第110話 集められた上級国民達
上級国民と自称する、『飯田
おそらく日本国内、いや世界でも屈指の防衛を誇り、最良であり快適である筈の西園寺邸のシェルターに避難して、かれこれ一月以上になる。
これまで甘い汁を啜り合った旧知の仲である、『西園寺 勝彌』の顔利きでこうして避難したのはいいが、所々思い通りにならない事態に嫌気と不満が募っていた。
特に、このシェルターを管理する使用人達に対してだ。
何故、トイレットペーパーが自由に使えない?
金ならいくらでも出すぞ!
だったらウォシュレットを使えだと?
そんなもん知らん! 昭〇世代をナメんなよ!
食事くらい使用人のお前らが作って持って来い!
ここはデリバリーじゃないのか!?
ワシが食い散らかした部屋の清掃をするのか!?
バカモン! そんなもん、使用人の貴様らがやれ!
ワシを誰だと思っている!
飯田 充蔵だぞ! 上級国民だ!
今まで誰が西園寺財閥を、日本を支えてきたと思ってんだ、コラァ!
ウイルス感染により、すっかり荒廃した現在の日本――
これだけ設備が整ったシェルターと屋敷を維持し管理しなければならない使用人達は、無償無休で24時間働いている状況だ。
彼らとて人間、いつまで続くかもわからない不安に心が挫け折れそうになることもあるに違いない。
それでも主である、『西園寺 勝彌』の指示に忠実に動き、各々の役割を果たしている。
とても避難民達の身勝手な我がままと、細い快適さまで気が回るわけはない。
通常なら避難民達もお互い様だと割り切り、互いに手を取り合って今の暮らしが長く続けられるよう協力し合うのが普通なのだが、彼らにはその発想が芽生えることはない。
通常ではどうでも良い不満ごとも、上級国民である彼らにとっては
世の中は自分らの都合の良いように動かす。
自分達が築き上げた地位や名声を守り抜く。
その為なら知恵を惜しまない、法律やルールなど関係ない。
あらゆる手段を使っても思い通りにする。
トイレットペーパーの使用を制限させるな!
それこそが飯田という上級国民の主張なのだ。
しかし飯田に限らず、こうした身勝手な思想を抱く者は後を絶たないだろう。
そういった輩の不満が積み重ね怨嗟となり、挙句の果てに後先を考えていない妄想を抱くこともある。
テロリズムの定義と言えるだろう――。
地下1階、最下階部。
001号室が、『飯田
そのリビングで、複数の男達が屯していた。
「奴らは三日に一回しかトイレットペーパーをくれない……しかも、たった1ロールだぞ!」
飯田は興奮し、ドンと音を鳴らしテーブルを叩く。
「飯田さんは独りだし、まだいいじゃないですか? 私なんか息子と二人で一室ですからね……特に跡継ぎのドラ息子めが『親父ぃ、キャバクラ行きたんだけどぉ』と、駄々をこねていまして……お酒も制限されておりますし、性欲ばかり旺盛で困ったもんです。おまけに避難者は我らのような選ばれし上級国民である中高年の男性ばかりで若い女性もいないことですし……」
そう言ってきた、スーツを綺麗に着こなした恰幅のいい中年男。
名は『梨元
地元でも有名な代議士だ。
西園寺財閥と精通し、政治と医療業界の斡旋など口利きをしていた男である。
「だったら、梨元さん。ここのメイドにキャバ嬢させりゃいいじゃないか? 藤村って若いメイドなど、中々の上玉だと思うぞ?」
「……執事長の濱木が目を光らせています。下手に強気に出ても、ここから追い出されるのがオチですね」
「クソッ! 濱木め! たかが使用人の分際で偉そうに権限を振り回しおって! 酒や女も好きにできない! トイレットペーパーも自由に使えない! これでは、ワシら囚人と変わらないじゃないか、ええ!? そう思わんか、市長!」
飯田は、ひょろっとした背の高い眼鏡をかけた中年男に意見を求めた。
市長と呼ばれた男は『蟹井 大輔』62歳。
ここ遊殻市の市長である。
他にも地元で有名な弁護士や政治家、重要ポストについていた役員達が集まっていた。
全ての者達が、西園寺財閥と深く関係し、その後ろ盾を得て医療分野だけでなく政治的にも親密に忖度し合っている関係である。
「……私は悪くない。私は悪くない……」
蟹井市長は頭を抱えながら床で座り込み、何かブツブツと呟いている。
「おい、市長! 話を聞いているのか!?」
