第114話 初の恋愛トーク:後編




 ~姫宮 有栖side



「私は自分が許せない……ミユキくんと一緒にいる度に、彼に優しくしてもらう度に、頭の片隅でそう思っている。付き合っていた、あの頃と……裏切られた時のことが過って……」


 私は懺悔するかのように、みんなに想いを打ち明けている。

 同じ男子を好きになった彼女達に聞いて欲しいと思った。


 そうすることで、私も前を向いてミユキくんのこと好きだと言えるかもしれないと思えたからだ。


「今もこうして、人間としていられるのだって偶然、ミユキくんに出会って彼を襲った結果だし……私、高校でもミユキくんを傷つけるようなことしていない。でも何もしなかったのも事実だから……」


「そんなことないでしょ、有栖ちゃん」


「え? 香那恵さん……どういう意味?」


「弥之くん、よく言ってるわ。『クラスで、ぼっちだった自分に有栖さんだけは毎日声を掛けてくれた』って……それって凄い勇気だと思うわ。弥之くんだってきっと嬉しかった筈よ」


 確かにミユキくんはよく言ってくれる。

 何気ない挨拶程度だったけど、彼は事あるごとに覚えてくれていた。


 だけど、私は孤立している彼にクラスで浮かないよう試みた程度で、あくまで自己満足だと思っている。


 したがって、それとこれとは話は別だ。


 あの時の私はミユキくんじゃなく、潤輝を選んだことに変わりないから……。

 上辺だけの輝きに魅入られた馬鹿な女――ずっと私は自分のことをそう思っている。


 だから、そんな私が嫌い、大っ嫌い。


 本当なら、あのまま人喰鬼オーガになっていたって仕方ない。

 自業自得だ。


「ヒメ先輩、弥之センパイを見くびってません?」


「え? どういう意味?」


 不意の彩花ちゃんからの問いに、私は戸惑い聞き返した。


「あのムッツリ童貞の鈍感センパイが、いちいち細かいこと気にしないっつーの! 現にヒメ先輩の前でそんな素振り見せたことあるぅ?」


「ないよ」


「でしょ? んな、人の過去をひきずるチっこい男だったら、既にあたしらが見限っているわ~、そうでしょ?」


「う、うん……そうだね」


 彩花ちゃんの言う通りだ。


 私も彼のそういうところに惹かれている。


 どんな窮地でも他人のことを思いやれる強さ。


 だから人喰鬼オーガとなった私を彼が見つけてくれたんだと思う。

 そして全てを受け入れてくれた。


 今、私がこうして人間として生きているのも、全てミユキくんのおかげだ。


 偶然かもしれない。

 たまたま運が良かったかもしれない。


 けど……。


「有栖さん。さっきも言った通り、私とで関係性が違うだけで立場は同じだと思っている。色々と弥之君に助けられたことで、ようやく彼の存在を意識し初めて異性として、これほどまでに心が惹かれているのだ……そういう意味では、ずっと弥之君に言葉を掛けていた、キミには敵わないと思っている」


「唯織さん……」


「だが、弥之君を諦めることとは話が別だ。私は絶対に諦めない。気持ちを偽らない。事実はどうあれ、今私がこうしているのは彼が与えてくれた奇跡なのだからな。それが全てであり真実なのだ」


