第106話 廻流の正体
――約13年前に亡くなったとされる、本物の『西園寺 廻流』は生前から素行が決してよくなかったそうだ。
見栄えも決して良いとは言えず、養子の廻流とはまるで異なり、さも贅沢を極めたぶくぶくと太った体形であった。
しかし西園寺家の長男であることに変わりなく、将来は財閥を背負う御曹司ということもあり、否応に周囲から厚遇を受け相当甘やかされていたようだ。
それをいい事に、廻流は贅とわがままの限りを尽くし、よく近辺の者達を困らせていた。
使用人を顎で扱き使い、得に若いメイド達への性的ないたずらも頻繁にしていたとか。
幼かった唯織先輩も、父親に隠れて酷い虐待を受けていたらしい。
だが誰も廻流を窘められる者がおらず、唯一可能なのは父親である『
生前の廻流はずる賢い一面もあったようで、父親の前では目立った行動はせず、常に証拠を残さないよう振舞っていたようだ。
そんなある日だ。
廻流が中学生の頃、浴槽で溺死しているところを清掃に訪れたメイドによって発見された。
浴槽付近には貯蔵庫からくすねたとされるワインと割れたグラスが落ちており、本人の指紋と体内から相応のアルコール量が検出される。
どうやらそれが原因で溺れてしまい「事故死」として警察では処理された。
てか、中学生の癖に浴槽に入りながら隠れてワイン飲む奴ってどーよって感じだ。
どにらにせよ西園寺家にとっては、末代までの恥ってやつだろう。
父親の
――それが写真の彼、二人目の廻流というわけだ。
幸いにして前の廻流はその姿と体形、物臭な性格などから、ほとんど外部と接触することはなかったという話である。
したがって孤児院から引き取った、廻流を見ても誰も不思議がる者はいない。
仮に知る者がいても「父の命令で、ようやくダイエットに成功したんだな」と思われる程度だったそうだ。
その二人目の廻流は、勝彌が自分の跡を継がせる後継者として全国から選び抜き、さらに厳しい試験の下に合格した唯一の少年であったとか。
唯織先輩も、彼の素性と本当の名は知らない様子であり、どういう生き方をしてきたのかもわからない。
当然、今の廻流から話すわけもなく、きっと養子になる条件の一つとして自分の過去を捨てることも含まれていたと思われている。
「――正直なところ、私は本当の廻流を一度も兄と思ったことは一度もありません。身も心の醜い下衆のような男だったという認識しか覚えておりません」
被害者の一人である唯織先輩は顔を顰め、はっきりと実の兄である男を卑下している。
彼女の言動から、嫌悪を通り越して憎悪を抱いているようにも聞こえてしまう。
「しかし、養子に来られた今の廻流お兄様は、聡明でお優しく兄として尊敬するに値した人格者だと思っております。父も同様の想いを抱いておりました。常に父の期待にも、それ以上に応えられるほど優秀な人ですからね」
その一方で、今の養子である義理兄の廻流に対して心酔した敬愛の念を抱いている様子に見える。
唯織先輩の話が一通り終わり、竜史郎さんは頷く。
「なるほど……よくわかった。しかし疑念も残るな」
「他所からは、そう思われても仕方ありませんね。娘である私ですら、西園寺家は特殊だと思っておりますから……一応、どこがですかと聞いておきましょうか?」
「いや俺とて他人の家庭事情にとやかく言いたくはないが……要はいくら優秀な逸材だろうと血縁上は赤の他人だ。したがって将来的に西園寺財閥の跡を継ぐなら、長女であるイオリになるんじゃないのか?」
竜史郎さんの問いに、唯織先輩は肩を竦める。
「さぁ、そこは父の考えなので私にはわかりせん……ひょっとしたら、将来は私とお兄様とっという幻想も抱いた時期もありました。ある時、ふと父である
「「「みましたが?」」」
話の展開が恋バナっぽくなった途端、急に声をハモらせる有栖と彩花と美玖の三人娘。
それまで黙って聞いてきたのに、いやに食いついてきたぞ。
