第八章 元凶ナル魔館~苛烈

第115話 目覚めさせた怪物




 ~笠間 潤輝side



 あれから数週間が経過する。


「ご苦労さ~ん♪」


 ボクは西園寺家の屋敷に行くため、頼もしい仲間達・ ・ ・を引き連れて悠々と『検問所』を通ろうとしていた。


 本来、感染者が多い『遊殻市』から住民達を隔離するため、自衛隊が封鎖目的で行っている検問である。


 西園寺家の本邸は山を登り更に奥にあり、ぎりぎり遊殻市地域にある。

 だが山を別ルートで降りると、すぐに隣町に行けてしまうという理由で『検問』する対象となってしまったようだ。


 通常であれば西園寺家の者や彼らと所縁のある者なら、身分証を呈示すればすんなり通してくれるだろう。


 しかし、今はそうはいかない――。


 何せ検問している自衛隊員達は全員が感染し、人喰鬼オーガに成り果てているからだ。


 大義名分こそ他国と異なるも、事実上は武装した軍隊。

 現に国際法上は軍隊として取り扱われている軍事組織だ。


 そんな日本最強の武装を誇る自衛隊員達を襲い人喰鬼オーガに感染させただけでなく、襲った側も無傷だって言うのだから……。


「――つくづく、キミ達カップルが恐ろしいよ。さかき君に篠生しのぶさん」


 ボクは背後から歩いてくる、二人の男女に向けて視線を送った。


「……『変種体Var』だったとはいえ、『青鬼』の頃の記憶は曖昧だよ、笠間くん」


「そうね。空腹と攻撃衝動だけで生きていたような存在だったから……今は気分がいいわ」


 例の聖林工業高校三年の『青鬼』カップル――さかき翔太しょうた篠生しのぶ 穂花ほのかだ。


 しかし、二人とも『青鬼』ではない。


 全身の皮膚が鮮やかに赤く染まった――『赤鬼レッド』である。



 あれからすぐボクのプロデュースの下、人間が多く集まってそうな避難所や隠れ家などを襲わせ、目標である1000人捕食を達成させた。


 先日、ようやく進化し晴れて『赤鬼』となったのだ。


 初めての育成プロデュースで、一度に二番目と三番目の『赤鬼』を誕生させたボクって凄くね?

 

 だから達成後、ボクはすぐ意気揚々と上司であり女帝『白鬼』であるミクちゃんに思念で報告してみた。


 すると、


〔やればできるじゃありませんか。サボってないで、とっとと次の『赤鬼』育成と西園寺邸の襲撃を急いでください。もう期限が近づいてますわよ〕


 ドライな上司の評価と雑な言い草に、ボクは「え? それだけ?」と内心不満に思った。


「ちょい、ミクちゃん……もう少しボクを褒めてくれよぉ。普通、初めての育成にもかかわらず、一度に二体の『赤鬼』って快挙だと思わない? 部下に対して飴と鞭は使いようじゃないかい?」


〔……普通ならそういたしますわ。ですが潤輝さん貴方……育成中、穂花さんに悪戯しましたね?〕


「えっ、何!?」


〔何じゃないですわ……わたくしを誰だと思っています? 人喰鬼オーガ達の行動や操作まで『白鬼』である、わたくしに不可能はありませんの〕


 こりゃ駄目だ。

 全てバレているぞ。


 ボクは誰もいない、その場で両膝を地面につけた。

 額を地面に擦りつけ、潔い土下座を披露する。


「大変申し訳ありませんでした!」


〔『赤鬼』となり知性と理性を取り戻したことで、『食欲』が抑えられるようになった反面、他の『欲情』が芽生えてしまうのは、ある意味では仕方のないこと……しかし、わたくしは予め貴方に念を押した筈ですわよね?〕


「はい! ですが、おっぱいを一回揉んだだけであります!」


 『青鬼』とはいえ、穂花の顔と身体は魅力的で、つい出来心でやってしまった。


 地味に、裏切った『あの女』にも似ているしな……。

 

 ――元カノ、姫宮 有栖。


 今でも許せない糞女だ。



〔わたくしは行為や回数を言っているわけではありませんわ。たった一回のルール違反が、積み重ねで大きな過ちを犯すのです。おわかりですの?〕


「はい、勿論です(教師か、この餓鬼……)!」


〔教師か、この餓鬼――それが潤輝さんの本心ですわね?〕


 やべぇ、しくった!

 ミクにはボクの考えが筒抜けだったんだ!


