第120話 籠城戦




 シェルターから屋敷へと行き戦況を確認する。


 濱木さんの報告通り、執事とメイド長など戦える使用人達が屋敷内と外から猟銃や散弾銃で人喰鬼オーガ達と交戦と籠城戦を開始していた。


 しかし何分、奴らの数が多く、既に斃され捕食されている使用人も複数いる。

 また屋敷内に侵入されては、工具用のハンマーや斧で人喰鬼オーガの頭を叩き割るなど苦戦しながらなんとか防ぎ撃退していた。


 竜史郎さんは肩に担いだボストンバックを床に置き、チャックを開け沢山の銃器類を立て籠る使用人達に見せた。


 得意の暴力団組織から強奪……いや押収した自動拳銃ハンドガンから自動小銃ライフル、手榴弾に至るまである。


「濱木さん! これを全てあんたらに渡す! 外で戦っている連中にも配備させ、なんとか場を持ちこたえてくれ!」


「久遠さん、助かります! 屋敷内の者と入れ替わる形で、外に行き渡るよういたしましょう!」


 濱木さんの指示で執事とメイド達は銃器を持ち、各場所で戦っている者達に渡

し、配置換えなどして取りに行かせるなど柔軟な対応を見せている。

 まるでバケツリレーのようにチームワークが抜群だ。


「我が西園寺財閥に長きに渡り仕える者達は男女問わず皆が、災害時や緊急の際に備えある程度の訓練を受けている。中には元自衛隊や警察特殊急襲部隊SATに所属していた者もいるからな」


 唯織先輩が両手に短機関銃ウージーを持ち、ドヤ顔で言っている。

 つまり軍隊並みに戦えるってことなのか……やべぇよ。


 そういや、ハワイで娘に銃の扱いを教えるほどの父親だったな。


「うむ、なんとかなりそうだな。俺は早速行動を起こす! 少年は屋敷内から狙撃しろ! 美玖は教えた通り全体のフォロー、嬢ちゃんとイオリは外で使用人達と戦ってくれ! 俺が『例のモノ』入手したら迎えに行く! 香那恵とシノブには無線でやり取りするよう皆と同じ無線機トランシーバーを渡してある!」


「「「「わかりました」」」」


 竜史郎さんの指示に僕達は頷き行動を起こそうとする。

 こちらはこちらで司令塔がしっかりしているのでチームワークが抜群だ。


「……唯織お嬢様も戦いになられるのですか?」


「勿論だ、濱木。正直に言うと、早く撃ちたくてうずうずしているのだ」


 心配する執事長を他所に、唯織先輩は包み隠さずトリガーハッピーを発症しつつある。

 

 濱木さんを含む使用人達は「旦那様と同様、また悪い癖が出てしまった」と呆然としていた。

 またって……どうやら身近にいる者達はわかっていたらしい。

 しかも父親の『勝彌かつみ』も同じ症状持ちだったのね。


「竜史郎さん! 私と唯織さんで援護いたしますね!」


「そうか、助かる!」


 有栖の進言に竜史郎さんは頷きつつ、屋敷に潜入した頭部が破壊され斃されている人喰鬼オーガに近づき、首元にカラビットナイフを突き刺した。


 そのまま血液を絞り出して、自分の身体に塗りつけている。

 グロい光景だが、自分の匂いを消すための人喰鬼オーガ除けの対処法でもあった。


 竜史郎さんは割れた窓ガラスを飛び越え外へと出て行く。


 有栖と唯織先輩もその後へと続いた。



「よし、僕達も戦おう! 美玖もまず撃ち漏らして近づく連中を撃ってくれ! 無理しなくていいからな!」


「うん、やってみる!」


 頷いた瞬間、美玖は雰囲気を変える。

 大きな双眸の瞳孔が赤く染まり攻撃色となった。


 身体強化され、短機関銃サブマシンガンである『FN P90』を割れた窓から外に向けて撃ち放った。

 華奢な体形にもかかわらず、反動に耐え寧ろ安定している。

 この期間で訓練した成果が出ているのだろう。


 僕もメインウェポンである狙撃M24ライフルを構え、窓から人喰鬼オーガの頭部を目掛けて撃ち素早く何体か仕留めている。


 幸い敷地内に照明が明るく照らされているので、標準タイプの光学照準器スコープでも視界は良好だ。


 なので苦戦を強いられている使用人達の支援などに撤することにする。



 にしても数が多い……まさか1000人近くいるんじゃないのか?


