第七章 元凶ナル魔館~真相

第101話 深淵の闇




 西園寺製薬所に設備された地下研究所は、幾つかの階層に分けられた厳重な構造である。


 本来、病原体ウイルスが外部に漏れないよう徹底された強固な領域は、まさに地下要塞を彷彿される大空間だ。


 さらに世界でも屈指を誇る研究所だけあり、最新かつ精密な機材が置かれた実験用プラントの数々が設備されている。

 

 しかしにとって、そこですら表向きのフェイクでしかない。


 真に重要なのは、より地中へと伏在された地下研究室にある。


 そこは外界と完全に隔離され閉ざされた異質空間であり、一部の上層部と研究者しか認知されていない深き地底であった。


 バイオハザード実験研究室。


 ――深淵アビスと呼ばれた。



「お兄様。一応、潤輝さんには指示しておきましたわ。一ヵ月間の期限を付けた上ですの」


「ありがとう、ミク。これで、弥之も少しは段階フェイズをクリアしやすくなるだろう。『Øファイ』を完成させるためにもね」


 白い研究衣を羽織った銀縁眼鏡を掛けたアラサー男こと、『西園寺 廻流』は端末のディスプレイを眺めて呟く。


 どこから撮影したのか、『安郷苑』から出て行く弥之達の姿が映し出されていた。


「……このまま潤輝さんにお任せしても宜しいのでしょうか? 『赤鬼レッド』を増やす件といい……些か不安ですわ」


 長髪のツインテールから皮膚に至る全身が真っ白なゴスロリ風の美少女こと、『白鬼』のミクは不満げに頬を膨らませている。


 廻流はミクに視線を合わせ、柔らかく微笑み頷く。


「確かにね……最初の『赤鬼レッド』だから少し甘やかしすぎているかもね」


「でしたら早々に始末しましょう、お兄様」


「ハハハッ、流石にまだ早いかな」


「でしたら新しい『赤鬼レッド』が誕生してからでもいいですわ」


「ミクは余程、潤輝君が嫌いなんだね?」


「はい。廻流お兄様に反骨心を抱く者は万死に値しますの。わたくし達『鬼』に必要なのは『神』への絶対な忠誠心ですわ」


「確かにね。流石、完全体の『ΑΩアルファ・オメガ』……愛しい妹」


「はい、醒弥せいやお兄様……」


 ミクは廻流のもう一つの名を呼び、彼にそっと寄り添った。

 その真っ白な絹髪を廻流は優しく撫でる。


「潤輝はもう少し泳がせよう。彼には『悪運』という武器があるからね。それに、弥之と連れ添っている黒髪の彼女・ ・とも何やら深い因縁があるようだ……そこは存分に利用させてもらおう」


「黒髪の彼女……拳銃使いの『戦死乙女ヴァルキリア』ですか?」


「そうだ。事実上、『Øファイ』を守護する守護衛乙女達ガーディアンズ。偶然なのか必然なのか、今の乱れた社会じゃ発現条件が限られているにもかかわらず、かれこれ四人も誕生している。その中にはもう一人の妹である唯織……そして、美玖」


「偽物のわたくし?」


「そう、あの少女はオレ達・ ・ ・と血の繋がりはないからね……あくまで、あの女が勝手に招いた存在さ。しかし、あの年齢で『戦死乙女ヴァルキリア』に発現するとは思わなかった……まぁ、『生娘』であるという第一条件は当てはまってはいるけどね」


「……弥之お兄様。早くお会いしたいですわ」


 ミクは顔を上げ、大きな紅い瞳を潤ませる。

 絶対者である女帝『白鬼』と呼ばれる人喰鬼オーガとは思えない美しさだ。


 廻流は、彼女の真っ白で艶やかな頬にそっと掌を当てた。

 

「もうしばらく辛抱しておくれ……何せ『ΑΩアルファオメガ₋ウイルス』と対比する『Øファイ-ワクチン』は、言うなれば表裏一体の関係だ。世界は常に表と裏で成り立っている……オレが築く新世界でもその法則は変わらない。いや、より重要な要素ファクターと言えるだろう」


「はい、お兄様」


「……だから必要なんだよ。笠間 潤輝はその為だけに生かす。弥之が『Øファイ』として進化するための踏み台としてね」


「そして、醒弥せいやお兄様がわたくしと弥之お兄様の……二つの『救世主』を導く新世界の『神』になられるのですね?」


「その通りだよ、ミク……だから弥之、お前には期待しているぞ」


 廻流は不敵に微笑みつつ、ミクの薄紅色の唇に口づけを交わした。






**********




 日本国内で感染者が急増する中、他国でも着実とウイルスの感染が広がっているらしい。

 

