第113話 初の恋愛トーク:前編
~姫宮 有栖side
思い切って、ミユキくんを誘って良かった。
初めて二人っきりで歩いて、手を繋いでまるで恋人みたい。
嬉しい、なんて幸せなんだろう。
おまけに、私のこと「有栖」って呼んでくれるって……。
舞い上がりすぎて、胸のきゅんきゅんが止まらない。
勇気を振り絞って良かった。
初めて自分の行動を褒めたいと思う。
ミユキくんも、「弥之って呼んで」と言ってくれたけど、呼び捨てなんて恥ずかしくてできない。
もし付き合えることができたら、その時は呼んでみたいな……。
ミユキって……きゃっ。
もう駄目ぇ! 本当にはしゃぎすぎだよぉ!
けど、ミユキくんに少しでも想いを伝えられて嬉しい。
彼に受け入れてもらえて嬉しい。
二人の関係が少し進展したみたいで、とても幸せ……。
ミユキくん……大好き。
好き、好き、愛しています。
「――ヒメ先輩。後で、センパイ宅に奇襲に行かない?」
宿泊部屋にて。
あれから戻ってきた私は妄想に浸っている中、彩花ちゃんと香那恵さんがリビングに入ってきた。
二人とも綺麗に髪を染め終え、乾かし終えたようだ。
突然、声を掛けられ、私は「はっ」と現実に戻る。
「うん……いいけど、ミユキくんの迷惑にならないかな?」
「大丈夫だよぉ。センパイならねぇ、夜這いでもしない限り~、にしし♪」
夜這いって、またそういうこと言って。
それこそ、ミユキくんの迷惑になるだけでしょ。
でも、彩花ちゃんが羨ましい。
いつも事あるごとに、ミユキくんに気さくに触れ合えるし、本音で語り合えるから。
私は……ようやく手を握るだけで精一杯だった。
心臓が破裂するくらい、ドキドキしながら……やっとの想い。
彼は少し驚いた様子だったけど、優しいからすぐ受け入れてくれる。
拒まれなくて良かった。
「彩花ちゃん、あまり弥之くんを困らせるような事しちゃ駄目よ」
「いや……カナネェさんこそ、しれっと部屋で泊まろうとして、センパイと添い寝しようと目論んでいたじゃないっすか?」
そう――私にとって目標であり最大のライバルである、香那恵さん。
唯織さんの義理のお兄さんである『廻流』って人が、実は幼馴染で初恋の『セイヤ』って人と同一人物らしく、もしかしたらそっちに行くと思ったけど……。
やっぱり、ミユキくん推しには変わりないようだ。
良識のある大人らしく、まだ彩花ちゃんほど大胆じゃないからいいけど、こんな綺麗な人が想われるなら誰でも心が動いても可笑しくないと思う。
「――皆、なんの話をしているのだ?」
別室から唯織さんがリビングに来る。
眼鏡越しだけど、泣き崩れたかのように瞳の周りが赤くなっている。
きっとお父さんの件で悩む所があるのだろう。
疑惑の段階とはいえ、竜史郎さんの話を聞いているだけでも、相当あくどい事をしていたようだから。
私だって自分の父親だったら耐えられない……。
「これから、ウチらでセンパイの部屋に夜這いに行こうかと、イオパイセンもどうっすか?」
「弥之君に夜這いか……悪くないかもしれん」
「いや、悪いでしょ! 一番、賛同しなさそうな唯織さんが乗っかってどうするんですか!?」
私は妙に乗り気になっている唯織さんに向けて指摘した。
「すまない、有栖さん。私も色々とあってな……そのぅ、弥之君に慰めてもらいたいのだ」
「何、堂々と言っているんですか! 唯織さん、前はそういうキャラじゃないですよね!? 寧ろ厳格な生徒会長でしたよね!?」
唯織さんの……その豊満な胸で迫られたら、いくら誠実なミユキくんだって絶対に揺らいでしまう!
「でも唯織ちゃんの気持ちもわかるわ……弥之くんと一緒にいると癒されるのよねぇ」
「香那恵さんまで!?」
「ヒメ先輩、硬~い! こういうのはノリよ、ノリぃ!」
もう三人共、好き放題じゃない。
駄目……私だけじゃ止められない。
あれ、ちょっと待って!
