第125話 気合の一閃
~久遠 香那恵side
「――変わったね、彩花。あんたも中学のころまで剣道やってたわね……高校に入学したのと同時にやめたっけ。丁度、わたしが全国大会に優勝した頃からだわ」
向って来る彩花ちゃんを見ながら、穂花は懐かしそうに語る。
細い両腕の甲から鋭利な『白刃』を突出させた。
兄さんが教えてくれた『赤鬼』の能力ね。
刀のようにも見えるけど、前腕骨を変化させた『骨の刃』にも見える。
以前、美ヶ月学園で戦った『変種の青鬼』も自分の肋骨をブーメランにして飛ばしていたわ。
そう過らせていると、私の前に『赤鬼』の翔太が立ちはだかる。
「居合道のお姉さん。貴女の相手は俺がしてやるよ」
「……そう」
「穂花、すぐに終わらせるから、彩花ちゃんを生かしておいてくれよ!」
「バカにする!」
ムッとした私は、翔太を間合いに入れて抜刀した。
ガキッン!
翔太も穂花同様、手の甲から『
互いの刃が交わり一瞬だが火花が散った。
「くっ!」
いくら力を込めようとも、翔太はぴくりとも動かない。
ここで引けば斬られてしまう。
そう予期し硬直した状態となる。
一方、彩花ちゃんは……。
「あたしの心配はいらないっつーの!」
ガゴォォォン――!
シャベルをフルスイングし、穂花を吹き飛ばした。
「な、何ッ!?」
穂花は咄嗟に『
もう片腕から『
「……さ、彩花、貴女の力は一体!?」
「教えるわけないしょ! もうあんたなんか、お姉ちゃんでもなんでもない! いや姉だからこそ、ここで仕留める! ずっとそう決めていたんだからね!」
彩花ちゃんの決意は本物だ。
出会った時から、そう感じていた。
だから兄さんは包み隠さず、彼女に見たままのことを教えたんだわ。
身内だろうと、人間を食らう
「――まぁ、いいわ。けど勢いとは違い、太刀筋に迷いがあるわね。そんな大振り、わたしに届くことはない!」
穂花は二刀の『
シャベルと白刃が交わり、激しい打ち合いが始まる。
互いの動きが速すぎて、鍔迫り合っている私の状況では目視することできない。
だけど心なしか彩花ちゃんが苦戦しているように見える。
穂花が言った「迷い」が原因だろうか。
しかし、それを差し引いても穂花という『赤鬼』はかなり強い――。
「看護師のお姉さん。他人を心配するとは随分と余裕じゃないか、ええ?」
鍔迫り合っている翔太が言ってくる。
「ま、まぁね……イケメンくん」
余裕ぶっているけど、そろそろ腕が限界になっている。
ここは一端、引いて体勢を整えたいんだけど……穂花を見ている限り、こいつらのスピードに、私がついて来れるかどうか。
「この刀、独特の刃紋……『村正』か?」
「だったら何よ!?」
「見た目も悪くない、寧ろいいじゃないか……殺すには惜しいね、お姉さん」
「何が言いたいのよ!?」
「
「バカにするなと言っている!」
私は刀を引き後退する。
次の攻撃体勢に移ろうと構えた。
が、翔太の姿はどこにも見当たらない。
「――看護師のお姉さん。確かに、貴女は剣の腕は立つし強い。だが所詮は人間のレベルだ」
背後から声がした。
私は振り向こうとするも、後ろから抱きつかれしまい身動きが取れない。
喉元に、『
微かに刃に触れ、薄っすらと血が滴り落ちた。
「クソッ! 離せぇ!」
「実に綺麗な血液だね……ますます気に入ったよ、綺麗なお姉さん」
耳元で、翔太が囁いた瞬間――私の首筋に歯を立て肉に食い込んだ。
「きゃあ!」
「安心しろ、一噛みだけだ。綺麗な身体のまま逝かせてやるよ。後は感染してくのを待つだけ……『
拘束する力が緩み、翔太が離れていく。
私は力を失い、うつ伏せで床に倒れた。
「カナネェさん!?」
どこかで彩花ちゃんが叫ぶ声が聞こえる……。
しかし、その声は次第に遠くなっていくのがわかる。