 しかし、とある国が発端で蔓延したと囁かれている割には、日本だけが異常な速さで感染が広がっている気がしてならない。


 実に奇妙な違和感を抱かずにはいられなかった。


 まるで影で何者かが意図的に操作しているようだ。


 だが今の僕達に詮索している暇はない。


 まずは西園寺邸に行き、西園寺勝彌かつみの痕跡を辿ること――。


 それで何かがわかるかもしれないからだ。




 時は再び遡り、『安郷苑』を出て間もなく。


 パトカーの先導で僕達が乗るワゴン車は、もうじき自衛隊の『検問』に差し掛かろうとしていた。


 なんでもパトカーに乗った警察官が交渉すれば、自衛隊もすんなりと通してくれるとのことだ。

 いい人だった林田巡査は谷蜂の凶弾で残念な結果となってしまったが、女性警官である三浦巡査が悲しみに堪えて先導を買って出てくれた。

 

 これでようやく『検問』を通ることが出来るだろうと誰もが思っていた。


 筈なのだが――



「……何かが可笑しい」


 運転手である竜史郎は前方を見て顔を顰める。


 設置されたバリケードと装甲車の前に立つ、10名の自衛隊員が自動拳銃ライフルを構え銃口をこちらに向けているように見えた。

 

 さらに装甲車の下から、他の自衛隊員達数名の足元が確認する。

 下手したら、もう10名くらい待機してそうだ。


 明らかに物々しい雰囲気。


 なんかこれ、ヤバくね?



 先導するパトカーが停止し、三浦巡査が車から降りた。


 続いて僕達が乗るワゴン車も停止する。


「何か様子が変です。私が呼び掛けてみます」


 三浦巡査は、こちらに近づき提案してきた。


「あんた一人で大丈夫か?」


 竜史郎さんは窓を開けて顔を出す。


「ええ。ここは警察官である、私が直接伺った方がいいでしょう。制服も着ていますし、降伏の意志表示をすればいきなり撃たれることはありませんよ」


「確かにな……俺が同行するとかえって怪しまれるか」


 意外と自分のことが理解している、竜史郎さん。


 三浦巡査はニコッと笑みを浮かべ「それでは」と離れて行く。


 僕達が車内で見守る中、三浦巡査は両腕を掲げ降伏の意を示しながら、ゆっくりとした足取りで『検問』へと向かった。


「私は遊殻署の警察官である三浦です! 民間人を誘導する職務遂行のため検問を通して欲しいのですが!?」


 そう大声で自衛隊員達に呼び掛けている。


 だが自衛隊員達は自動拳銃ライフルを構えたまま微動だにしない。


「やはり妙だ!」


 竜史郎さんは双眼鏡で前方を確認する。


 そして、


「なっ、なんだと!? まずいぞ!」


 何か異変に気づき驚愕する。

 ドアを開け、そのまま身を乗り出した。


「おい! 三浦、逃げろ! そいつらは、もう自衛隊員じゃない――」


 竜史郎さんが叫んだ瞬間だ。



 ――ドドドドドドドドドッ!



 自衛隊員達が一斉に発砲した。


 三浦巡査は悲鳴を上げる間もなく全身を撃たれ、蜂の巣にされてしまう。

 そのまま糸が切れた人形のように地面へと倒れ伏せた。


「あああああ!?」


「そんな、三浦巡査が!」


「ちょい、嘘でしょ!?」


「まさか!?」


「お、お兄ぃ!?」


「兄さん!?」


 僕と有栖、彩花と唯織先輩、美玖と香那恵さんが、その信じ難い光景に絶叫した。


「クソッ!」


 竜史郎さんは勢いよくドア閉める。

 そのまま強くアクセルを踏み込んだ。


 ワゴン車は急発進し、速度を上げ前方へと進む。

 停止されたパトカーと地面に横たわる三浦巡査の間を通り過ぎて行く。


「ちょっと、竜史郎さん!?」


「悪いが少年! 見ての通り三浦は即死だ! もう助けようがない!」


「そういうことを聞いているんじゃ……一体何があったんですか!?」


「――人喰鬼オーガだ! あの自衛隊員達は全員感染している! 『青鬼ブルー』としてな!」


 な、なんだって!?






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