第112話 有栖との距離




 まさか、有栖直々にお声が掛かるとは……。


 しかも、僕と二人っきりってガチか?


 ひょっとして、ドッキリじゃないだろうな?


 案外、彩花のいたずらで有栖を利用しているとか。

 なんか、あいつならあり得るんだけどぉ。


「うん、僕はいいけど……他のみんなは? 特に彩花とか」


「彩花ちゃんなら、香那恵さんとお風呂場で髪染め合っているよ。唯織さんは考え事があるって、別室に籠っているの。だから私ひとりだけが持て余しちゃって……」


 そうか、つまり有栖は暇を持て余しているってわけだ。


 つーか、僕が髪染めるの手伝うって話どうなっているの?

 まぁ、別に期待していたわけじゃないからいいんだけど……いやマジで。

 

 そして、唯織先輩も父親の件とかで色々あるからな。

 竜史郎さんの話を聞いて余計に思うことがあるに違いない。


 僕はチラっと後ろを振り返る。


 その竜史郎さんは、美玖に向けて『短機関銃FN90』の使い方を教えている。


 どうやら僕も暇になりそうだ。


「わかった。いいよ、行こう!」


「ありがとう、ミユキくん。嬉しい」


 有栖は天使のように柔らかく微笑む。


 僕だって声を掛けてくれて超嬉しい。

 平穏だった頃じゃ、絶対にあり得ないことだけにね。


 こうして僕は有栖と二人で、シェルター内を散策することにした。


 母校である『美ヶ月学園』を彷彿させる通路は広く、二人並んで歩いても十分に余裕がある。

 とても地中の中とは思えない。

 けど密閉されているのは確かなので、船の中にいるような圧迫感がある。

 

「唯織さんから聞いたんだけど、下の階で森林浴ができる場所があるんだって」


「森林浴? 地下なのに?」


「うん、光合成LEDライトに照らされているみたいで。きっと避難民のリラクゼーション目的じゃない?」


「そうかもね。広いシェルターだけど、圧迫感はあるしね。じゃ、そこで話そうか?」


「うん」


 弾むような声と笑顔を見せる、有栖。

 超かわいい、それに綺麗だ。


 つい舞い上がってしまい、思わず手を握りたくなる。


 けど、陰キャぼっちの僕なんかじゃ、彼女も迷惑だろう。

 あくまで暇つぶしで誘ってくれているわけだしね……。


 こうして二人で過ごし、歩いているだけでも幸せなのに……。


 最近、特にいい感じだからか、つい欲が芽生えてしまう。


 いい気になって調子に乗れば乗るほど、そうじゃない時のショックが大きいとわかっている筈なのに……。


 今までだって、そうやって周囲に裏切られてきたじゃないか。


 幼馴染の凛々子だってそうだった――


 中学三年の頃、凛々子に頼まれて僕は罪を被ったんだ。


 先輩に脅されて、クラスの連中からお金を盗んだ犯人として。


 盗まれた奴も既に先生に報告しており、犯人追及が始まっていた。

 もし警察が立ち入れば、これから進学する高校にも影響してしまう。


 下手したら高校に行けなくなるだろう。


 凛々子は泣きながら、僕に相談してきた。

 そして、僕を犯人として名乗り上げてほしいと頼んできたんだ。


 流石に躊躇した。


 事が事だったし、僕だって高校くらい行きたい気持ちもある。

 きっと母さんにだって迷惑が掛かると思ったけど……。


 その場で金を返して謝ればなんとかなるか?


 っと、いう考えも芽生えてしまった。


 幸い、僕が持ち歩いている金額で足りる程度だ。

 小遣いだけは不自由したことはなかったのもある。


 それに当時、凛々子を見捨てられなかった。


 仲の良い幼馴染ってこともあったけど、それ以前にあの言葉を鵜呑みにしていたこともある。



 ――わたしね、大人になったら弥之のお嫁さんになりたいの



 幼稚園の頃にもかかわらず、未だに脳裏に焼きついている。

 大した意味もわからない癖に嬉しかったんだろう。


 だから凛々子のために罪を被り、すぐ金を返して謝罪したんだ。


 盗まれた生徒達も「無事に金が戻ってくれば」と許してくれたし、先生も卒業前ということもあり大事にしないでくれた。


 これで事が丸く収まったかと思ったけど、やっぱりそうもいかない。


 噂は瞬く間に広まった。


 僕は周囲から遠ざけられるようになってしまう。


 それは高校に進学してからも続き、僕は孤立するようになった。


 凛々子も僕から離れてしまい、渡辺と付き合い始める。

 ただその光景を遠くで眺めることしかできない。

 