「駄目ですよ、飯田さん。今、蟹井市長は被害妄想の真っ最中です。今回のウイルスが蔓延させたのは市長のせいだと市民達に責め立てられ、すっかり心が折れて病んでしまっているのです」
「確かに日本国内で『遊殻市』が爆発的な感染率を占めているだっけ? そういえば、市長は『とある国』と結託してウイルスを持ち込ませたっていう噂もあったよな? そこんとこ、どうなのよ?」
「い、飯田さん! 私がバイオテロに加担したとでも言うのか!? 言っていいことと悪いことがあるぞ! そんなことして、私になんのメリットがあるんだ! バカでもわかる理屈だろ! 私は悪くない! 悪いのは感染予防の詰めが甘い税金泥棒の議員共といくら呼び掛けても自粛しない糞ったれの愚民共だろーが! ああ!?」
蟹井市長は立ち上がり激昂する。
その尋常でない精神状態に、流石の上級国民である飯田達ですらドン引きした。
「す、すまん……蟹井さん、そう目くじらを立てないでくれ。ワシしゃ、最近杖がなければ、まともに歩けんのだ」
そう言う割にはトイレットペーパーがないという理由で、わざわざ地下1階から15階までクレームを言いに行ける気力と体力が溢れる、飯田 充蔵であった。
「……クソッ! 私は悪くない……悪くないんだ! どいつもこいつも、なんでも市長のせいにしやがってぇ! ぶっ殺す! んな噂を立てた新聞記者やマスコミ、根拠のない憶測でイキがり叩く糞チャンネルの連中、そして游殻市の愚民共全てぶっ殺す!」
蟹井市長の皆殺し発言に、誰もが絶句する。
誰よ、こいつの声を掛けたのっと思い始めた。
しばらくの沈黙後、秋元が言葉を発した。
「ですが、飯田さんじゃありませんが、このまま使用人達の言いなりで黙っているのも釈然としませんね……ここシェルターの主である『
「そう、それな! 勝彌氏は今どこにおるんじゃ!? ワシらに声を掛け連れて来たのだって、息子の『
「廻流君も勝彌氏に命じられたと言っていましたね。それ以来、父親とは会っていないとも……」
「ま、まさか……ウイルスに感染して、既に亡き者になっているんじゃないのか? それなら行方をくらましている理由も納得できる」
飯田の憶測に、誰もが無言で頷いている。
遊殻市にウイルス感染者が増え始めた頃から、誰も『西園寺 勝彌』の姿を見た者はいないのだ。
一向に行方不明のままである。
このシェルターで避難してきた経緯も、息子の廻流が父親の指示で声を掛け、西園寺製薬所の社員達が迎えに来たことがきっかけであった。
それに奇妙なことは、もう一つある――。
シェルターへ案内された者達は全て、西園寺財閥と運営的に所縁のある上級国民達ばかり。
しかも全員が裏で不正等に繋がっており、互いに私腹を肥やす間柄だ。
おまけにシェルターの物資や定員数があるとかで、家族も将来的に跡を継ぐ成人男性に限られていた。
そして妻や未成年の子供達は、感染率が低いとされる北海道や沖縄などの地域で避難している。
「こんなことなら、勝彌氏の誘いを蹴って妻達と共に北海道へ避難すればよかった……」
「しかし、勝彌氏が声を掛けてくれたのに、世話になっている我々が無下に断るわけにはいかない」
「元々、我々がシェルターへ避難する条件で、妻や子供達も安全地域に避難することができたんだ。長男である廻流君の手引きでね。彼には感謝しなければならない」
「内閣総理大臣が自衛隊に『都市封鎖』を命じたばかりにな……世界屈指の西園寺財閥の後ろ盾がなければ、我ら上級国民の力を持っても遊殻市から出ることはできないんだ」
「私は悪くないぞ! 市長が自衛隊を動かせるわけがないだろ!? バカじゃねーの!」
「蟹江市長……その話はもういいですよ。それより、総理大臣もウイルスに感染したって噂がありましたよね? ひょっとしたら、勝彌氏も同様に……」
集められた上級国民達から、様々な意見と憶測が飛び交う。
ざわついた雰囲気の中、飯田 充蔵が手に握られた杖の先端を床に叩きつけた。
その音で周囲が静まり返る。
「――皆、聞いてくれ! ワシは使用人共に対し、クーデターを起こそうと思っておる!」
飯田の言葉に、その場にいる誰もが耳を疑う。
「飯田さん……あんた、本気か?」
「ああ! ワシは好きなようにトイレットペーパーが使いたいんじゃ!」
え? 何、そのしょーもない理由……。
誰もが、そう思った。
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