第111話 上級国民達の企み




「ト、トイレットペーパーも貴重な物資ですね……うん、飯田さんの主張はわかりますよぉ、はい」


 代議士の秋元は、飯田 充蔵の言い分を無理にでも理解を示そうと自分に言い聞かせている。


「だろ!? 流石は秋元さん! 伊達に医療業界と製薬会社の既得権益を手引きした『天下り王』と呼ばれる男ではないなぁ、おい!」


「こんなところで、ブチまくのはやめてくださいよ、飯田さん……まぁ、ここにいる方達は皆、西園寺財閥の後ろ盾で似たようなことをしてきた人達ばかりですけどね」


「んなもん、我ら上級国民の特権という奴じゃ! 頭の悪い下級庶民じゃ不可能じゃわい! ギャーハッハハハ!」


「私は違うぞ! 私は真っ当に市長をやってきたんだ! 貴様らみたいな社会のダニが寄生して、不正と共にこの遊殻市にウイルスをバラ撒いたんじゃないのか!? ああ!?」


「……ですが、蟹井市長。貴方も裏で勝彌かつみ氏から支援金を受け取ってましたよね? 相当な額だと聞いてますよ?」


 梨元の指摘を受け、蟹江市長は瞼を痙攣させる。


「うっ! ど、どうして、そのことを……小遣いとして慰労金をもらっただけだい! 貴様らのような上級国民を見逃すためになぁ! 警察署長だって同じだろ! 何故、奴はここにいない!?」


「警察署長が真っ先に感染したと聞いておるぞ。確か愛人とプレー中に実はウイルス感染していると知らないで噛まれたとか?」


「だっせーっ! だから蔓延時に警察もろくな動きが取れなかったのか!? トップがそれだもんよぉ! そりゃ遊殻市も封鎖されるわ! 何が国民の安全だぁ、偽善者集団の慣れ合い組織共がぁ! ヒャーハハハッ!」


 蟹江市長は自分のことを棚に上げて高笑いする。

 結局は似た者同士の集まりであった。


 そんな中、飯田は再び手に持った杖の先端で床を叩く。


「――無駄話はその辺でいいだろ。本題へ戻るぞ……ワシは、ここの使用人共が許せん! 特に濱木が気に入らん! 受けた屈辱は倍以上で返さなければ気が治まらんのじゃ! これまでもそうしてきたんだからな!」


「お気持ちがわかります。ですが今の状況では、私達は何もできない……地位や権力、金でさえも今の時代じゃ役に立つかどうか……クーデター起こすにも武器すらないのでは?」


「それに使用人達は競技用や狩猟用の銃を持っているぞ! おたくら得意のルール違反を犯すなら、連中とて見境なく同様のことをしてくるだろうぜ! 目には目をってよぉ! 庶民を舐めんなよ、ギャハハハハ!」


 選挙に勝つため最も市民に頭を下げてきた二人こと、代議士の秋元が忠告し蟹井市長が嘲笑う。


 だが飯田は動じず、皺のある口角を吊り上げた。


「ワシに考えがある――人喰鬼オーガ達をシェルターに招き入れるってのはどうだ?」


「……人喰鬼オーガだって?」


「そうじゃ。なんでも敷地外では結構な数がうろついていると聞くぞ。先程、勝彌かつみ氏の娘が招き入れた連中も検問所でウイルスに感染した自衛隊員に銃撃されて逃げてきたという話じゃ……見回りにきた使用人に聞いたから間違いない」


「銃撃って……人喰鬼オーガって、もろアレだろ? ゾンビ的な……生きる屍みたいな奴らに銃なんて扱えるのか?」


「そんなのワシが知るわけがないだろ? だが面白いと思わぬか? ザ・使用人VS人喰鬼オーガのバトル展開……」


 飯田の提案に、秋元達は「う~ん」と項垂れるように考え込む。


「しかし、そんなことしたら我々だって危険になるのでは? それにどうやって人喰鬼オーガ達を呼び寄せるのです?」


「こう見てもワシは元エンジニアじゃ考えはある。伊達にクレーマーとして、このシェルターを徘徊していたわけじゃないぞ。このシェルターは外部からは強固だが内部は案外隙だらけじゃ。それに避難してきた際、招き入れてくれた『廻流かいる君』から、門からエレベーターに至るまで施錠ロック解除コードは教えてもらっている」


「だとしてもだ。私達の身の安全は誰が保障してくれる? 激務でやせ細った市長の私ならまだ逃げられるが、飯田さんは爺さんだし他の上級国民達なんぞ私腹で肥えた豚ばかりじゃないか?」


 精神的に病んでいるとはいえ、とにかく口が悪い蟹井市長だが誰も非難する者はいない。

 実際にそうだからだ。


 だが、飯田だけは人差し指を横に振り、「チチチッ」と舌を鳴らす。

 その仕草を見た誰もが、「なんかムカつくわ」っと心の中で思ったことだろう。


「使用人共がワシらを護るに決まっておる。何せ勝彌氏の指示で、このシェルターとワシら避難民を護る義務を命じられているんだからな。その為に、使用人共は『銃』を保管して持っておるんじゃ。施設案内の際、濱木がそう言っておったろ?」