それは私がウイルスに感染し、少しずつ
痛みが消失し思考が鈍りつつあるも、異様な衝動が身体から湧き上がっていく。
力が漲りつつ、その反面で激しい空腹感が襲う。
人間の血と肉を欲する欲求、捕食の本能だ。
これが
私は体感しながら、ウエストポーチに手を触れる。
なんとか意識を繋げながらチャックを開け、ある物を取り出した。
――弥之くんの血液が入った採血スピッツだ。
しかし、もう指先の感覚がなくなっている。
これでは注射を打つことができない。
けど手段はある。
いえ、手が使えないのなら――
私は辛うじて握りしめた採血スピッツを口元まで持って行き、そのまま咥えた。
「……看護師のお姉さん。まだ30秒程度しか経ってないのに思いの外、感染が早いようだ。もう皮膚が黄色くなっている。もうじき『黄鬼』の誕生だね」
「ぐっ、ぐが……こ、こう、つごうよ」
「なんだって?」
翔太が聞き返した瞬間だ。
バキッン!
プラスチック製の何かが割れる音。
刹那。
「ぐぅあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
私の身体中が燃えるような苦しみが襲い、床でのたうち回る。
嘔気と悪寒が襲い、血液中の何かが浄化され消滅されていく感覚を味わった。
そして、すうっと苦しみが消失し、身体が楽になった。
いや寧ろ。
「――ふぅ。流石ね、弥之くん……ちょっと身体に取り入れただけで、すぐ治まっちゃうんだもん」
私は何事も無かったかのように、すくっと立ち上がる。
「な、なんだ!? 一体何をしたんだ!?」
その光景に、翔太は驚愕した。
「抗体ワクチンを体内接種したのよ。正確には口腔摂取かな……『黄鬼』になる瞬間、歯でスピッツを噛み砕いてね。そうすれば嫌でも口に含まれて血清を飲み込むでしょ?」
「俺が聞いているのはそこじゃない! 抗体ワクチンなんて存在知らないぞ!」
「知らない? そう……キミってその程度の存在みたいね。兄さんから聞いた『白鬼』、あるいは『神』から聞かされてないのかしら? それとも、そいつらでさえワクチンの存在を知らないのかもしれないわね……今はどうでもいいわ」
「さっきから何、余裕ぶっこいてやがる看護師め! テメェが感染を回避したって、『
さっきまで紳士ぶっていた癖に、チンピラのように言葉が荒っぽくなっている。
これが、こいつの本性ってわけね。
やっぱり上辺だけの男……心の芯から強い弥之くんとは違う雲泥の差。
私は『村正』を構え、先程と同様に抜刀術の構えを保持する。
「一つだけいい事を教えてあげる。『黄鬼』から人間に戻ると、稀に常人を超える力が身につくことがあるわ……彩花ちゃんがいい例よ」
「な、なんだっと!?」
「……三浦巡査のこともあったから、同じような年齢の私も対象になるかわからなかった。けど、
「糞女ァ! 何を言ってやがるぅぅぅ!!!」
翔太は両腕から『
「破ァァァッ!」
――斬ッ!
気合一閃で抜かれた刃は、翔太の首元を捉え両断した。
頭部だけが床に転がり、首から下の身体は血飛沫を吹き出しながら両膝から崩れて倒れる。
「バ、バカな……速い……速すぎる……!」
首だけの状態なのに、まだ生きている。
流石は進化した『赤鬼』ってところか。
私は頭部の前に立ち、『村正』を振り降ろす。
「はっきりしない男は嫌われるのよ……それに気合いと根性も足りないわね。だから、あの穂花って彼女にも翻弄されるのよ」
私は刀身を翳し、映り込む自分の双眸を確認した。
――瞳孔が赤い光を宿し煌々と輝いている。
有栖ちゃん達と同様、私の身体も超人的に強化されている証だった。
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