『偽物』と呼ばれる、西園寺 廻流かいると『白鬼』の美少女ミクである。


醒弥せいやお兄様、これでよろしかったのでしょうか?」


「上出来だ、ミク。今回のイベントに『赤鬼レッド』は不要だからね……」


「ですが、お兄様……今回ばかりは些かヒントを与え過ぎたのではありませんか?」


「ん? 弥之達にかい? それとも潤輝くん?」


「どちらもですわ」


 廻流は「フフフ」と鼻で笑い、端末を起動させた。


 人差し指でクリックすると、西園寺邸の敷地内から屋敷内、シェルター内が映し出されている。

 さらに弥之達が使用している装甲車『NBC偵察車』の内部に至るまでだ。


「ある程度の情報を与えないと、弥之だって『救世主』として実感が湧かないだろ? この世で唯一、『Øファイ-ワクチン』の完璧な適合者だ」


「それなら、醒弥せいやお兄様だって……」


「いや、オレは弥之ほど効力を発現していない……。弥之の場合、傷の治りの早さに加え基礎代謝が大幅に向上している。このまま行けば、いずれミクのように『女帝級』になれるかもしれない」


「まさか……同じ兄弟・ ・なのに個体差が?」


「……遺伝子的な理由じゃない。弥之が入院した当日、笠間病院であの女・ ・ ・に確認したが、オレと弥之は正真正銘の血縁関係……ミク、お前も歪だが同じ血縁者といえる存在だ」


 ミクはこくりと頷いた。


「『ΑΩアルファオメガ-ウイルス』と異なり『Øファイ-ワクチン』は未知の部分がある……その為に、弥之を被験体モルモットとして笠間病院で放置してきたが、予想外に違う方向に進化しているのかもしれない……あの男の影響だな」


「黒づくめの……名はなんと仰いましたかしら?」


「久遠 竜史郎。オレが唯一親友と認めた男だ。妹の香那恵もいたな……すっかり綺麗な女性になっていたよ」


 微笑む廻流を見て、ミクは頬を膨らませる。


「嫌ですわ、お兄様! 他の女をお褒めになられて! 今すぐ、その女を殺しに行きますわ!」


「ははは、冗談だよミク。それにやめておいた方がいい……彼女はもう『戦死乙女ヴァルキリア』だ。翔太くんの末路を見ただろ? 今なら相当ヤバイと思うぞ」


「あら、わたくしなら『戦死乙女ヴァルキリア』如きに不覚を取ったりはいたしませんわ」


 平然と言ってのける『白鬼ミク』という少女。

 虚勢や自信からではなく、事実として言っている節がある。


 廻流はニッコリとした表情を変えないまま頷いた。


「――話を戻そう。竜史郎と出会ったことで、弥之の中で何かが変わったのは確かだ。奴というイレギュラーの存在に当初は焦りもしたが、今回色々とヒントを与えることで何とか軌道修正することができた。後はこの『深淵アビス』に彼らを招き、弥之に立場を自覚させることになる」


「では、いよいよ『最終段階』に入られるのですわね……『新世界』創生の第一歩として」


「そうだ。だから、この大切なイベントに潤輝君は不要なんだよ。彼が傍に居ると話がややこしくなるからね。感動の兄弟対面も台無しってやつだろ?」


「……確かにですわ。ですが、あの者にまで余計なヒントを与える必要はなかったのでは? 万一、自力でわたくしの監視下から外れれば、必ず反旗を翻してお兄様の害となるでしょう」


「う~ん、研究者としての興味かな? 潤輝くんが『赤鬼レッド』として、どこまで足掻けるのか見てみたい……案外、新たな進化を見せてくれることも期待している。そして、弥之が『Øファイ』として成長してくれる踏み台になればより最高だろ?」


 まるで少年のように瞳を輝かせる廻流に、ミクは呆れたように溜息を吐く。


「……醒弥せいやお兄様の悪い癖ですわ。お兄様は『新世界の神』となられるお方……あまり興が過ぎると足元を掬われますわよ」


「悪かったよミク。お前の力を信頼してのお遊びさ……一応、忠実で頼れる穂花さんを傍に置いてあるけど、あまり度が過ぎると思ったら『赤鬼レッド』が増えた後にでも、潤輝君をヤッちゃっていいからね」


「そういたしますわ……まぁ、利用できる内は黙認いたしますわ」


「苦労かけるね」


「いえ、全ては『ゴット』となられる醒弥せいやお兄様と、わたくしと同じ『救世主メシア』である弥之お兄様のためですから――二人とも最愛のお兄様ですわ」


 真っ白な頬をピンク色に染め、ミクは廻流の胸に抱きつき小さな顔を埋めた。

 彼は優しく、少女の白髪を愛撫する。

 自称、兄妹と語った割には年齢差を超えた恋人同士にも見えてしまう。


「いよいよだ、弥之……お前がこの深淵アビスに来るのをどれだけ待ちわびたことか……オレのただ一人の弟よ」


 西園寺 廻流――いや、夜崎 醒弥せいやと言うべきか。


 ディスプレイに映る弥之の顔を眺めながら、醒弥せいやは微笑を浮かべた。

 





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