「……確かに、そう聞いてますね」


「上級国民達であるワシらに、これだけ横柄な態度を取っておるのじゃ。濱木達とて『やっぱり怖~い。戦えませ~ん』なんてことはないじゃろ。そうなったら、ワシらが銃を奪って戦えばいい……ワシら上級国民ならば銃くらい趣味で撃ったことはある。それこそ、ハワイやグァムでなんちゃらじゃ、そうだろ?」


「まぁ、私もハワイで息子に教えた親父の一人ですからね。あの程度のライフルなら問題ありません」


 飯田の言い分に、秋元も妙な理解を示し始める。


「もし使用人共が勇敢に戦ってくれるなら、ワシらはその光景を悠々と眺めていればいいだけのこと。少しは痛い思いもするじゃろう。仮に共倒れするのなら、それはそれで好都合じゃ……ワシはトイレットペーパーを自由に使わせてもらうぞ!」


「飯田さん。トイレットペーパーでそこまで執着と憎悪を燃やせる、あんたは異常だわ。もう笑えもしない……」


 病んだ蟹江市長でさえも、飯田の執念深い人格に唖然とする始末。


 だが、秋元を初め集まった上級国民達は満更でもない様子だ。

 彼らとて、思い通りにならないシェルター内の生活と使用人達の態度に不満がないわけではない。


 上級国民の彼らにとって恩と義理がある共犯者であり、絶対的な君臨者である『西園寺 勝彌かつみ』の指示だからこそ鳴りを潜めているが、万一その勝彌がこの世にいない場合は話が別だ。


 優秀な長男で知られる『廻流かいる』とて一目こそ置かれるも、父親のようにどこまで自分らを優遇してくれるかわからなし、ずっと研究施設に籠って外に出てこないと聞く。


 ましてや愛娘の唯織は、まだ高校生……。


 この敷地内で、誰も上級国民達を止められる者はいないだろう。


 時が満ちれば、必ず事が起りかねない。


 それはまるで、導火線に火がつき爆発する瞬間を待つが如く――。






**********



 あれから僕達は、しばらくシェルター生活を満喫することにした。


 唯織先輩も有栖達と同じ部屋で過ごすそうだ。


 外の世界は、あんな感じだけど、ここは一番安全な場所だと思う。

 これからの事を踏まえ、少しは気持ちと身体を休める必要があるだろう。


 だけど、少なくても僕はそう休んでばかりもいられない。

 よりステップアップするため、竜史郎さんの指導の下で訓練することにした。


 なんか知らないけど、最近じゃあの人もその気になってくれているし。


「――竜史郎さん、研究所にはいつ頃行くんですか?」


 彼が部屋に戻ってしばらくした後、僕は率直に聞いてみた。


「……急いでないと言ったろ。明日には訓練を開始する。少年はそれに集中しろよ。まずは基礎を覚えろ」


 いつもせっかちな竜史郎さんにしては珍しくスローライフだ。

 強くなりたい僕としては望むところだけどね。


「それと、美玖にはこれを渡しておこう」


 竜史郎さん言いながら、銃器が入ったボストンバックから、一丁の銃を取り出して手渡した。


 ――FN P90。


 ベルギーのFN社が開発した個人防衛火器PDWであり、短機関銃の一種である。

 見た目は「缶切り」のような独特のフォルムで、機関部とグリップが引金トリガーより後方に位置したブルバップ方式だ。

 なんでも人間工学に基づいた設計が行われているらしい。


「これを私に?」


「そうだ。使用する銃弾は既存の拳銃弾とは異なる、5.7x28mm弾だ。見た目はライフル弾を小型化したようなもので貫通性も高い」


「確か弾倉マガジンも独特なんですよね?」


 僕が尋ねると、竜史郎さんは嬉しそうに微笑む。


「流石、少年は詳しいな。50発装填できるが装弾に癖がある。したがって特殊部隊向けだな」


「……美玖に使いこなせるでしょうか?」


「普段は無理だな。だが彼女も嬢ちゃん達と同じ体質となっている。戦闘時は期待できるだろう。訓練は実戦よりも勝るとも言う、今のうちに撃ち方だけでも身体で覚えさせた方がいいな」


「そうですね……美玖、やれるか?」


「うん、頑張ってみるよ」


 美玖は健気に微笑んで見せる。

 こうして、この子も訓練に加わることになった。


 そんな中、誰かがインターフォンを鳴らしてくる。


 僕はドアを開けると、有栖が一人で立っていた。


「有栖さん……どうしたの? もしかして一人?」


「うん。良かったら、ミユキくんと二人っきりでお話したいなぁって思って……ちょっとだけ、いい?」


 え?


 僕と話……?






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