第122話 赤鬼との遭遇




~久遠 竜史郎side



 俺は『例のモノ』を入手するため、別館の駐車場に辿り着く。


 執事の濱木から扉を開けるパスコードを聞いており、ロックを解除しようとパネルを触る。

 しかし扉の施錠は既に解除されていることに気付いた。

 

 潜入任務スニーキングミッションを得意とする俺は物音を立てずに、こっそりと忍び込む。


 案の定、薄暗い駐車場内で先客がいることに気付き、咄嗟に物陰へと身を潜める。

 こっそりと顔だけ出し、一ヵ所で屯っている連中を観察した。


 学生服を着た二人の若い男女。

 それに、身体を左右に揺らして佇む『青鬼ブルー』の人喰鬼オーガ達が目測で約30体ほどいる。


 妙な連中だ。


 俺の知る限り、『青鬼ブルー』があんなに落ち着いて立っているのは稀だ。

 まるで首輪と鎖で縛られた飼い犬のように思える。


 最も違和感があるのは制服姿の男女だろう。


 あまりにも普通すぎる。

 一瞬、人間だと思えるほど。


 にしては周囲の『青鬼ブルー』は何もしてこない。

 寧ろ従順に付き添っているように見えて仕方ない。

 飼い主に「待て」を命じられた犬のように。


 きっと首輪と鎖を付けているのは、この二人に違いないと睨んだ。

 だとしたら人喰鬼オーガなのか?

 

 『変種』か?

 それにしては……。


 未知の存在に、さっきから迷走しながら見入っていた。


 幸い、『青鬼ブルー』の血を身体に塗り臭いを消している。

 物音さえ立てなければ気づかれることはないだろう。

 俺に限ってそのミスはないがな。


 流石に一人で、あれだけの人数を相手にするには骨が折れる。

 ここはやり過ごすのが無難だ。


 そう判断する。


 しかし連中は一体何が目的なんだ?

 どうして扉を開けることが出来たんだ?


 疑念が過るばかりである。



 そんな中、ふと照明がついて辺りが明るくなった。


 俺は死角で隠れているので見つからず、より身を潜め気配を消す。

 そして男女二人の正体に気付く。


(やはり、奴らは人喰鬼オーガだ! しかも『赤鬼レッド』だと!?)


 心の中で驚愕し、そう理解した。


 どちらも皮膚が真っ赤に染まり、首筋から頬に掛けて黒い血管が枝分かれして浮き出されている。

 さらに眼球も黒く瞳孔部分だけが赤く煌々と光っていた。

 生きる屍らしい特徴が出ている。


 だが、それ以外は至って普通の人間と変わらない仕草だ。


(初めてみるタイプ……新種か? いや成長、あるいは『進化』したように見える)


 俺はそう分析する。


 それに雰囲気が、どこか戦闘時の『有栖達』に似ているような気がしてしまう。

 一体、どんな存在なんだ?


 さらに女が着ている制服にも見覚えがある。


彩花シノブと同じ制服だ……聖林工業だっけか? だとしたら、あの二人が彩花が探しているかもしれない人喰鬼オーガか……)


 そう思い、知らせるべきか考えている。


 すると何か機械音が発生した。


 駐車場の床下からだ。

 

 床一面が正方形に開かれ、下から大きな何かが浮いていく。

 エレベーターである。

 大型自動車が余裕で収納できるサイズのスペースだ。


 エレベーターから大勢の中高年の男達が出てくる。

 

 全員、人間だ。


 しかも見覚えがある顔ぶればかりである。


(……あいつらは確か)


 シェルターで時折すれ違っていた連中だ。


 杖をついた爺さんもいる、名前は『飯田 充蔵』だっけ?


 いつも、俺達にしつこく「トイレットペーパーを分けてくれ」と訴えてくるので、最初は丁寧に断っていたが、いい加減にウザくなり最終的には「手で拭け!」と怒鳴ってやったのを覚えている。


 もう一人の痩せた背の高い白髪頭は『蟹井 大輔』だ。

 遊殻市の市長……香那恵の話だと前は随分と偉そうな奴だったらしい。

 今じゃただの被害妄想に苛まれた男みたいだな。

 

 そして、恰幅のいい中年男。

 こいつは良く覚えている。

 

 代議士の『秋元 照広てるひろ』。


 弁護士である俺の親父が、よくこいつのことを調べていた。


 西園寺財閥と医療業界の斡旋、さらに医療法人『西園にしぞの会』に所属する医師と製薬会社との癒着について。


 その仲介や手引きをしていたのが、この秋元っていう男だ。


 親父は当時、医療ミスなどで西園寺財閥が運営する医療法人『西園会』に対する『被害者の会』立ち上げていた。

 奴らのことを調べていく内に、その実態に気づき幾つか証拠を掴んだところ、『西園寺 勝彌かつみ』が雇った『殺し屋』に殺されたってわけだ。


 何故、そう言えるかって?

