第103話 師弟の語らい
もう日が暮れる頃。
それなりの荷物もあり、休み休みで歩いていたこともあって目的地の西園寺邸まで、まだ数キロほどある。
「無理に焦っても仕方ない。ここで一晩、野営しよう」
竜史郎さんの提案で、僕達は頷き準備に取り取り掛かった。
他の車がまず来ないだろうと見越した上で、アスファルトの上で焚火を起こした。
その辺から拾った長い木々を柱にし、破損したワゴン車から持ってきたビニールシートで加工して簡易テントを設営する。
道路の真ん中で寝泊まりか……荒廃した今だからこそ出来ることだろう。
しかし理由は他にあるようだ。
「多少、暑くても厚着をしろ。じゃないと虫に刺されるからな。虫除け用に煙を焚いておくが、風向きで効果が薄い場合もある。
サバイバル術に長けた竜史郎さんが提案と説明をしてくる。
下手に道端の茂みなどに隠れて野営するより、見晴らしが良くアスファルトなど整備された場所の方が害虫や神出鬼没の
「でも前回も竜史郎さんが一人で夜通し見張りをしていたじゃないですか? 今回はみんなで、時間置きの順番って形でどうですか?」
「そこまでする程じゃないだろ? まぁ、少年の心意気は嬉しく思う。俺は三時間程度、寝れば十分だ。少年が途中で見張りを変わってくれればいい」
「わかりました。時間になったら声を掛けてください」
しかし、いざ実際に夜になってみると――。
「……竜史郎さん。起こしてくださいって言ったじゃないですか?」
僕はムスっとした顔を浮かべテントから出てきた。
もう夜が明けようとしているのに、一向に声を掛けて来ないからだ。
「なんだ、眠れないのか?」
「い、いえ……色々ありまして」
まさか女子達がやたら密着してくるので、目が覚めて起きてしまったなんて言えない。
「いつものハーレムか。モテる男は辛いな……羨ましい限りだ」
焚火を前で僕に背を向けたまま素っ気なく言う、竜史郎さん。
とても羨ましいと思っている様子は見られない。
てか、さっきから何してんだ?
僕は近づき覗き込むと、竜史郎さんはしきりにメモ帳に何かを書いている。
「なんですか、それ?」
「ん? ああ、手記というか……俺が傭兵として得た知識と技術を残しておこうと思ってな」
「手記? なんのために?」
「少年には、俺の知識と戦闘技術を全て叩き込ませるつもりだが、人間生きていれば万が一ということもある。その際、少年が行き詰った時の参考になるマニュアルのようなモノを残すつもりだ」
竜史郎さん直伝の参考マニュアルか……。
凄く嬉しい心遣いだけど、なんか変なフラグを立てているような気がする。
僕は竜史郎さんの隣に座った。
「……嫌な言い方ですね。竜史郎さんに限って、そういうことはないと思いますけど、僕としては助かります」
「気にするな。半分は俺のためでもある。これから何があるかわからないからな。自分の身は自分で守れるようにすれよ」
「はい」
僕は『師』とも呼べる人の言葉に素直に頷く。
だけど、いつも思う。
出会って、まだ半月経つか程度の付き合いなのに、僕なんかのためにここまでしてくれる大人はいただろうか?
いや、いない――
実の母親ですら、小遣いだけ渡して放置同様だったからな。
ましてや教師なんて、本性クズそのモノだったし。
僕が
師であると同時に、まるで本当の兄のようだ。
「どうした、少年?」
「い、いえ……いつか竜史郎さんに恩を返したいと思いまして」
「恩か……それは俺の台詞でもあるがな」
「え?」
「なんでもない。少年には目的のため、もう少し俺達に付き合ってもらうからな」
「はい、その覚悟でここにいますから……けど、竜史郎さん。その目的が果たした後はどうするんですか?」
僕の問いに、竜史郎さんは書く手を止めて、ふと薄明るい空を見上げる。
「そうだな……香那恵を連れてアメリカに戻ることも考えていたが、あいつは日本……特に少年の傍にいたいらしい」
思わぬ言葉に、僕はドキッと心臓が跳ねあがる。
か、香那恵さんが僕の傍にだって?
それってどういう意味だ?
どうして、そこまで僕のことを?
