第118話 訓練と平和なひと時
あれからしばらく、シェルター生活を満喫していた。
っと言っても、僕はずっと竜史郎さんから本格的な戦闘訓練を受けている。
狙撃や射撃は勿論、ナイフを使った格闘戦などの訓練、
当然、一回や二回教わったくらいで修得できるわけはないのだが。
トレーニングルームにて。
「……驚いたな、少年」
「何がです、竜史郎さん?」
「少年は自分の身体について変調とか感じたことはないのか? そのう、体質以外でだ」
訓練の最中、彼は不意に聞いてくる。
「いえ、特には……そういえば、以前より傷の治りとか早くなったと思っています」
これまで何度か噛まれたけど、処置さえすれば比較的早く痛みが消失し、すぐに
きっと、香那恵さんの看護師としての腕がいいからだと軽く考えていたけど。
「傷の治りも早いが体力の回復も早い。驚異的と言っても過言じゃないだろう……俺が与えた訓練メニューは、超過酷で知られるあのアメリカ海軍の特殊部隊を上回る内容にもかかわらず、根を上げずちゃんとついて来ている。こなせないのを見越して、あえて課したのにな」
「……竜史郎さんの教え方と指導が上手だからですよ。ちゃんとインターバルだって与えてくれるし」
僕のよいしょに、竜史郎さんは冷静に首を横に振って否定する。
「だとしても限界はあるものさ……案外、少年も嬢ちゃん達と同じになるかもな。いやそれ以上の存在か?」
「それ以上って……やめてくださいよ。まるで、そのうち僕が怪物になるみたいじゃないですか?」
「だとしたら尚のこと、西園寺製薬の研究所に行かなければならないな……『
「……はい。まだ断定できませんがおそらく。だけど唯織先輩や女子達には言わないでくださいよ」
「わかっている。だが少年が怪物になるって線はないと思うぞ」
「どうして、そう言えるんです?」
「マイナスに働いてないからだよ。
与えたのは神じゃなく、その
「……否定はしませんけど。何故、僕なのかなって考えることもありまして……それに、この体質になって、この先どうしたらいいのだろうって思うこともあるますし」
「俺が言えることは、とにかく生き延びることだ。何があってもな……じゃないと答えなんて永遠に見つからない。その為の技術を少年に教えてやる。無論、全ての修得は不可能だ。俺はあくまで教えるだけ、後は自分で反復して磨き上げろ」
「わかりました。いつ頃、研究所に行くつもりです? 明日か明後日くらいですか?」
「……そう急ぐ必要はないさ。少年は訓練のことだけ考えていればいい」
「はぁ」
いつもなら、せっかちなくらい急いでいる癖に今回はやたらとスローペースだ。
まるで、僕を鍛え上げるために目的を延ばしているように思えてしまう。
一応、廻流って人も当面は研究室に閉じ籠ったまま出て来ないらしいし。
「もうじき例の手記も書き終える。それが完成したら、少年にくれてやろう。行くのはそれからだな」
僕が行き詰った時の参考になるマニュアルのようなモノだっけ。
なんか嬉しいな……けど同時に不安を覚えてしまうぞ。
「竜史郎さん……いきなりどっかに行ったりしませんよね?」
「死亡フラグってやつか? 香那恵さんやシノブにも同じことを言われたよ。安心しろ、目的が終わるまで、少年達と一緒に行動をするつもりだ。その後は、セイヤを探すつもりだったが、その廻流って男がセイヤっぽいしな。奴が少年の身体をいじった『白コートの男』と同一人物なら一戦交えるかもしれん。そいつが全ての黒幕かもしれんからな」
「黒幕ですか……」
確かにそうかもしれない。
僕の身体に『抗体
即ち、
そして世界中にばら撒いたバイオテロリスト。
目的はなんなのかわからないけど、これだけ多くの人命を奪い荒廃させ終末世界寸前まで陥れたんだ。
決してまともな人物でないだろう。
けど、あの唯織先輩が敬愛する義理の兄でもあるんだよな……。
もしも僕達の考えているような『敵』だとしたら、どうしたらいいんだ?
「やるだけのことをやったら、前にも言った通りアメリカに戻ろうと思う。以前、聞いたが少年も来るか?」
「はい、みんなと一緒なら、是非に――」
前は少し考えたけど、今の僕は即答で答える。
まだ母親の絵里のことや気になることは沢山あるけど……。
僕は竜史郎さんと、みんなとこれからも一緒に過ごしたい。
そこに偽りがないと心から思えている。
「ミユキく~ん!」
有栖が訓練室に入ってくる。
「やぁ、有栖……」
戸惑いながら、彼女を呼び捨てで言ってみる。
あれから進展があり、そう呼んでいいって流れになったけど、やっぱりまだ少し戸惑ってしてしまう。
僕にとって彼女は憧れの女子なのには変わりないわけで……。
「訓練どう? 進んでいる? これ栄養ドリンク、良かったら飲んでね」
有栖は微笑みながらタオルと水筒を渡してくれる。
相変わらず優しいなぁ。
ちなみに新体操部でよく作っていた彼女の特性らしい。
「いつもありがとう、有栖。嬉しいよ」
僕がお礼を言うと、有栖は「えへへへ」と頬を染めて照れている。
うん。
まるで部活練習中に付き合っている彼女に労ってもらっているようなシチュエーションだぞ、これ。
これまでろくな青春を送ってなかった分、ガチで勘違いしそうなんですけど。
「それと竜史郎さん。美玖ちゃんとイオリさんとで射撃訓練していたら、そのぅ、銃弾を使い切ってしまって……」
「わかった。今すぐ作ってやる。嬢ちゃん達にも教えるから、使用した薬莢を集めてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
竜史郎さんの返答に、有栖は礼儀正しく頭を下げて見せた。
「作るって、銃弾を作れるんですか? 竜史郎さんが?」
「ああ、このシェルターにはリローディングキットが設備されているからな。散弾からライフル弾まで部品があれば
やっぱりやべぇよ、この人。
ひょっとして、できないことないじゃないのか?
つーか、そんな設備があるこのシェルターもっぱねぇよ。
後々聞いた話だと火薬類取締法の乗っ取り、狩猟と射撃目的で登録と許可を得た上で1日に100個以下までの製造ができたらしい。
まぁ今の時代となったら、当然その限りじゃないんだけどね。
「少年にも教えてやる。休憩が終わったら一緒に来い」
「ミユキくん、行こ」
「うん。わかったよ、有栖」
休憩後、僕は有栖に手を引っ張られ、竜史郎さんと共に射撃場へと向かった。
何だか避難しているとは思えない楽しくて充実した日々を送っている。
永遠に続けばいいと思いながらも、そういうわけにはいかない。
近いうちに現実と向き合わなければならないと心の片隅に置いていた。
――西園寺製薬の研究所で、『
僕の運命と体質を変えた、『白コートのアラサー男』かもしれない人物。
きっと今後の僕達を大きく左右する何かが待っているのだろう。
そんな気がしてならない。
こうして、あっという間に数日が過ぎ、もうじき一ヵ月になろうとしていた頃だ。
その日の夜、濱木さんから連絡が入る。
――屋敷の敷地内に
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