 痕跡を一切残さない見事な仕事ぶりだからだよ。


 プロの傭兵としてあらゆる技術を修得している、今の俺だからこそわかる。


 その癖、事故死ではなく、お袋ごと惨殺するという手段を用いていた。

 まるで「天誅」と言わんばかりの警告だ。

 おかげで「被害者の会」は解散、誰も西園寺財閥を敵に回すような真似をする者はなく今に至っている。

 

 両親を殺した奴……おそらく俺と同じ部類、案外そいつも傭兵なのかもしれない。


 そんなプロを秋元のような男では雇えない。

 代議士とはいえ、奴は小心者としても有名だ。


 当時、日本国内でそれだけの力を持ち、法を無視して好き勝手できる人間は『西園寺 勝彌かつみ』だけだろう。


 本当なら、秋元も復讐対象として始末してやりたいが、俺は無視した。

 

 少年達の前で騒ぎを起こすのを躊躇したことと、一番は唯織に配慮したからだ。


 健気に父親が犯した悪事と真摯に向き合おうとしている姿勢に感銘を受けたから――。

 あの若さで受け入れられることではない。

 いくら親子とはいえ、何も知らない彼女が背負う必要もないだろう。

 

 秋元なんぞ、居場所さえわかればいつでも始末できるからな。


 まずは『勝彌かつみ』から――そう思ったまでのこと。


 俺は他の男達の顔を一瞥する。

 いちいち名前は憶えていないが、どいつも見たことのある避難民達だ。


 所謂、上級国民ってか?

 どうでもいいが、どうして連中がエレベーターから出て来るんだ?


 それに、何故奴らは人喰鬼オーガ達に襲われない?


「――待たせたのぅ。この駐車場エレベーターに乗れば、その人数でも一度にシェルターへ降りられずぞ」


「ありがとう、協力に感謝する」


「シェルターから屋敷内に入れるってわけね?」


「そうじゃ。既に扉の施錠ロックも解除しておる……使用人共には内緒でな」


 飯田は顔の皺を歪ませ、不敵の笑みを浮かべる。


 こいつら……人間の癖に人喰鬼オーガと手を組んだってのか?

 嫌な予感的中ってわけだ。


 それよりも、あの『赤鬼レッド』の男女二体……普通に言語を話しているぞ。

 知性も人間並みにあるってのか?


 奴らをこのままシェルターに行かせるのはまずい。

 香那恵と彩花が危険だ。

 しかしあの人数と得体の知れない『赤鬼レッド』二体……俺一人では分が悪すぎる。


 ここはプロらしく冷静クールに任務優先だ。


 今から香那恵達には無線で知らせ、使用人達ごと屋敷内に避難させ防衛線を張らせる。

 屋敷内には少年もいるからな。

 噛まれたとしてもなんとかなるだろう。


「あと約束通り、ワシのトイレットペーパーには手を触れるなよ!」


「わかっている。しつこいぞ」


「そんなの触りたくもないわ」


「それとよぉ、使用人の女は残してくれよぉ! 避難している女達もな! 特に看護師の服をきたネェちゃんは色っぽい美人で堪んねぇ!」


 中高年が多い上級国民達の中で、一番若くチャラそうな金髪男が長い舌を出して要求している。

 奴は秋元の息子だったな。

 いつもいやらしい目で、妹の香那恵を見ていたっけ。


 なるほど、そういうことか……。


 上級国民達は、あの『赤鬼レッド』達と交渉したようだ。


 このシェルターを乗っ取るために――。


 つまり互いの利害が一致したってことか。


 だとしたら『赤鬼レッド』達の目的はなんだ?


 人間を捕食する目的だとしても、わざわざこんな辺境で面倒くさい屋敷とシェルターを狙うのも考えにくい。

 知性があるなら尚更そう思うだろう。


 俺が推察している中、女の『赤鬼レッド』が金髪男の前に立つ。


「な、なんすか?」


「……貴方、嫌いなタイプね」



 グサッ



 女が言葉を発した瞬間、手の甲から『刃』が突出し、金髪男の胸を貫いた。


「ぐぇ……!?」


 刃が抜かれ、金髪男はその場で倒れる。


 その光景に周囲の人間は大口を開けたまま呆然と佇み、父親である秋元だけが駆け寄った。


「あ、あーっ、貴司! 息子になんてことをするんだぁぁぁ!!!?」


 しゃがみ込み非難する秋元に、男の『赤鬼レッド』が見上げる。


「決まっているだろ? もう利用価値がないから、あんたら全員を食い殺す――」



 斬ッ!



 男の『赤鬼レッド』の片腕からも『白い刃』が突出し、躊躇なく秋元の首を刎ね飛ばした。






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