第127話 姉への気持ち




 ~篠生 彩花side



 その時だ。



 斬ッ!



 鋭い刃によって、何かが切り裂かれたと悟る。


「――翔太!?」


 穂花が咄嗟に叫ぶ。


 あたしもチラッと瞳を向けると、既に翔太の頭部が宙を舞っていた。


 復活した、カナネェさんが一刀両断したのだ。

 

 しかもある事に気づく。

 あのカナネェさんの瞳は、あたしと同じであったこと――。


 そうか。

 翔太に噛まれ感染して『黄鬼』になったと同時に、『弥之センパイの血液』を体内に入れたのか。


 流石、現役の看護師ナース、やるぅ♪


 けど、翔太さん……。


 生前は優しくて爽やかな感じで……好きだった。


 あたしにとって初恋の人。


 けど、あんな薄汚い内面だったと知って幻滅した。


 いくら実は、前々からあたしに好意を持ってくれたとしても、結局は穂花にいいように利用されているだけの先輩だ。


 そんな人に気持ちを打ち明けなくて、ガチでラッキーだったと思う。

 ましてや初めてを捧げるなどあり得ない。


 そういう意味じゃ、この姉に感謝してるよ。


 おかげで胸を張って、弥之センパイを想っていられるから――。


 あたしは気持ちを入れ替え、穂花に視界を置いた。


 彼女は、まだ翔太が斃される有様を見入っている。


 ――チャンスだ。


 これを最大限に活かしてやる!


「隙ありだっつーの!」



 ガゴォォォン!



 穂花の頭部に目掛けて、思いっきりシャベルを振り降ろしブチかました。

 武器を通し無惨に砕ける感触が両腕に伝わる。


「クッ――彩花ァッ!」


 しかし穂花は生きている。


 穂花は咄嗟に右腕を頭部に翳し、シャベルの一撃を防御した。

 右腕の骨が砕け『骨刃ブレード』が粉砕され肉片が飛び散るも、研ぎ澄まされた斧と化した刃が、穂花の頭部へ届く前に素早く後退される。


「まだだぁ!」


 振り降ろしたシャベルを振り上げ、さらに踏み込む。

 胴斬りを浴びせようと、大きく薙ぎ払った。


「チィッ! 仕方ないわね!」


 穂花は左腕を掲げ盾にする。

 先程と同様にあえて腕を犠牲にして、さらに後ろへと下がった

 辛くも二撃目を回避されてしまう。


 クソッ、なんてすばしっこい!


 いや見切られているんだ……あたしの太刀筋が。

 中学生まで、ずっと一緒に剣道をやっていたから?


 お姉ちゃん……。


 無意識に当時の記憶が交差してしまう。


 いつも親身に稽古をつけてくれた大切な思い出。


 強く正しく美しいお姉ちゃん……。

 あたしの目標であり憧れであり……。


 だけど、あたしは逃げ出した。


 お姉ちゃんに敵わないと悟ったから。

 優秀な彼女と比べられるのが嫌だったから。


 ……いや違う。


 あえて追いかけるのをやめたんだ。


 万一、お姉ちゃんに勝ったら傷つくだろうな。

 可哀想だな。

 嫌われないかな。


 心の奥でそう思っていた。


 これまで毎日一生懸命に頑張って姉、その後ろ姿をずっと見てきたからこそわかっている。


 あたしは姉に勝ってはいけない。

 ならば一生、不出来な妹でいよう。


 ずっと大好きなお姉ちゃんのために――。



「彩花、太刀筋に迷いがあるって言ったでしょ? だからギリギリで躱せるのよ」


「その両腕で? そっちだって、もう攻撃できないしょ~?」


「……そこは認めるわ。まさか、あんたが『赤鬼レッド』となった、わたしと互角以上に戦えるなんてね……一番の誤算よ」


「だったら観念しなよ。楽に殺してあげるからぁ」


「嫌よ。それに人喰鬼オーガだもの。痛みなんて感じないわ」


 穂花は悪態つくように余裕ぶった口調で、姿勢を変えないまま少しずつ後退している。

 剣道特有のすり足だ。達人ほど足さばきが上手い。


 こいつ逃げる気か?


「逃がすわけねぇっつーの!」


「――彩花ちゃん、大丈夫!?」


 カナネェが駆け付けてくれる。


 同時に彼女の背後から、ある物体が猛スピード迫ってきた。


 それは首を無くした、翔太の身体だ。

 両腕を掲げ、手の甲から突出した『骨刃ブレード』で襲い掛かろうとしている。


 バカな、奴はカナネェさんに斃された筈なのに!?