唯織先輩は彼女達の反応に戸惑い、「まぁ、そのぅ……」と苦笑いを浮かべる。
「父からは『それはない。今の廻流には確かな才能で西園寺の帝王学と名を継がせる。継ぐに値しない無能な世襲や格式など二の次だ』と言い切られてしまったので……今では尊敬する兄として慕っております」
なるほど。
父親は血筋にはこだわらず、きちんと西園寺財閥を託せる者に跡を継がせたいと考えていたようだ。
きっと前の廻流が亡くなった後、誰かから醜態ぶりを聞いて、そう考えを改めるようになったんだろう。
どうやら『西園寺
「それって気持ちを打ち明ける前に失恋したような感じなのかなぁ? 唯織さん、なんか可哀想……」
「な~んだ。あたしはてっきりイオパイセンが、そのお兄さんとどうこうなるなら、一人脱落だと思っていたのにな~チェッ」
有栖は唯織先輩が失恋したと同情し、彩花は意味ありげなこと言って残念がっている。
「私は別に諦める必要ないと思うけどなぁ。ねっ、お兄ぃ?」
美玖まで便乗している。
おまけに僕に話しを振られても答えようがないぞ。
「……セイヤくん」
香那恵さんは、廻流の写真を眺めながら呟いている。
彼女にとって「初恋」の人だとか。
僕も明け方に竜史郎さんから聞いているからな。
この養子になった廻流って人が、「セイヤ」って人っぽく思える。
そういえば、この顔……どこか見覚えがあるぞ。
以前、僕は彼に出会っている……。
――あ!?
僕は咄嗟に口を押えた。
思わず言葉が出そうになったからだ。
(白コートのアラサー男だ……!)
ようやく思い出し、そう認識した。
不良グループの山戸達をけしかけて、僕と接触を図った男。
僕を一ヵ月間、笠間病院の地下室で監禁した謎の男。
この身体の変貌について何かを知る男。
いや、きっとこいつが俺に何かしたに違いない。
不良グループのリーダーだった山戸の証言で、西園寺製薬の社員か研究員だろうってこと迄はわかっていた。
その疑惑の男がまさか、唯織先輩の義理のお兄さんだったとは――
『――弥之、キミ……いや、
僕が意識を失い昏睡に入る寸前で、奴が最後に言った台詞。
今、思えば何処か懐かしさも感じてしまう。
なんだ?
こいつの何に引っ掛かっている?
そういや、実際に接している竜史郎さんも香那恵さんも、この廻流が僕と何処か雰囲気が似ていると言っている。
本名は「セイヤ」だっけ?
それも偽名の可能性もあるとか。
セイヤ……わからない。
僕の記憶にはない……疑惑のアラサー男という以外は――。
しかし、どうする?
今、西園寺製薬の研究所にいるんだよな?
でもこの場では言わない方がいいかもしれない。
特に奴のことを兄以上に敬い慕っている、唯織先輩の前では……。
それに未だ奴を想って僕に重ねている、香那恵さんにも同様だ。
後で竜史郎さんにだけ相談してみるか。
「有栖さんではないが、私も当初父に言われた時はショックを受けた。何せ西園寺家ではお父様の言う事は絶対だからな……だが今では逆に良かったと思っている」
唯織先輩は言いながら、僕に近づき寄り添いってきた。
ぎゅっと袖を摘まんでくる。
「い、唯織先輩?」
「こうしてキミに出会えたのだからな、弥之君」
凛とし引き締まった美人顔が優しくほころばせる。
にっこりと微笑み、頬を染めた。
きっと前の学園では決して誰にも見せたことのない表情。
それが今、僕だけに見せてくれる。
唯織先輩……このタイミングで反則です。
これまでの巡らせていた思考が停止するくらい、僕は緊張し硬直してしまう。
顔が火照り何も考えられず、ただ異様に胸を高鳴らせた。
「「「はぁ!?」」」
一方で、他の女子達がなんかやばい。
とてもおっかなくて直視できないけど、殺気だっているのだけはわかる。
何これ?
どうして、いきなり修羅場が起こるの!?
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