第99話 相棒のシャベル




 ~篠生 彩花side



 噛まれた状態でも感染症状が見られれば、人喰鬼オーガはそれ以上襲わないとされる。


 感染症状にも個体差があり、すぐに症状が発症する者や数時間後に症状が発現する者まで様々だ。

 

 案外、発症したかどうかも曖昧な人間もいる。


 美ヶ月学園の教師だった『手櫛 柚馬』がいい例だ。

 まぁ、あいつの場合、元々狂っていたから余計に目立たなかったこともある。


 ママもその傾向があったのだろう。


 だから、穂花お姉ちゃんと翔太さんは見逃したんだ。



「さぁぁぁいかぁぁぁぁ、がっこうはぁぁぁぁ!!!」


 血管が浮き彫りとなり、全身の皮膚が黄色に染まる。

 真っ黒な眼球に瞳孔部分だけが赤い。

 ママは『黄鬼』となっていた。


 初期症状である『黄鬼』は生前の記憶があり多少の自我もある。

 けど人肉と血を求める怪物であることに変わりない。

 食欲を満たすため、ひたすら人間を襲い、やがて『青鬼』となる。


「さぁぁぁいぃぃかぁぁぁぁ! がっこうぅぅぅ!!!」


 ママは歯を剥き出しにして、あたしに襲い掛かってきた。


 あたしは半歩だけ退くも、ぐっと堪えシャベルを力強く握り締める。


「うあああああああああ――!!!」


 気鋭の雄叫びと共に、シャベルを振り翳し、パパと同様にママの脳天へと振り降ろした。


 ママはうつ伏せに倒れるも、あたしは殴るのを止めない。


 ごめんね、ごめんね、ごめんね……。


 変わり果てたママに向けて何度も念じ、同時に頭部を滅多打ちにする。


 このまま見逃して他の人を襲うくらいなら、あたしの手で終わらせる。

 娘として、そうしなければいけないと思ったから……。

 

 そして二度とママは起き上がることなくこと切れる。


 あたしは息を切らしながら、その場で座り込んだ。


「ごめんね、ママ、パパ……あたし不登校だから……う、うう」


 動かなくなった両親の亡骸を見て、この時初めて涙を流した。


 どうして、あたしの家族がこんな目に……。


 誰が悪い?


 保身で容赦なく殺してしまった、あたし?


 穂花お姉ちゃん……。


 それとも翔太さん……。


 確かに翔太さんも悪い。

 噛まれているにもかかわらず、のこのこ家に来て……。

 しかし彼を受け入れてしまった、お姉ちゃん達側にも責任はある。


 けど仕方ないかも……あたしだってウイルスを軽く考えて好き勝手に外出していたわけだし……。


 結局は誰が悪いなんて言えることじゃない。


 強いて言うなら、


「……ウイルスの存在が悪いんだ。人喰鬼オーガだっけ? ガチでうざっ!」


 あたしはふらりと立ち上がり、シャベルを肩に担いだまま家中を歩き回る。


 思った通り、穂花お姉ちゃんと翔太さんの姿は見えない。


 やはり外へと逃げ出したようだ。


「チッ、しゃーない。きっと制服姿だし目立つから探すのは容易かもね~」


 軽い口調で言いながら倉庫へと向かった。


 そこにパパの大工道具が収納されており、あたしはグラインダーと砥石でシャベルの先端を徹底的に研ぎ澄まし、凶器レベルまで磨き上げる。



「これで、一撃でやれるっしょ」


 槍とかした鋭い先端部分を満足気に眺めた。


 これからあたしは外に出て、穂花お姉ちゃんと翔太さんを探しに行く。


 ――人喰鬼オーガと化した二人をこの手で殺すため。


 恨みとか憎しみじゃない。


 これ以上、大切だった二人がバケモノと化し、他の人を襲わないようにするため。


 それが最後の家族として責務であり、せめてしてあげられる鎮魂だと勝手に思い込んだ。


 でないと、あたしの心が壊れてしまいそうだから……。


 だから先程のように、いつまでもボコスカ殴っていたら他の人喰鬼オーガに逆襲される可能性がある。

 

 どうしても一撃で斃せる武器が必要だった。



 その後、あたしは私服を脱ぎ捨て返り血を洗い流した。


 自分の部屋に行き、聖林工業の制服に着替え身形を整える。


 久しぶりの制服姿か……。


 あたしにとっては喪服や礼服の意味合いでチョイスした衣装だった。

 一応、まだ学生だしね。

 

 最後にパパとママに毛布を被せ、あたしは玄関へと向かう。


「それじゃ、パパ、ママ、行ってくるから――今まで育ててくれてありがとう」


 あたしは別れを告げ、篠生家を出た。


 それから色々あって、二人を探しているうちに襲ってきた他の感染者オーガに噛まれ、あの公園で弥之センパイ達と出会った。


 おかげで現在もこうして生きている――


 これまで薄っぺらい人生しか歩んでなく、運なんて無いと思っていたけど。


 彼らと会えたことは、あたしにとって最大のラッキーだ。


 特に弥之センパイ……。


 一見してどこか頼りなく、翔太さんとは真逆のタイプだけど……でも優しさなら負けてない。

 初対面だった、あたしのことを一生懸命に考えてくれて、身を挺して守ってくれた。


 自分の危険を顧みず誰かを守れるなんて凄いと思う。

 保身で両親を滅多打ちにした、あたしじゃ絶対に真似できない。

 