 全て『青鬼』のようだ。

 懸念していた『変種』やそれ以外の存在はいないように見えた。


 だけど妙な所もある。


 『青鬼』達の動きが、やたらと規則正しい。

 大抵はお互いの身体がぶつからないよう、ある程度の空間を開けて千鳥足でバラバラに向かってくるのに、まるで隊列を組み行進のように足並みが揃っている。

 何体かの小隊に分かれて機械的に迫ってくる形に見えた。


 それに、攻撃も徹底している。


 普段は噛んだ人間が少しでも感染症状が見られたら、噛むのを止めるにもかかわらず、今回は絶命するまで複数で襲い掛かっているみたいだ。

 良いのか悪いのか、執事達から『黄鬼』が誕生していない。


 ――何かが可笑しい。


 これまで経験してきた事から、そう思わざるを得なかった。



「貴様らぁ、我が西園寺邸へようこそぉぉぉっ! しかしぃ明らかに不法侵入だぞぉぉぉ、ハハハハァーハッ!!!」


 つい唯織先輩はトリガーハッピーを発症させ、短機関銃ウージーを撃ちまくる。


 乱射しているように見えるも不思議なことに無駄弾がなく、ほぼ全弾が迫り来る人喰鬼オーガ達の顔面を貫き破壊した。


「唯織さん! またすぐ弾切れを起こしますから、ほどほどにしてください!」


 有栖は宙を飛び跳ねながら銀色の回転式拳銃コルトパイソンと漆黒の自動拳銃ベレッタを撃ち放っている。


 その姿は可憐で、まるで優雅に舞う天使のように美しい。


 っと、見惚れている場合じゃない。


 僕は光学照準器スコープ越しで人喰鬼オーガ達を捉えては瞬時に頭部を撃ち抜く。

 訓練の成果もあるからか、射撃精度が向上しているのが実感する。

 何せ師匠の教えが抜群に良いからな。

 

 その師匠である、竜史郎さんは手榴弾を投げ、進路方向の人喰鬼オーガ達を撃退している。

 爆発音と煙に紛れて、目的地へと進んで行った。

 流石は手際がいい。


「――お兄ぃ、有栖お姉ちゃん達の所へ銃弾を渡してきていい?」


 あちこちで発砲音が鳴り響く中、ふと美玖がズボンを引っ張って言ってくる。


「ん? 有栖はまだ余裕がありそうだけどな……」


「唯織お姉ちゃんが無くなりそうだよ。現に二丁握っているのに、一丁しか撃ってないもの」


「……言われてみればだな。あの状態になると、唯織先輩の卓越した知力が大幅に低下してしまうようだから、残弾の計算すらしてないんだろう。でも一人で大丈夫か?」


「うん、竜史郎さんに教えてもらったし、戦いにも大分慣れてきたからね。今はもう怖くないよ」


 言いながら、美玖は赤くなった瞳で僕を見つめている。

 戦闘モードに入ると高揚状態となるらしい。


 有栖達と同じ状態なら、寧ろ僕が一緒に行くよりも安心か。


「わかった。兄ちゃんも援護してやるから行ってやってくれ」


「うん、行ってくる!」


 美玖は割れた窓から飛び降りる。

 短機関銃FN P90を撃ちながら、有栖達の所へと向かって行った。

 

 僕は援護する形で、光学照準器スコープで妹の背中を補足する。

 可愛らしい、うさぎの形をしたリュックを背負っており、その中に仲間達が使用する銃弾が入っていた。


 竜史郎さんの提案で、美玖のポジションは銃撃による支援と物資の運搬役を任され担っている。

 なんでも小柄ですばしっこさに定評があるとか。


 兄としては戦場を駆けるのは危険じゃないかハラハラしてしまうが、美玖なりに戦う決意もあるようだし、あの体質なのでチームメイトとして割り切ることにしたんだ。


 そして美玖は颯爽と駆け抜け、有栖達と合流し無事に弾薬を渡している。


 特に唯織先輩は「すまんな、美玖君! ハハハァーッ!!!」と高笑いしながら、装填リロードした二丁の短機関銃ウージを連射していた。

 ピンチになりそうだったのに、まるで反省していない。


 有栖は美玖と連携して、背中を預けながら人喰鬼オーガを撃ち斃している。


 妹と片想いの女子とのコラボに、僕も何かテンションが上がり、二人を支援する形で狙撃に撤した。


 使用人達も武器を持ち換え、手際よく駆除を行っている。

 彼らも訓練を受けているだけあり、物怖じせず対応していた。

 しかし全員が清潔そうな燕尾服とメイド服姿なだけに、ライフルやマシンガンで射撃する様はやたらと違和感を覚えてしまうが……。



 こうして、西園寺邸の籠城戦は苦戦を強いられながらも、確実に敵の数を減らしているように思われた。


 ふと余裕ができ、僕は光学照準器スコープから目を離して周囲を見渡した。


 すると遠くで、誰かが佇んでいるように見える。


「何だ、人間か?」


 再び光学照準器スコープを覗き込み、その姿を確認する。


 屋敷から約800mほど離れた先で高々と聳え立つ塀。

 その上に誰かが立っているように見えた。


 間違いない――月明りに照らされながら、そいつは確かに佇んでいる。


 学生服姿、男のようだ。

 あの制服……美ヵ月学園?


 それに、あの顔つき……見覚えがあるぞ!

 

 瞬間、僕の脳裏にある男子生徒の顔が浮かぶ。


 嘘だろ!?


 そんな……なんであいつがここにいるんだ!?


「――笠間 潤輝!?」






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