「少年は、香那恵のことをどう思う?」
妹を溺愛する兄としての率直な問いに、僕は絶句する。
「え、ええ……いやぁ、優しくて綺麗な方だと思います。でも年下の僕なんかじゃ……なんて言うか……頼りなく見られそうというか……」
「そんなことないと思うけどな」
何これ? まさかお兄さん公認なのか?
凄ぇ嬉しい……あれだけ綺麗な女性が僕なんかと。
でも僕は有栖が……。
そういや、香那恵さんについていつも不思議だと思っていたことがある。
「ずっと気になっていたんですけど……どうして香那恵さんは、いつも僕に親身になってくれるんです? 笠間病院で初めて会った時から優しくしてくれて、おまけに行方不明になった僕をずっと気にしてくれたって言うじゃないですか?」
「――少年が
「ある男?」
僕は眉を顰め、首を傾げた。
竜史郎さんは黙って頷く。
「俺達にとって幼馴染っというか、親友みたいな奴だ。名は『セイヤ』と言う」
話に聞くと、竜史郎さんと香苗さんは孤児院出身であり、その際に出会った少年とのこと。
セイヤという名前以外は、施設側からほとんど伏せられており、何か特別な事情を抱えていたらしい。
とにかく彼は頭が良く、舌戦なら誰にも負けなかったという。
「……全てが終わったら、俺は少しだけセイヤを探したいと思っている。生きているのか、何をしているのか足取りを掴むだけでもいい。それからアメリカに戻ろうと考えている。一応、仲間も俺の帰りを待っているからな」
竜史郎さんは焚火を愛でながら心境を話してくれた。
この人がここまで深く自分のことを語ってくれるのは初めてだ。
「前に話してくれた彼女さん……クライシーさんでしたっけ?」
「……まぁな。そうだ、少年もアメリカに来るか? そうすれば香那恵も来るだろう。なんなら、妹や嬢さん、シノブ……イオリは本人次第だが、皆で一緒に連れて来るといい」
「どうやって? 今の日本は完全に鎖国しているんですよね?」
「船を奪えばいい。簡単なことだ」
さらりと大胆なことを言ってくる。
相変わらず頼もしい人だ。
アメリカか……。
銃や弾も仕入れやすく撃ち放題だし、日本よりは身を守りやすいだろうか。
みんなと一緒なら案外、悪くないかもな。
そう思っていると、気づけば太陽が昇り朝になっていた。
竜史郎さんは立ち上がり、目の前の焚火の炎を消している。
「少年、早朝の訓練だ。
「え? 今からですか?」
「当たり前だ。狙撃訓練の後は格闘訓練も行う。ナイフ捌きや戦闘術も教えてやろう。実戦さながらにな」
実戦さながらって……何か嫌な予感しかしないぞ。
この人、しれっとして初心者相手でも手加減しなさそうだ。
僕は渋々頷き、竜史郎さんと早朝訓練を開始する。
思った通り、やっぱりスパルタな訓練内容だった。
それから、女子達が起きてきて軽く朝食を摂った後、目的地まで歩いて行く。
「センパイ、どうったのぅ? なんかボロボロじゃん?」
「ミユキくん、大丈夫?」
「弥之君、さっきから足元もふらついているし、何か具合が悪そうに見るのだが?」
「うん……運動しすぎて筋肉痛というか」
彩花と有栖と唯織先輩が心配して声を掛けてくれる。
僕は身体中の痛みを堪えながら曖昧に答えた。
早朝から竜史郎さんに容赦なく、しごかれたとは言えない。
「お兄ぃ、大丈夫ぅ?」
「ああ、大丈夫だよ、美玖」
「兄さん、弥之くんに何かしたの?」
「ああ香那恵、早朝訓練だ。基礎から教えているとはいえ、少年は筋力と持久力が無さすぎるぞ」
「はい……頑張ります」
僕は卑下しつつ、内心では「よく言うわ」と、脳裏に掠めた。
とはいえ、自分自身のレベルアップのため頑張るしかないのも事実だ。
僕にとって師と仰ぐ、竜史郎さんを信じて。
このまま、みんなに守られてばかりじゃ駄目だからな。
僕だってみんなを守りたいんだ。
こうして昼頃、ようやく西園寺邸に到着した。
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