 こんな世界になっても、まだあんな男の子がいるなんて……。


 けど、弥之センパイは危なかしいなぁ。

 ヒメ先輩じゃないけど、放って置けなくてハラハラしちゃうよ。


 だから、あたしは守ってあげることにした。

 センパイを守りながら、穂花お姉ちゃんと翔太さんを探すことに決めたんだ。

 

 最初は恩返しのつもりだったけど……。



 ――こんなにも好きになってしまった。



 よく見た目で遊び慣れているように見られるけど……。

 実際は憧れの人にも気持ちを伝えられないままでいた奥手のあたし……。


 ましてや、あっさりと身を引いて諦めてしまった時とは違うと思う。


 もう迷わない、諦めたくない。ずっと傍にいたい。傍にいて欲しい……。


 きっと、あの時以上の気持ちをセンパイに抱いているんだ。


 そんな初心なあたしが、弥之センパイに素直に気持ちを打ち明けられるわけもなく……だから思わずイジってしまう。


 内心、嫌われないか不安を抱きながら……けどセンパイはいつも面白可笑しく受け止めてくれる。

 時折、弥之センパイが浮かべる恥ずかしがった顔を見つめるだけで胸がいっぱいになりキュンキュンしちゃう。


 あれ? あたしって、実はドS系なのかな? そう思う時もあったりして。


 ……大好きだよ、弥之センパイ。付き合いたい。彼女になりたい。愛している。結婚……して欲しい。


 はっきり言って、超強力なライバルが多いけど……あたしの決意は固い。


 最後の最後までガチで頑張る……もう誰にも、自分にも負けたくないから。




「ねぇ、彩花お姉ちゃん、私も髪染めてみたい~!」


 ワゴン車にて。

 あたしの隣で座っている、美玖が訴えてくる。


「美玖、お前まだ小学生だろ。何、考えてんだ……ったく」


 突然の妹からの要望を耳にした、弥之先輩は助手席から振り向き顔を歪めて見せた。


「ええ!? 今の時代、小学生関係ないじゃん! 学校なんてやってないじゃん! 誰も注意する人なんていないじゃん!」


「ん? ま、まぁ、確かにそうだけど……兄として、美玖はありのままでいいと思うどなぁ」


「嫌だぁ、お兄ぃ。いつからそんなに頭固くなったのぅ? まるで昭〇世代の考え方だね~」


「別にそんなんじゃ……」


 妹にディスられて困惑した表情を浮かべる、弥之センパイ。


 話によると、弥之先輩は一ヵ月間くらい昏睡状態だったと聞く。

 だからカルチャーショックと言うべきか。

 やたら生真面目な事を言ってくることが多い。


「みくっち。お兄ぃは童貞だから、きっと妹ちゃんが可愛くなるのが嫌なんだよ~。誰かに取られちゃう~、みたいなぁ。にしし~♪」


「ええ……お兄ぃ、そうなの? 私は誰にも取られないよ。本当、心配性だね~」


 あたしのイジリに、美玖も満面の笑顔で兄イジリを始めてくる。

 センパイの妹ちゃんはガチかわいい。

 それに何かと気が合うしね。


「え? 何、僕が悪い感じになってるの? そんな先のことなんて考えてないっつーの! あと彩花、妹の前で童貞とかイジらないでくれる!?」


 弥之センパイはムッとして怒っている。


 こうしてすぐムキになるところも大好き。

 けど、やり過ぎて嫌われたくないから加減も必要だけどね……でもセンパイは優しいから、それはないかな?


「んじゃ、みくりんこうしようよ。今回は薄いブラウン系に染める程度でどう? あたしが責任もってやってあげるから~、いいでしょセンパイ、ね?」


「……うん、それくらいならいいんじゃない? 美玖、どうだい?」


「うん、彩花お姉ちゃん、お願いできる?」


 あたしの妥協案に、センパイと美玖が納得してくれたようだ。


「モチよ。まぁ、それ以前にこれから行く所にヘアーカラーがあればの話だけどね~♪」


 仲の良い兄妹を見ると、あたしまで微笑ましくなってしまう。

 尊いってやつかな?


 あたしと穂花お姉ちゃんも前はあんな感じだったのかもしれない……。

 もう忘れちゃったけどね。



「皆、そろそろ『検問』に入るぞ。大丈夫だと思うが一応用心だけはしておいてくれ」


 運転手であるリュウさんの言葉に、和やかだった場の空気が張り詰められる。


 一気に現実に引き戻された感覚だ。



 この先、何が待ち受けているのか。



 ――面白くなってきたじゃない。



 あたしは頷き笑みを浮かべる。


 共に死線を潜り抜けた相棒こと、シャベルを手に取った。






──────────────────


お読み頂きありがとうございます!


もし「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえましたら、

どうか『★★★』と『フォロー』のご評価をお願いいたします<(_ _)>



【お知らせ】


こちらも更新中です! どうかよろしくお願いします!

ハイファンタジーです(^^)


『二度目から本気出すトラウマ劣等生の成り上がり~過去に戻され変えていくうちに未来で勇者に媚ってた筈の美少女達が何故か俺に懐いてきました~』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218452299928



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る