「ネェさん、後ろ!」


「クッ!」


 カナネェさんが振り返ると同時に、あたしも速攻で動く。


 二人並び、ほぼ同時に翔太の身体に斬撃を与えた。

 両腕を『骨刃ブレード』ごと破壊し、胴体を真っ二つに斬り裂く。

 圧倒するパワーとスピードで返り討ちにする。


「――ハハハハハッ! 最後の最後でようやく役に立ってくれたわね、翔太ッ!」


 穂花の声が聞こえ、あたし達は振り返る。


 いつの間にか奴は、使用人達の屍を越えた廊下の先まで移動していた。


「……これ、あんたの仕業?」


 あたしは、翔太の残骸をシャベルの剣先でつっつく。


「まぁね。人喰鬼オーガを操ることができるのが『赤鬼レッド』の能力でもあるわ。『白鬼様マスター』ほどじゃないけど、死んだばかりの状態なら単純な動きの指示くらい送れるわ。まぁ、その為に翔太を傍に置いていたと言ってもいいかしら? 保険ってやつね」


「ムカつく……逃げんなよ。最後まで戦おうよ、お姉ちゃん」


「また今度ね。今日はわたしの敗けでいいわ……勝負には敗けたけど、ってやつよ。じゃぁね――彩花」


 穂花は言いながら闇の中へと消えていく。


 あたしは追撃するべきか迷った。


 ぎゅっ。


 カナネェさんが、あたしの手を握りしめる。

 

 同じ赤い瞳を向けて「行っちゃ駄目よ」っと、引き止められているような気がした。


 あたしは頷き、シャベルを降ろした。

 二人の『戦闘モード』が解かれていく。


「ネェさん……大丈夫?」


「うん。彩花ちゃん、ありがとう……けどごめんなさい、足を引っ張っちゃったみたいで」


「そんなことないよ。カナネェさんが、あいつを斃してくれたから、穂花に隙ができて追い詰めることができたんだから……まぁ、逃げられちゃったけどね……」


 本当は相打ち覚悟だったしね。

 それに仕留められなかったのは、あたしが迷っていたからだ。


 この手で姉を殺せるか――。


 実際に、何度も穂花に見透かされていた。


 パパとママは勢いでやれたのに……。

 きっと、なまじ言葉を話し知性を持っていたからだと思う。


 それに昔のことも、はっきりと覚えていた。

 ほとんど、あたしへの捻じ曲がった一方的な嫉妬と恨み節だったけどね。


 それでも意志を持った『姉』には変わりない。


 あたしが憧れ大好きだった……お姉ちゃんには――。


「あの『赤鬼』の子……彩花ちゃんのお姉ちゃんね?」


「うん、情けないけど……人間だった頃はあんなんじゃなかったんだけどね~」


「本人も言ってたけど、人喰鬼オーガになって人間を食べているうちに、『裏の部分』が大きくなっちゃったのかもね……私も『黄鬼』になっていく際に、そういった衝動が目覚めていくのを実感したわ」


「……そう、でもよく回避できたよね? 『黄鬼』は若干の理性はあるけど、飢餓症状が激しくて、大抵それどころじゃないでしょ?」


「完全に『黄鬼』になる前に、弥之くんから貰った『抗体血清ワクチン』を口に含んだのよ。後は気合と根性で噛み砕いたわ。伊達に修羅場を潜り抜けてないしね」


 忘れてた。


 カナネェさんって元ヤンだったんだ。

 確か、通り名は『剣聖のカナエ』だっけ。


 ネェさんっぱねぇっすわ。


「けど、穂花って子……考え方や喋り方は違うけど、口振りとか駆け引き具合が彩花ちゃんに似ていたわね?」


「まぁね……あたしの方が真似っこしている部分もあったかな。お姉ちゃん、他人に弱味なんて見せたことなかったし……どんなに辛いことがあってもね。だからかな……あんな見栄っ張りの自己顕示欲になったと思う。依存していた、あたしも悪かったかもね~」


「……そう。彩花ちゃん、大丈夫?」


「何がぁ?」


「涙……出てるわよ」


「え? ん? マジぃ、変なの~」


 カナネェさんに言われ、あたしは泣いていたことに初めて気づく。


 気持ちじゃ斃さなきゃっと強く思い込みながらも非情に撤しれない自分がいる。

 これが自分の弱さだと思った。


 だから、お姉ちゃんが嫉妬するほど、あたしなんて大した存在じゃないのに……。


 どうして……あんな……。



 ふわっ。


 不意に柔らかく覆い包み込むような優しい感触。

 カナネェさんがあたしを抱きしめてくれた。


「……ネェさん?」


「彩花ちゃんは今のままでいいのよ。変わる必要なんてない」


「うん、うん……ありがとう」


 あたしはカナネェさんの豊かな胸にうずくまり、静かに涙を流した。

 彼女の優しい言葉と温もりが嬉しい。

 第二のお姉ちゃんと言ってもいいかもね。


 そんな中、トランシーバーからザザッと音が鳴る。


『――みんな、例のモノを入手したぞ。これから迎えに行くから、各自屋敷で待機してくれ。予定通り、このまま屋敷を脱出する!』


 あたしは顔を上げる。

 カナネェさんと瞳を合わせ力強く頷いた。






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