この中で、まともな倫理観を持っているのって、ひょっとして私だけ!?
美玖ちゃんが向こう側に行ったの、実は大失敗だった!?
私は頬を引き攣らせ、引いていると。
「……まぁ、この辺で、有栖ちゃんをイジメるのやめにしない?」
香那恵さんが溜息を吐き言ってきた。
「え?」
「そっすね~。ヒメ先輩、いくららんでもガチで夜這いするわけないじゃん。超ウケる~♪」
「竜史郎さんや美玖君もいるのだ。私とてそこまでの勇気はない」
彩花ちゃんと唯織さんが先程と違い掌を返したように否定してきた。
「……そっ、そうですか? 信じていいんですね?」
「勿論よ。さきっき言った通り、ちょっとだけ有栖ちゃんをイジメたくなっただけだからね」
「私を? 香那恵さん、それってどういう意味です?」
「――弥之くんと進展あったでしょ? 私達が不在なのをいいことに」
「え!?」
香那恵さんの指摘に、私は声が裏返る。
「「「やっぱりね……」」」
その反応で、三人はジト目で睨んできた。
「ど、どうして、その事が……?」
「だって、ヒメ先輩ずっと顔に書いてあるよ。いいことありました~んってね」
「えっ、嘘ッ!」
「色恋沙汰に疎い私でさえわかるぞ。キミがそういう表情をする時は決まって、弥之君関連だからな。後は彩花と香那恵さんの反応を見れば大体の察しはつく」
「そ、そうですか……ごめんなさい」
仰る通り部屋に戻ってから、ずっと浮かれていました。
そこは否定できません。
「どうして、ヒメ先輩が謝るの?」
「え? いや……抜け駆けしちゃったから、つい」
彩花ちゃんの問いに、私は戸惑いながら返答する。
「別に謝ることはないわ。同じ立場なら、みんな似たようなことしているだろうしね」
「その通り。それに誰を選ぶかは弥之君次第だと思っている。だからと言って諦めるつもりもないがな」
香那恵さんと唯織さんも、ミユキくんに関しては互いにフェアでありたいと思っているのかな?
ただ奪い合うのではなく、あくまで彼の意志を尊重した上で……。
彩花ちゃんも同じ考えのようだ。
――まるで、恋の聖戦。
そう思えてしまう。
けど……私には参加する資格があるだろうか?
いくら大好きでも、私なんかじゃ……ミユキくんと……。
「ヒメ先輩、どったの?」
「うん、いや、そのぅ……みんなが羨ましいなって……私も胸を張って言いたい。ミユキくんのことが好きだって言いたい。負けたくないって言いたい……でも、でも、私にはその資格が……」
ミユキくんのことが好きだと思えば思うほど……以前の自分が嫌いになる。
元彼である『笠間 潤輝』と付き合っていた自分自身のことが――。
仕方ないことかもしれないけど、潤輝に捨てられたから、ミユキくんに寄り添っているみたいで……彼を軽んじているみたいで。
今更、私なんかが好きになる資格があるのか……そう思えて仕方ない。
つうっと、瞳から熱く涙が溢れてくる。
頬を伝い零れ落ちた。
「有栖ちゃん、大丈夫?」
「えっ、はい、大丈夫です……あれ? なんで泣いてるんだろ、私……」
「どうやら、私達も悪ノリがすぎたようだ。すまない」
「いえ、唯織さん……決してそんなことはなくて……あくまで私の問題だから」
「ヒメ先輩……ひょっとして元彼のことで、センパイに負い目を感じてますぅ?」
勘の良い彩花ちゃんにずばり言い当てられる。
私はこくりと頷いた。
「事情は聞いているわ。だからって自分の気持ちを抑えることとは違うと思うわ」
「そっだよ~。別に、センパイに迷惑を掛けたとかじゃないしょ~? あたしは関係ないと思うけどな~?」
「……ジュン、いや『笠間 潤輝』か。親の言いつけとはいえ、事実上奴を持ち上げる形となっていた、幼馴染の私とて似たような者だ。しかし、弥之を想う自分の気持ちを偽るつもりはない。こればかりは誰がなんと言おうとな」
香那恵さんも彩花ちゃんも唯織さんも自分の言葉で、私をフォローしてくれる。
言わば、恋敵である私なんかを……。
本当に素敵な人達だと思う。
でも……私は――
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