「申し訳ございません! 二度とこのようなことは致しませんし、貴方様にも永遠の忠誠を誓っております! これは本当の本心からです!」


〔……わたくしに忠実という意志は本物だと理解しましたわ。仮にも貴重な『赤鬼レッド』であり今回の働きもあります。とりあえず不問としますが、今後自分の立場と権限を利用して女性人喰鬼オーガに対する悪さは許しませんわよ〕


「はっ、以後厳守いたします」


〔美味しい思いをしたいのなら、まずは確実なる成果を見せてください。それから『飴』でも与えましょう〕


「はい必ずや!」


 こうして、ボクの墓穴を掘った報告が終了したんだ。




 ふぅ、中間管理職は辛いな……。


 しかし『飴』って、ボクに何を与えてくれるんだ?


 まさか、ミクちゃんとのイチャコレご褒美タイムか?


 確かに類まれない美少女。

 白き妖精と言っても過言じゃない容貌だ。


 けど、ボクはロリ系じゃない。

 どちらかと言うと、凹凸のあるスタイルが好みだ。


 まぁ、ミクちゃんならギリギリのストライクゾーンだけどね。

 たまには、そっち系に走るのも有りかもしれないぞ。



「――潤輝くん」


 ボクが妄想に浸っている中、穂花が声を掛けてくる。


「なんだい、篠生さん?」


「穂花でいいわ。たった今、『白鬼ホワイト』のミク様から思念で『潤輝ッ、貴様いい加減にしとけよ!』って伝えなさいとお願いされたわ」


「げっ! チャンネル切っているのに、ボクの思考がわかるのか!?」


「こちら側が一方的に切ったって、あの方からは強引に割り込めるからね。人喰鬼オーガの女帝は伊達じゃない。おそらく俺達『赤鬼』を監視するのが、『白鬼』様の役割でもあるのだろう……気をつけた方がいいよ」


「わ、わかったよ、榊君」


「翔太でいいよ。キミは『赤鬼』じゃ先輩だからね。それに俺達を同時に進化してくれて、キミには感謝しているんだ」


「それでも敬称くらいはつけるよ。年上には変わりない」


 控えめに言ってみた。

 偉そうにしていると、またミクに何を言われるかわからないからな。


 ボクは強く咳払いをする。

 ちらりと、自動小銃ライフルを肩からぶら下げ、佇んでいる自衛隊員の『青鬼』達に視界を向ける。

 

「この検問にいる自衛隊達も、キミ達が噛んで感染した後、ミクちゃんが操作していたんだよね?」


「予め『白鬼様マスター』が遠隔で指令を与えていたみたいね。侵入者には容赦なく発砲するようにって……だけど、所詮は『青鬼ブルー』よ。見境ないし単純な動きしかできないわ。装填にも人間よりも大幅に時間が掛かるようね」


「それがどうかしたのかい、潤輝くん?」


 穂花の返答後に、翔太が疑問を投げかけてくる。


 ボクは頷き、地面に倒れている『青鬼』自衛隊員達の亡骸に指し示した。


「これを見てくれ、何体か斃されている……しかも銃撃によるものだ」


「正確に脳髄を破壊されているようだ。狙撃者スパイパーか?」


「でも、ここは日本……せいぜい手に入れても警察の拳銃か、猟銃くらいじゃない?」


 穂花の問いに、ボクは首を横に振るう。


「――いや、どういうわけか、一部の人間で銃が行き渡っているらしい。美ヶ月学園で籠城している連中も強力な銃器類を何丁も所持していたんだ」


 谷蜂を捨て医師……じゃなかった。

 捨て石に奇襲を仕掛けさせたことで判明したことだ。


 おまけに学生の癖に銃の扱いに長けて戦い慣れていた。

 もう迂闊に近づく所じゃないと思ったくらいだ。



「「へ~え」」


 ボクの名推理に、二人のリアクションがやたら薄い。

 このバカップルに対し、ちょっとたけイラっとした。


「へ~えって何だよ? 学生達が銃を持っているって言ってんだ! これからは事前に下調べした上で、人間を襲うべきじゃないかって話だろ、ええ!?」


「たとえ相手が銃を持ってようと、俺達は問題ない」


「狩る以上、戦うまで。それだけだから――」



 ジャキッ。



 言った瞬間、二人の両手甲から、鋭い刃が出現する。


 『変種体Var』から身に付けている特殊能力と言っていい。

 前腕骨の一部を伸長させ、鋭利な刃として強化させるようだ。


 そして二人共、剣道の有段者。


 特に穂花は全国大会で優勝するほど剣豪として知られていた。


 さらに『赤鬼』としての身体強化といい……。


 おおぅ、ヤベッ。


 奴らの戦いぶりを思い出したら背筋が凍り身震いしてしまった。


 特に穂花――彼女は最もヤバイ。


 やれやれ。


 どうやら、ボクはとんでもない怪物を目覚めさせたのかもしれないぞ。






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