 きっと、僕がしたことが間違っていたんだろう。


 他人を信じ期待を寄せた結果、この有様だ。


 自業自得、ざまぁってやつ。


 ――だから僕は誰も信じなくなった。


 塞ぎ込み、誰とも交流を持とうとしない。

 する意味もない。


 そう思い込むようになっていた。


 陰キャぼっち、夜崎 弥之の完成ってわけだ。


 そんな僕に唯一、光を注いでくれた子。


 今隣にいる彼女――姫宮 有栖。


 いつも、一言二言だけど必ず声を掛けてくれて微笑んでくれた。


 何気ない、ひと時が僕は大好きでどんな嫌なことがあっても休まず通うことにしたんだ。


 ――僕は、有栖が好きだ。


 その気持ちは今も変わらない。


 いや寧ろ、こうして二人でいる機会が多くなり彼女と親密になればなるほど、その気持ちがより強くなっている。


 けど調子に乗ってはいけない。

 期待してはいけない。


 有栖にとって、あくまで僕は友達の一人。

 偶然に出会い、人間に戻るきっかけを与えた恩人。


 だから、有栖は優しくしてくれる。

 

 きっと、それだけなんだ。


 そんな彼女の義理と善意に対して、僕は何も求めちゃいけない。


 この関係が壊れるのが怖いから……。

 

 


「ミユキくん、ここだって」


 考え込みながら歩いているうちに目的地についてしまったようだ。


 どうやら久しぶりにネガティブ思考に陥ってしまったのか……。


 僕は頭を軽く振り、気持ちを改めて周囲を見渡した。


 広々としたドーム型の空間にびっしりと緑々しい植物が並んでいる。


 有栖が説明してくれたように天井から、光合成LEDライトが照らされており、プロジェクションマッピングで壁一面に青々とした空が描かれていた。


「凄いな……これで風があれば、外と変わらないかも」


「そうだね。ねぇ、中に入ろう!」



 ぎゅっ



 有栖は僕の手の握り、引っ張ってきた。


「あっ」


 さりげない密着に思わず声を漏らしてしまう。


 彼女は僕の反応に気づき、我に返ったように瞳を逸らす。

 けど握った手を離そうとしなかった。


「……ごめんね。強引なの嫌い?」


「そ、そんなことないよ。うん、行こう」


 謝るところ、そこかなっと思いつつ、僕は受け入れる。


 しばらく有栖と森林浴を楽しむことにした。


 初めて手を繋ぎ、二人っきりで歩く僕達。


 ――まるで、デートじゃん。


 そう思わずにはいられない。


 意識すればするほど、胸がドキドキしてくる。

 

 やばい、やばい、やばい――……。


 念仏のように何度も唱えていた。


「ミユキくん、初めてだね?」


「ん? 何が?」


「こうして二人っきりで歩くの……嬉しい」


 有栖はにっこりと笑顔を浮かべる。


「うん、そうだね。いつも誰かいたからね……けど、有栖さん。嬉しいって……いや、なんでもない」


 思わず余計なこと聞くところだった。

 彼女なりに気を遣ってくれただけかもしれないのに。


「言葉通りだよ。私ね、ずっと前からミユキくんとこうして歩きたいと思っていたから……迷惑だったらごめんね」


「そんなことないよ。だだ僕なんかでいいのかなって……」


「――私ね、ミユキくんのことが知りたいの!」


「え?」


「そして、私のことも知ってほしい……少しだけでいい、キミに近づきたいの」


 立ち止まって、必死な表情で訴えてくる、有栖。


 これこそ、一体どういう意味だろう?


 そう不思議に思いながら、僕の心臓がより高鳴っている。


 聞きようによっては告白を受けているみたいだから。


 まさか、そんなわけが……。


 でも、僕も同じなんだ。


 僕も有栖に近づきたい。

 彼女を知りたい。


 ほんの少しでいいから――。



 握られた手をぎゅと強める。


「じゃ、じゃあ……これからは、あ、有栖って呼んでいい? さん抜きで……」


「う、うん……勿論いいよ、ミユキくん」


「ぼ、僕のこと、弥之でいいよ」


「ありがとう……でも私、ミユキくんって呼ぶのが好きなの」


「すぅ好きぃ!?」


 敏感に反応し、思わず声が裏返ってしまう。


「うん、あっ、でも呼び方だよ」


「そう、呼び方ね……そうだよね。うん、わかったよ、有栖」


 やべぇ。

 テンパリすぎて早とちりしてしまった。


 すぐその気になるから駄目なんだよなぁ、僕って。


「ミユキくん、これからもよろしくね」


 有栖は頬を染め機嫌良く微笑む。

 周りの植物に光を注ぐような温かく優しい表情だ。


 僕達が実際にどのような関係なのかわからない。

 けど、お互い距離が縮まったのは間違いないと思う。


 もう少し自分に自信がついたら、告白するのもありかな?


 だから今は……今だけは――。


 有栖との甘くて優しい、それでいて何処かもどかしい関係を楽しむのも悪くないと思えた。






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