第104話 西園寺邸の客




 高々としたレンガ調の門が設置されている。


 当然、門は閉まっていたが実家である唯織先輩が開錠パスコードを打ち込むことで、自動扉がゆっくりと開かれていく。


「イオリがいて正解だったな――痛ッ!」


 竜史郎さんは何気に呟き、香那恵さんに鞘で脇腹を突かれている。


 最近、唯織先輩も西園寺研究所と笠間病院など医療業界との癒着問題を知り、戸惑いつつも持ち前の強い意志で真実に向き合おうとしているのに、些かデリカシーのない言葉だからだ。


 にしても、よく口を滑らせる兄さんだと思った。


 広々とした庭園を歩き、さらに奥へと進む。

 かなりの距離だ。


 強固な門で覆われていただけあり、敷地内に人喰鬼オーガの姿は見られない。

 それに山頂付近に建てられているだけあり、少し空気が薄く感じる。



 やっと本邸へと辿り着いた。


 初めて目の当たりにする、西園寺邸は予想以上の屋敷だ。

 まるで重要文化財に指定されているような歴史と趣を感じる大きな洋館である。

 

 周囲には別館も建てられており、以前は使用人達が住んでいたと唯織先輩から説明を受けた。

 なんだか別世界に訪れたようだ。


 にしても静かすぎる。

 人の気配を感じない。


 特に荒らされた様子もなく、外観は綺麗だ。


「本邸とはいえ、流石デカいな。確か、この屋敷の真下にシェルターがあって、避難民達がいるんだよな?」


「そうですね。西園寺財閥にゆかりのある者達が中心だと聞いています」


 竜史郎さんの問いに、唯織先輩が凛とした口調で答える。


 ゆかりある者か……上級国民ばかりだっけ?


 まぁ、これだけの山奥じゃ一般人の受け入れは難しいだろうし、あくまで個人宅だからな。

 そこまで奉仕する義務もないだろうし。


 とりあえず、唯織先輩はインターホンを鳴らしてみる。


『はい、どなたでしょう――唯織お嬢様!?』


 ドアホンのカメラで確認したのか、若い女性の声が聞こえた。

 すぐ、家主の娘である唯織先輩の存在がわかったようだ。


 ドアホン越しで女性は「只今お開け致しますので、少々お待ちください!」と言い、声が途絶えた。


 

 10分近くになろうとした頃。



 扉がゆっくりと開閉される。


 玄関の真ん中に、20歳前くらいでロングスカートタイプのメイド服を着用した女性が背筋を伸ばして行儀よく立っていた。


 栗毛のショートヘアが似合い小柄で童顔風の可愛らしい顔立ちをしている。

 だから余計、メイド服が似合っていると思う。


「久しぶりだな、レン。どうした? 随分と息が切れているようだが?」


 唯織先輩は柔らかく微笑み、メイドの名を呼んだ。

 言われてみれば、両肩を揺らして息を乱している。


「は、はい……急いで来たもので。そちらの方々は?」


「私の後輩と知人だ。客として招待した。構わないだろ?」


「はい、勿論です。皆様、ようこそおいでくださいました。わたくしは使用人の『藤村 れん』と申します。以後、お見知りおきを」


 堂々と銃器を持ち歩いている、どうみても怪しい僕達にもかかわらず、藤村さんは丁寧にお辞儀して見せてくれる。

 だから、こちらも無礼があってはならないとお辞儀して挨拶をした。

 


 藤村さんの案内で、僕達は玄関へと入る。

 外観通り、玄関はさもシックな洋館らしい内装だ。


 真ん中に大きな赤い絨毯が敷かれた階段があり、豪華そうな調度品が並んでいる。


 だが人の気配は感じられない。

 他の使用人がいても可笑しくない筈なのだが……。

 まさか、これだけの広い屋敷をメイドの藤村さんが独りで担っているのか?