 唯織さんが言う通り、私も彼に助けられ自分の気持ちに素直に向き合うことができている。


 ――ミユキくんのことが好きだってこと。


 誰よりも愛しているってこと。


 この気持ちに一切の偽りはないと言い切れる。


「私……私も諦めたくない。自分の気持ちを偽りたくない。ミユキくんと一緒にいたい……同じ道を共に歩きたい。どんなことがあっても」


「そう、それでいいと思うわ、有栖ちゃん」


 香那恵さんが頷き優しく微笑んでくれた。


「けど、結局あたしってば塩を送っちゃったな……一番強力なライバル相手に~」


「彩花もそれだけ、弥之君と真剣に堂々と向き合っているってことだろ? まぁ、私も同じ意見だがな……」


「もう、弥之くんを好きになる子って本当にいい子ばかりね……だから、つい情が芽生えちゃうのよねぇ。それこそ彼を誘惑してモノにすればいいんだけど」


「カナネェさんにそんなことされたら、ウチらに勝ち目ないっつーの!」


「唯一、胸だけは自身があるつもりですが……弥之君次第でしょうね」


「もう、みんな、話が戻ろうとしているぅ!」


 私の指摘で三人とも「言われてみれば」と気づき、くすくすと笑い出した。


 思わず私も微笑んでしまう。

 恋のライバル達なのに……なんか、いいなっと思えてしまった。


「ねぇ、カナネェさんってこれまで、どれくらいの男と付き合っていたわけぇ?」


 いきなり彩花ちゃんが聞いてくる。

 失礼だなよっと感じながらも、つい私も気になってしまった。


 だって、これだけ綺麗でスタイル良く、それに大人らしい艶っぽい女性だから。


「え? い、いいでしょ別に、私なんて……」


「ええ? 聞きた~い、ねぇ、人数だけでもいいしょ~? セイヤって人も初恋ってだけで付き合ったことないんでしょ?」


「当然でしょ、まだ私が6歳か7歳の頃よ!」


「私も興味ありますね。参考までに是非」


 唯織さんまで乗り気になっている。

 私も口に出さないも期待する眼差しで彼女を見入っていた。


 あまりにも食いつきように、香那恵さんは顔を顰め観念したかのように俯く。


「――ありません」


「「「はい?」」」


「だからないんです! この歳にもなって、これまで誰とも付き合ったことがありません!」


「「「嘘ッ!?」」」


 香那恵さんの返答に、私達は声をハモらせ驚愕してしまう。

 これだけの女性が交際歴ゼロなんてあり得るだろうか?


「……もうカミングアウトするわ。実は私……昔は結構ヤンチャしてたのよ。兄さんが心配するから言わなかったけど、『剣聖のカナエ』って遊殻市でも有名だったわ」


 え? え? 剣聖のカナエ?


 何、それ……まさかヤンキー?


「そ、そうなんだ……でもカナネェさん、そういう人って結婚とか色々と早いって聞くよぉ?」


「ずっと硬派を気取っていたからね。それこそ気合いと根性のない、見た目だけの口先男なんて歯牙にもかけなかったわ。今もその考えに変わりないけどね」


「それでミユキくんのこと……よくわかります!」


「ありがとう、有栖ちゃん。馬鹿にしないで聞いてくれて……もう、いい大人なのにね」


「私もそんなことないと思います。寧ろ男子としてはステータスが高いのではないでしょうか? 確か『萌え』と聞いたことがあります」


 あれ、唯織さん。一体何の話をしているんだろう?

 私、恋愛感で同調したんだけど……。

 一応、香那恵さんをフォローしているって解釈でいいのかなぁ?


「そっか……カナネェさんもかぁ。くぅ~、ライバル達やばぁ! あたしも頑張らないと!」


 彩花ちゃんまで変な火がついてしまったようだ。

 また変な方向に進まなければいいけど……。


 そんな彩花ちゃんは「はっ!」と何かを思い出し、私の方を凝視してきた。


「そっだぁ! ヒメ先輩、弥之センパイと、どこまで進んだのぅ!? おせーて!」


「え? ええ!?」


「私も聞きたいわ、有栖ちゃん教えて?」


「まさか、もう既に彼と……!?」


 唯織さんが妙な勘繰りをいれ、他の二人の目つきが変わる。

 なんだろう……殺気立って見えるんですけど。


「そ、そういう進展じゃ……少しだけ距離が近づいたと言うか……なんて言うか」


 仕方ないので、私は一通り説明してみた。



 すると――。



「「「かわいい~!」」」


 声を揃えて意外な反応をされてしまう。


「呼び捨てで舞い上がっちゃうなんて、有栖ちゃん可愛いわねぇ。それを求める弥之くんも尊いわぁ!」


「そ、そうですか、香那恵さん?」


「そうよ。でも弥之くんだから許されるわね。私だったら口先だけのナンパ野郎かスケベな医師に呼び捨てにされたら、ボコボコにして橋の下に吊してやるわ!」

 

 少しだけヤンキー時代に戻りつつある、香那恵さん。


「許可を求めるセンパイも相変わらず初心だね~。あっ、でもあたしは既に『彩花』って呼び捨てで呼ばれているけどね~。こっちからいいよって言ったけどさぁ」


「いいなぁ。有栖さんと彩花は……私なんか常に『先輩』がつくぞ。まぁ、その辺が律義な弥之君と年上である私との『壁』というやつだろう」


 唯織さん。年上と言っても、たった一つ上じゃないですか。


 しかし恋敵であるみんなから好評の声が聞こえている。


 これって素直に喜んでいいのかなぁ……。


 でも、みんなに想いを打ち明けることで、私も気持ちを整理して改めて前を向くことができたのも事実だ。


 少しずつでいい……。


 大好きなミユキくんと距離を縮めて一緒にいたい。


 いつまでも――。






**********



 その頃、隣の部屋では。


「随分と隣が賑やかじゃないのか、少年?」


「本当ですね? 修学旅行のノリで枕投げでもしているんですかね……」


 防音設備にもかかわらず、隣から女子達の甲高い声が漏れている。

 音調からしてトラブルとかじゃなさそうだけど……。


 一体、何を話しているんだ?






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