「レン、あれから私は何度か屋敷に連絡したのだが、どうして繋がらなかったのだ?」


「大変申し訳ございません、お嬢様。わたくし達、使用人の全てが地下シェルターで避難民様の対応をしておりましたので、外部からの電波が繋がりにくい環境下にありました」


「そうか……今の時代ならやむを得ない。普段、屋敷は無人なのか?」


「はい、ほとんど使用しておりません。三日に一度くらい、その日の担当者が屋敷内を清掃するくらいでしょうか」


 なるほど、それで他の使用人が不在なんだな。

 それに、手入れもそこそこしているから内装や外観も清潔に保たれているってわけだ。


「……父は、お父様はこの屋敷におられるのか?」


「いえ。旦那様は、お嬢様が美ヵ月学園で隔離されてから一度も戻られておりません。本社にもいらっしゃらず、連絡も取れない模様です」


「本社にもいない? 連絡が取れない? では、お父様も廻流かいるお兄様がおられる製薬所の研究施設にいるのか?」


「わかりません……わたくし達、使用人は研究施設には連絡してはいけないことになっておりますので」


「そういえばそうだったな。わかった、私が廻流お兄様に連絡してみよう。私なら有事の際は連絡しても良いとされているからな。戻るまで客人の持て成しを頼むぞ。それと執事の濱木はまきはいるのか?」


「はい。地下シェルターにおります」


「では、私が戻ったらシェルターの案内をするよう命じてくれ。私も含め、皆が疲れている」


「わかりました。では、皆様はこちらへ」


 藤村さんは誘導し、僕達はリビングに案内されることになった。


 唯織先輩だけが、廻流っていう研究室にこもっている兄と連絡するため、どこかへ行ってしまう。

 まぁ、この屋敷は彼女の家でもあるから心配することはないんだろうけど。


 リビングに案内される僕達。


 そこは、まるで中世時代にタイムスリップしたような光景であり、思わず見惚れてしまう豪華で広々とした映える部屋だ。

 壁や家具の上には、立派な額縁に入った写真が幾つも並べられていた。


 彩花はJKらしくスマホで美玖と有栖を誘い、それらを背景に自撮りしている。

 ついでに僕も呼ばれ一緒に撮ってみた。


 竜史郎さんと香那恵さんは何か険しい表情で周囲を見渡しているので、空気を読んであえて声を掛けていない。


 それから藤村さんに進められ、僕達は丸テーブルを中心に真っ赤なソファーで囲む形で座らされる。

 ふわっとした実に高級そうなクッションの感触だ。


「本来ならお客様は、客間へとご誘導するところですが、先にお話しさせて頂いた通り清掃が間に合っておりませんので、どうかご了承ください」


 申し訳なさそうに頭を下げるメイドの藤村さん。


 そんな中、燕尾服を着こなした白髪の老紳士風の男性がリビングへと入って来る。

 すらりとした体形に口に整った髭を蓄えた、如何にもって感じの執事だ。


「初めまして、私が執事長の濱木です。以後お見知りおきを――」


 濱木さんは綺麗なお辞儀をして見せる。


 それから、紅茶とお菓子が差し出されテーブルに置かれた。


 おもてなしとはいえ、とても終末世界とは思えない待遇。

 ここだけ時間が止まっているような錯覚を感じてしまう。


 僕達は特に怪しむことなく、それらを口にして嗜む。


 だが、竜史郎さんと香那恵さんだけは手をつけようとしなかった。


「リュウさんにカナネェさん、食べないのぅ? 美味しいよ」


 気を利かしたのか、それとも空気が読めないKY女子高生なのか、彩花が二人に声を掛けている。


 竜史郎さんは頷き、風船帽キャスケットつばを摘まみ深く被り直した。


「まぁな。俺達にとって『敵地』だからな……イオリには悪いが」


 敵地か。


 それぞれ事情があるとはいえ、なんとも複雑な心境だ。


 この二人、前の美ヵ月学園のように暴走しなきゃいいけど……。


 今更ながら、実は僕達って招かれざる客なのかもしれない。






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